2021年08月03日
内外政治経済
研究員
髙田 遼太
マスクを着けない6万人を超える観衆が、選手の一つひとつのプレーに歓声と悲鳴を上げ、巨大スタジアムを揺るがす―。英ロンドンのウェンブリー競技場で7月11日に行われたサッカーの欧州選手権(「ユーロ2020」決勝、イングランドvsイタリア)の中継映像に、驚いた人も多かっただろう。このイベントは、新型コロナウイルス感染症との共生を模索した「社会実験」の側面も持つ。自粛疲れの東京から見ると、なぜ実施できるのか不思議に思った。
英国で行動自粛から経済再開のゲームチェンジャーとなったのが、ワクチンである。ジョンソン政権は2020年12月、いち早くワクチン接種を開始。足元の新規感染者数はピークに比べて5割減少。年初から半年以上続いたイングランドのロックダウン(都市封鎖)も7月19日に解除され、屋内でのマスク着用義務を含むほぼすべての規制が撤廃された。ただし、足元では変異株の流行が懸念されており、ロンドン市は地下鉄などでのマスク着用義務を継続する。
コロナ禍の初期、英国は主要7カ国(G7)の中でも特に健康被害が甚大だった。人口10万人当たりの英国の累計感染者数は日本の12倍に達し、死亡者数に至っては16倍を超えた。ジョンソン首相自身も感染し、一時は入院していたほどだ。
経済的なダメージも大きかった。厳しいロックダウン(都市封鎖)を長期にわたり実施した結果、個人消費が低迷。2020年の実質GDP(国内総生産)成長率は前年比9.8%減を記録、イングランド銀行によると減少率は実に311年ぶりの大幅なものとなった。
これに対し、G7の中で行動規制が最も緩かったにもかかわらず、その英国以上に消費が落ち込んだ国がある。ほかならぬ日本だ。
日本と英国で、行動規制の期間中に小売店・娯楽施設への人出と消費動向がどのように変化したかをグラフで確認してみよう。一見して分かるように、日本より厳しい規制を敷いた英国では日本以上に人出が落ち込んでいる。
その一方で小売売上高は、コロナ禍前の2019年を上回る月が日本より多いのだ。つまり日本の消費は、英国に比べてコロナ禍の影響を受けやすかったことがうかがえる。なぜ、こんな差が生まれてしまったのか。
日英の人出と小売売上高
(出所)グーグル、経済産業省、英国統計局
その理由の一つとして考えられるのが、日本の消費における「対面」依存度の高さだ。インターネットを介する電子商取引(=EC)売上高の上位国を対象に、それの対GDP比率を比較してみよう(2019年)。英国が8.9%で3位なのに対し、日本は3.5%で11位。英国の半分以下で、マレーシアやタイなど新興国よりも低いのだ。
各国の電子商取引売上高の対GDP比
(出所)国連貿易開発会議(UNCTAD)
もちろん、実店舗による対面販売の比率が高いことには経済上のメリットもある。交通費など関連支出が増え、雇用の確保にもつながるなど波及効果が大きいからだ。
しかし、コロナ禍ではこうした日本の消費構造が裏目に出た。実際、コロナ禍前の2019年10~12月期と比較した2021年1~3月期の実質GDP増減への寄与度(年率)は、輸出の0.7%減に対し、個人消費が2.0%減。小売店の苦境を裏付けるデータだ。
しかし裏返せば、街に人出が戻った時に消費が回復する余地は、英国などより大きいとも言える。7月27日時点の日本のワクチン接種完了率は27%と英国の55%より低いが、政府は集団接種を急ピッチで進めている。今後、日本でも行動規制が大幅に緩和されると、これまでの支出抑制の反動が生まれ、消費は急回復するかもしれない。
ただし、コロナ禍をきっかけに明らかになった対面依存の消費構造の弱点を認識することも重要だ。日本でも2020年の楽天の国内EC流通総額は前年比20%増え、アマゾンの日本事業売上高(円換算)も26%伸びたという。こうした小売り分野でのデジタル化がさらに進めば、変異株の流行などにも強い消費構造に変わっていく可能性がある。
楽天とアマゾン(日本)の国内売上高
(注)楽天は国内EC流通総額、アマゾンは日本事業売上高(円換算)
(出所)楽天、アマゾン
髙田 遼太