2020年12月22日
内外政治経済
研究員
芳賀 裕理
2020年12月14日に行われた米大統領選の選挙人投票で、バイデン前副大統領(民主)が過半数を獲得、トランプ大統領(共和)を破って勝利が確定した。2021年1月20日の就任式を経て新政権が発足する。政権交代に伴い米国の政策が大きく転換する中、本稿では財政政策がどう変わるのか論じてみたい。
第46代米大統領に就任するバイデン氏
(写真)バイデン氏のツイッター(@JoeBiden)
はじめに、財政政策において著しい変化が生じる可能性が高い項目を表にまとめ、両氏の政策の違いを解説する。
財政政策の変化予測
(出所)各種報道に基づき筆者
【税制】税制改革に対し、両氏は対照的なスタンスをとる。バイデン氏は増税を掲げ、トランプ政権が引き下げた法人税率(最高35%→21%)を28%に引き上げる意向を表明。個人所得税についても税率引き上げ(最高37%→39.6%)や各種税控除の縮小、株式譲渡益などに対するキャピタルゲイン課税の強化(最高23.8%→39.6%)など、富裕層に照準を合わせた増税を断行する構えだ。
本来、バイデン氏自身は積極的な増税論者ではないとされる。だが、民主党左派の支持を得て辛うじて大統領選で勝利を収めたため、格差是正にも積極的に取り組む必要がある。例えば、後述する医療保険制度改革法(オバマケア)や教育制度を拡充するためには巨額の財源が必要になり、それを増税で確保しようというわけだ。
【通商】「アメリカ・ファースト(米国第一主義)」を掲げ、大統領の座に就いたトランプ氏は、通商政策の焦点を米国の巨額貿易赤字に合わせた。とりわけ、最大の輸入相手国である中国に対するバッシングを強め、世論の支持を得る姿勢を貫いた。習近平政権の通商政策を「不公正貿易」と糾弾、3度にわたる追加関税などで中国を締め上げた。
対中強硬姿勢を貫いたトランプ氏
(写真)トランプ氏のツイッター(@realDonaldTrump)
一方、バイデン氏も人権問題をはじめ中国には厳しい姿勢をとる。ただし、通商政策では世界貿易機関(WTO)などを通じた国際協調・多国間貿易交渉を重視する。中国を狙い撃ちにした追加関税の拡大には慎重とみられ、共和党との対立は必至か。
バイデン氏にとってもう1つの難題は、環太平洋経済連携協定(TPP)への対応である。トランプ氏はTPPからの離脱を表明したが、バイデン氏もTPPへの態度を明確にしていない。支持基盤の労働組合が、TPP 参加後の輸入拡大に伴う雇用減少を恐れるためとみられる。
その一方で、先に中国の習近平国家主席がTPP参加について「積極的に検討している」と言明するなど、米国を揺さぶる姿勢を強めており、バイデン氏はこの問題でも苦慮しそうだ。なお、日本に対してどう向き合うかは不透明だが、民主党内に対日強硬派が多い点には留意が必要だ。
【ヘルスケア】トランプ政権・共和党は、民主党のオバマ前政権下で成立した医療保険制度改革法、いわゆるオバマケアによる医療保険の加入義務に猛反対し、税制改革の中で保険未加入者に対する罰金税を廃止した。
対照的に、バイデン氏は副大統領としてオバマ前大統領を支え、その後継者を自任する立場からオバマケアの拡充を公約した。税制優遇措置を通じて医療保険購入を支援し、より多くの国民に加入を促す。また、勤務先で民間医療保険が提供されていても、オバマケアへの加入を希望する人には選択肢を付与する方針。
このほか、新型コロナウイルスの影響で失業し、高額の民間医療保険に加入できない国民が増える中、高齢者医療保険制度(メディケア)の対象年齢を65歳から60歳に引き下げるほか、トランプ氏と同じく薬価引き下げを提唱する。
医療保険制度改革を実現したオバマ前大統領
(写真)オバマ氏のツイッター(@BarackObama)
【気候変動】米国が中国に次ぐ世界第2位の温室効果ガス排出国であるにもかかわらず、トランプ氏は2019年11月、地球温暖化対策の国際的な枠組み「パリ協定」からの離脱を国連に正式通告した。対照的に、バイデン氏はトランプ氏と対決した大統領選テレビ討論会で、「真っ先にパリ協定に復帰する」と公約した。
英紙フィナンシャル・タイムズ(FT)によると、パリ協定立案者の1人で欧州気候基金のローレンス・トゥビアナ最高経営責任者(CEO)は「米国の復帰は大きな救いになる。バイデン新大統領がもたらすプラスのドミノ効果は計り知れない」と述べ、パリ協定の実効性強化に期待を示す。
バイデン氏の気候変動対策では、クリーンエネルギー分野への大規模投資が特徴であり、1期目の4年間で2兆ドル規模とされる。これには、民主党内でもとりわけ環境問題への関心が強い左派への配慮という側面がある。バイデン氏と民主党予備選で戦った左派のサンダース氏の共同タスクフォースが、2020年7月に取りまとめた提言書に即した内容だからだ。
民主党左派の実力者のサンダース氏
(写真)サンダース氏のツイッター(@BernieSanders)
【GAFA】トランプ政権下で司法省は主要IT企業に対し、反トラスト法(独占禁止法)に基づく調査を広範囲にわたり実施。グーグルを相手取り、反トラスト法違反で提訴に踏み切った。また、米連邦取引委員会(FTC)は同法違反でフェイスブックを提訴、インスタグラムやワッツアップの売却などの是正措置を求めた。
