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米中新冷戦下で日本に求められる「戦略的不可欠性」

【書評】米中の経済安全保障戦略(村山裕三編著、芙蓉書房出版)

2021年08月23日

内外政治経済

研究主幹
中野 哲也

 米中新冷戦の先行きを予測する上で、「経済安全保障」がキーワードとなり、日本でも急速に関心が高まっている。決して新しい概念ではないが、経済的に相互依存度が高くても対立が深刻化する両大国の関係は、軍事的あるいは地政学的な視点からだけでは読み解けない。だから、経済安全保障が脚光を浴びているのだろう。

 現時点では、米中いずれもいきなり軍事力を行使する戦略はとり得ない。その前段階として、輸出管理やサプライチェーン確保などを柱とするエコノミック・ステイトクラフト(ES=経済的手段による国益追求)を米中が応酬し合う局面が続いているわけだ。

 本書「米中の経済安全保障戦略」(編著者・村山裕三、著者・鈴木一人、小野純子、中野雅之、土屋貴裕、芙蓉書房出版、2021年7月)では、バックグラウンドの異なる5人の専門家がESの解説・分析からスタートし、米国の輸出管理政策や中国の軍民融合政策などを丁寧に考察している。そして最後に、日本がとるべき経済安全保障政策を提言するという時宜に適った意欲的な1冊である。

写真(出所)版元ドットコム

 本書は序章において、ESの特徴や機能、形態、実効性などを分かりやすく解説。「武器を使わない戦争」とも呼ばれるESの代表的な例として、1973年のアラブ諸国によるイスラエル支援国に対する原油輸出禁止が引きこした第一次石油ショックを挙げる。その上で、「経済力の大小にかかわらず、戦略的物資を独占的に保有し、他国がそれに強く依存している状況であれば、途上国であっても手段として用いることができる」と指摘する。

 第Ⅰ部では「米国の安全保障と輸出管理」をとり上げ、まず国際政治情勢に左右されてきたその歴史を振り返る。次に、輸出管理をめぐる米中関係に焦点を合わせ、歴代大統領・連邦議会の思惑で対中政策が変遷してきた経緯を要領よくまとめている。「経済と安全保障の両立ではなく、安全保障のための輸出管理に、再び同盟国間で確固たる協力をして取り組む時期にきている」という主張は傾聴に値する。

 第Ⅱ部は「中国の経済安全保障戦略」である。中国が1949年の建国以来、経済建設と国防建設のバランスをめぐり腐心してきた歴史をひも解きながら、現在の「軍民融合」に至るまでの経緯を解説。習近平政権は「『新常態』にある経済発展と国防建設とを一体化させることで持続的な発展を目指すべく、『軍民融合』の言及頻度を急激に増加させた」と指摘する。

 また、足元で中国が経済安全保障を強化する背景として、本書は以下を指摘する。①習政権が2014年に打ち出した「総体国家安全観」(=総体的な国家安全保障観)の下で、共産党指導部は経済の安全を保障することが国家安全保障の基礎であると認識。その目標を達成するためには、ESの手法を用いて他国に「強制」や「服従」「説得」をいとわない。②中国は戦略物資やサプライチェーンを確保するため、関連する国内法を整備するとともに、自国に有利な国際ルールの形成を目指している。③特許出願件数で世界一となるなど、中国は技術や知的財産、新興技術を支える重要なデータなどを守る立場になった。

 終章は「日本の経済安全保障政策への展望」と題する提言である。日本の政官財が経済安全保障政策に取り組んでいく上で、その戦略コンセプトとして「戦略的不可欠性」という概念を提唱している。

 その意味するところは、「他国が決定的に重要と考える領域において代替が難しい地位を獲得すること」である。冷戦下の米中の狭間で日本がどう対処すべきかについて、「国際的な競争力を持ちながらも、今まで社会の安全・安心や国家の安全保障といった政府に関係した領域に関わりの薄かった民間企業を、この分野に引き入れる」などと具体的に主張している。

 現在、日本政府は2022年通常国会での「経済安全保障一括法」制定を目指して調整を進めている。今後、戦略的不可欠性やそれに必須の官民協力について議論が活発化するのは必至だろう。そういう意味では、安全保障関係者のみならず、経済界のリーダー層にも本書を薦めたい。

中野 哲也

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