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高齢化社会のセーフティーネット 介護保険制度の現状と将来

2015年07月01日

内外政治経済

主任研究員
清水谷 諭

聞き手 RICOH Quarterly HeadLine 編集長 中野 哲也

―日本の公的介護保険制度の仕組みを説明してください。

 公的介護保険制度は、一言で言えば、高齢者の介護負担を家族だけに任せるのではなく、社会全体で負担するための仕組みとして導入されたものです。

 戦後、日本人の寿命は大幅に伸び、今や国際的にトップクラスであり、特に女性は世界一です。長生き自体は望ましいことですが、同時に高齢者介護が深刻な社会問題となってきました。認知症の問題を扱った有吉佐和子の「恍惚の人」がベストセラーになったのは1972年ですから、もう40年以上も前のことです。いったん自分のあるいは義理の両親などが要介護状態になると、家族にとっては余りに過酷な負担となります。これまでも「介護地獄」といわれるような悲惨な状況が、マスコミでも繰り返しとり上げられてきました。

 同時に、戦後の日本では核家族化が進み、単身世帯も増加しました。そうなると介護が必要になっても、誰も世話をする人がいません。身寄りのない要介護者は、病院以外に行き場所がないのです。すると、治療する必要がなくても、長期入院をしなければなりません。老人医療費の自己負担が軽かったこともあり、こうした「社会的入院」が急増しました。それが医療費を押し上げる要因の一つと指摘され、1980年代以後、社会的入院をなくすために幾つかの大きな改革が行われました。その過程で生まれてきたのが、現在の公的介護保険制度の原型です。

 公的介護保険制度は、国民健康保険制度のように、加入者から徴収した保険料と税金で財源を賄う社会保険方式を導入しています。それによって、介護が必要になった時に一定の自己負担で介護サービスを受けられるようにする仕組みです。「介護の社会化」と言われるように、老後の最大の不安である介護のリスクを国民全体で負担しようというのが(成功しているかどうかはともかく)介護保険制度の目的です。

―国民には介護保険に加入する義務があるのですね。

 そうです。40歳以上になれば加入する義務があります。被保険者(=保険の対象となる人)は第1号被保険者(65歳以上)と第2号被保険者(40~64歳)の2種類に分かれます。介護サービスを受けられるのは、原則として第1号被保険者だけです。しかし、介護保険料は、第1号でも第2号でも被保険者であれば払わないといけません。壮年世代にとっては、自分の家族が要介護状態にならない限り、当面は支払うべき介護保険料に関心が向きがちでしょう。
 
 被保険者を40歳以上に限定する点は、自営業者などが加入している国民健康保険とは異なります。また、介護保険の財政が苦しいということもあり、40歳からではなく、もっと若い世代(例えば20歳~)も負担すべきだという意見もあります。

―国民年金の保険料はどこに住んでいても定額です。一方、介護保険料はなぜ住んでいる市町村によって異なるのですか。

 確かに、国民年金の保険料は全国どこでも一律。これは国が一括して管理しているからです。一方、介護保険の保険者は市町村です。中には幾つかの市町村が集まって広域連合をつくっているところもありますが、以下では市町村とします。介護保険の運営主体は市町村(厚生労働省は「地域保険」と呼んでいます)ですから、市町村によって保険料も違うのです。実は、自営業者や会社を引退した人などが加入している国民健康保険の保険者も市町村です。ですから、国民健康保険の保険料も、市町村によって大きく異なります。
 
 介護保険料は3年に1回改定されます。これは市町村が3年ごとに策定する「介護保険事業計画」に基づいています。この計画の中で、市町村は向こう3年間にどれぐらいの介護サービスが使われるのかを予想した上で、保険財政からの支出(保険給付費)の見込み額を計算します。つまり、それぞれの市町村の中で介護サービスの利用が多ければ多いほど、介護保険料も高くなるというわけです

 2015~2017年度(第6期)の第1号被保険者(65歳以上)の介護保険料基準額(月額・加重平均)は5514円です。その前の2012~2014年度(第5期)は4972円ですから10.9%の上昇です。

 しかしよく見ると、地域差が非常に大きいことが分かります。第6期で最も安い自治体は鹿児島県三島村で月額換算2800円です。これに対し、最も高いのは奈良県天川村で月額換算なんと8686円です。三島村の3.1倍になります。また、第5期から第6期にかけて全ての市町村で保険料が値上がりしたわけではありません。数は少ないものの、27の市町村(北海道西興部村や東京都荒川区など)ではむしろ引き下げられています。また、天川村の第5期の介護保険料は4849円で全国平均以下でしたが、今回は全国第2位の伸び率(79.1%増)を記録したため、トップになりました。

 ちなみに、ここで「基準額」とわざわざ断っているのは、介護保険料は世帯や所得に応じて同じ市町村の中でも大きく変わるからです。実際には基準額の半分以下の場合や、逆に基準額の数倍を納めなければならないケースもあります。介護保険料は、市町村の間だけでなく市町村の中でも大きな差があるのです。

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 第1号被保険者の基準額は、介護保険導入直後の第1期(2000~2002年度)は平均2911円でしたが、その後上昇し続けています。厚労省によると、2025年度には8165円と見込まれ、今の1.6倍になります。

 以上は第1号被保険者、つまり65歳以上の介護保険料の説明です。第2号被保険者(40~64歳)の介護保険料は、日本全体の介護給付費の一定割合(現在は29%)を第2号被保険者数で割り、その一人当たり保険料額を基に、被保険者数に応じて各医療保険(企業健保、協会けんぽ、共済組合、国民健康保険など)に割り振ります。保険料はそれぞれの医療保険で計算方法が違うため、支払う保険料額も加入している医療保険ごとに異なります。