バイデン氏はさらに厳しい姿勢を示し、アマゾン・ドット・コムなどに対して一定の課税を提唱する。GAFAの解体についても「真剣に検討すべきことだ」と述べている。
フェイスブックのザッカーバーグCEO
(写真)Facebook
バイデン氏は、グーグルを相手取った司法省の反トラスト法訴訟を引き継ぐことになる。同省は、グーグルが反競争的な手段によって、主力の検索エンジンや関連広告事業において独占を維持してきたと主張。一方、同社の法務責任者は2020年10月、同訴訟には深刻な欠陥があると述べた。この件について、米紙ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)はバイデン氏陣営にコメントを要請したが、応じなかったという。
【雇用・労働】バイデン氏は連邦最低賃金を現在の7.25ドルから15ドルへの引き上げを公約し、有力支持基盤の労働組合に配慮する姿勢を鮮明にした。新型ウイルス感染拡大に伴う追加経済対策でも、州が行う失業給付に対して連邦政府による支援拡大を表明。トランプ政権下で拡大した格差の是正に取り組む姿勢をアピールする。
また、バイデン氏はトランプ氏と同じく国内産業の強化を掲げる。政府による米国製品調達を拡大するとともに、老朽化したインフラの改修で中間所得層に新たな雇用を生み出す。こうした施策に4000億ドル、さらに電池や人工知能(AI)、バイオテクノロジー、クリーンエネルギーなど最先端技術分野の研究開発には3000億ドルを投じ、500万人の雇用を創出するという。
【教育・介護】教育についてバイデン氏は党内左派に大きく歩み寄り、チャイルドケアやプレスクールの拡充、学生ローンの減免、中間層以下に対する州立大学の学費免除などの施策を掲げる。こうした施策の財源は、トランプ政権による富裕層・企業への減税措置を撤回することで賄う方針という。
WSJによると、バイデン氏は2020年7月の地元デラウェア州での演説で、「家庭は心理・経済面で苦境にある。支援が必要だ」と訴え、子どもに加えて年老いた親・親族の世話をする「サンドイッチ世代(Sandwich Generation)」の窮状を指摘したという。
米国の超党派NPO法人「責任ある連邦予算委員会(CRFB=Committee for a Responsible Federal Budget)」の試算によれば、バイデン氏が一連の公約を実現した場合、連邦財政赤字は向こう10年間で5.6兆ドル拡大すると見込まれる。これに対し、仮にトランプ政権が継続したケースでは4.95兆ドル拡大と予測され、財政収支への悪影響はバイデン政権のほうが大きいという。
財政収支予測の比較(兆ドル)
(出所)CRFB
一方、米財務省は2020会計年度(2019年10月~2020年9月)の財政赤字が、過去最大の3兆1320億ドルに達したと発表。新型ウイルス対策に伴い、赤字幅は前年比3倍強に膨らんだ。
前述したように、バイデン氏は大幅な歳出拡大を伴う政策を公約しており、新型ウイルスの追加対策と相まって財政は一層悪化する公算が大きい。このため、CRFBは「巨額で膨らみ続ける財政赤字は経済成長の減速を招きかねず、将来の政策立案者の選択の余地を狭め、最終的には持続可能ではない」と警告を発している。
米国の財政赤字
(出所)米財務省
これまで述べてきたように、バイデン氏の財政政策はトランプ氏とは対照的な増税・歳出拡大を特徴とする。無論、バイデン氏が政権発足後に一連の公約を実現するためには、連邦議会上下両院での関連法成立が不可欠となる。
ところが、下院では民主党が多数を維持するものの、閣僚人事の承認や条約の批准などで権限を持つ上院では、共和党が過半数を制して「ねじれ議会」となる可能性がある。となると、バイデン氏が左派色の強い政策を実現しようとしても、上院共和党の反対で増税などが宙に浮く公算が大きい。
こうした中、バイデン氏の議会対策の命運を握るのが、2021年1月5日投票のジョージア州決選投票である。定数100の上院では共和50、民主48が固まり、残り2議席がこの決選投票で決まるからだ。大統領選ではバイデン氏が同州で辛勝したが、元々は共和党の強固な地盤。だから、決選投票の結果がどうなるのか予断を許さない。
上院決選投票が行われるジョージア州
(出所)筆者
仮に民主党が2議席とも奪取すると、上院の勢力は共和50、民主50と互角になる。この場合、新政権発足後に上院議長を兼務するハリス副大統領が「最後の1票」を投じるため、民主党は51対50で法案を通すことが可能。逆に、民主党が1議席でも落とすと、共和党が上院を多数支配することになり、バイデン氏は政権発足直後から議会対策に苦しむ公算が大きい。
もちろん「ねじれ議会」においても、民主、共和両党が超党派で合意形成可能な政策については実現するだろう。だが、両党の主張が真っ向から対立する、増税やオバマケアといった政策では妥協の余地が小さい。財政に限らず、バイデン氏の政策の実現可能性を予測する上では、議会動向に一層注意を払う必要がある。
バイデン氏を支えるハリス氏
(写真)バイデン氏のツイッター(@JoeBiden)
芳賀 裕理