―市町村間でそんなに大きな格差があるとは知りませんでした。全国同一の保険料、少なくとも都道府県単位で同じ保険料にならないのでしょうか。

 日本の介護保険制度は、後で説明するように、どうしたら介護サービスを使えるようになるか、どんな介護サービスが用意されているのか、自己負担はどれくらいか―といった点では全国共通です。一方で、介護保険料は市町村ごとに決められ、実際にどんな介護サービスを使うのかはケアマネージャーと相談して決められます。このように、全国一律で集権的に決められている部分と、分権的に決められる部分が混在しているのが、日本の介護保険制度の特徴です。

 介護保険料の違いは、それぞれの市町村の高齢化率を反映しています。言うまでもなく介護サービスの利用は、同じ都道府県の中でも高齢者が多いほど多くなり、必然的に保険料も高くなりがちです。そのために、十分かどうかは別として、市町村の間で介護保険財政をやりくりする調整交付金制度も設けられています。しかし単に高齢化率だけでなく、それぞれの市町村の介護政策も反映しています。つまり、全国一律に決められた制度の中で、地域の実情に応じた介護政策を行うという建前になっています。介護保険導入以前も、市町村が老人福祉・保健事業を担当していたという経緯もあります。

―介護保険を受給するには、どのような条件を満たす必要がありますか。

 65歳になれば自動的に介護保険からサービスを受けられるというわけではありません。公的介護保険制度では、もし介護が必要な状況になれば市町村の認定を受け、介護が必要な度合い(要介護度)に応じて介護サービスを使うことができます。この「要介護認定」はコンピューターに基づいた1次判定と、保健医療福祉の学識経験者が行う2次判定によって判断されます。要介護状態と認定されれば、さらに介護サービスの必要度合いに応じ、要支援1と2、要介護1~5の合計7段階に分けられます。

 ここで重要な点が三つあります。第一に、要介護認定は、どれぐらい介護サービスを必要とするかを判断するものであり、病気の重さと要介護度は必ずしも一致しません。第二に、要介護認定は、受けようとする人の健康や身体機能だけで判断し、所得や資産の多寡は関係ありません。第三に、要介護認定は、全国どこの市町村で受けても、結果は同じになるとされています。ただしこの点については、財政事情が厳しい市町村では要介護認定も厳しくなっている可能性を指摘する実証研究もあります。

―給付の種類について教えてください。

 要介護認定を受けると、その認定結果によって自己負担1割で使えるサービス(給付の種類)が決まります。まず、要支援1または2と認定された場合、介護予防ケアプランに基づいて「介護予防給付」を受けます。要支援1または2というのは、要介護状態になる恐れがあり、日常生活に支援が必要と判断されたケースになり、介護予防サービスと地域密着型介護予防サービスが用意されています。

 次に、要介護1~5と認定された場合は、①施設サービス(特別養護老人ホームなど)のほか、ケアマネージャーが作成するケアプランに基づいて②居宅サービス(訪問介護など)、③地域密着型サービス(認知症対応型共同生活介護など)といった「介護給付」を受けられます。

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―介護保険料は今年4月に改定されましたが、それによって保険料や給付内容はどう変わりましたか。

 介護保険料は3年ごとに見直されます。既に説明したように、改定のたびに値上がりしており、これからも上昇し続けると予想されます。こうした保険料の見直しのほか、介護保険制度そのものの改正も実施されています。

 導入から5年後の2005年改正では、介護予防や地域密着型サービスが追加されたほか、施設給付の見直し(食費・居住費は保険対象外に)も行われました。2011年改正によって地域包括ケアが推進され、24時間対応の定期巡回・随時対応サービスなどが導入されました。2014年改正では、特別養護老人ホームの入所者を要介護3以上に重点化したり、一定所得以上の利用者の自己負担を2割に引き上げたりといった改正が行われました。

―少子高齢化の進展に伴い、年金制度の維持は難しくなっています。一方、介護保険制度は持続可能なのでしょうか。将来の課題について教えてください。

 この点は非常に重要なポイントです。今後高齢化が進むと介護サービスの利用はますます増大すると見込まれています。厚労省によると、介護費用は2012年の約9兆円から、2025年には約20兆円に膨れ上がると推定されています。このため、制度改正のたびに介護サービスの利用の重点化・効率化、あるいは事実上の利用負担の引き上げが導入されてきました。

 高齢者が増えるにつれ、介護費用の増大はある程度避けられないかもしれません。今後は認知症患者が急増するため、高齢者の数以上に介護費用が増えるという見方もあります。

 ここで重要なのは、「高齢化の進展=介護必要の増加」と短絡的に考えるのではなく、これまでの一つひとつの政策をデータでしっかりと検証し、介護サービスの供給主体や要介護者をしっかり動機付けし、それと整合的な形で政策を再構築していくことです。

 例えば、厚労省が力を入れている介護予防にしても、「現実のデータを見るとほとんど効果を期待できない」という研究があります。また、同省が推進している地域包括ケアについても、「地域の実情に全く合っていない」という批判もあります。問題なのは、政策効果が十分確認されていない施策が紛れ込んでいる可能性は否定できないということです。

 逆に言えば、きちんとしたデータと標準的な分析手法により、これまでの政策を実証していけば、制度を効率化できる余地が定量的に明らかになるということです。例えば施設介護では、要介護度が高いほど介護施設が受け取る報酬が多くなるために、要介護度を良くしよう(=低下させよう)という動機が全く働きません。介護サービスの供給主体や要介護者、その家族がどう行動するかをデータでしっかりと検証した上で、それを基に介護保険制度全体をつくり直していく。それが今こそ求められているのではないでしょうか。

清水谷 諭

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※この記事は、2015年7月1日に発行されたHeadlineに掲載されたものを、個別に記事として掲載しています。

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