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行政DX利便性をどう高めていくか

=デジタル庁に望まれるユーザビリティ向上=

2021年09月17日

内外政治経済

主任研究員
新西 誠人

 2021年9月1日、東京・紀尾井町にデジタル庁が発足した。国や地方自治体が進める行政DX(デジタルトランスフォーメンション)の「司令塔」に位置付けられ、日本の電子政府化を阻んできた「省庁縦割り」の打破が期待される。

 しかし、縦割り打破はあくまで手段であり、行政DXの本来の目的は「お役所仕事」と揶揄(やゆ)されてきた行政サービスの質向上にほかならない。どうすれば市民に便利なサービスが実現するのだろうか。デジタル先進国の取り組みを参考にしながら、その「解」を探してみよう。

「省庁縦割り」を打破できるのか

 2020年7月、国連の経済社会局は193カ国を対象としたデジタル政府ランキングを発表。各国の電子政府化の水準を「オンラインサービス」「人的資本」「通信インフラ」という3つの指標から評価し、その平均点で順位付けしたものだ。

 日本は国連加盟193カ国中の14位。国連が位置付ける「最上位クラス」(14位以内)にギリギリ滑り込んだ。ただし、先進国の中では英米に水を空けられ、アジアでも韓国やシンガポールの後塵を拝する。

国連電子政府ランキング(2020年)

図表(注)得点の最高は1
(出所)国連経済社会局「電子政府ランキング」

 2020年春以降、日本政府の新型コロナウイルス対策では、特別定額給付金(10万円)などの業務でさまざまな混乱が生じた。それを教訓に、同年9月に発足した菅政権が目玉政策として「デジタル庁創設」を打ち出したわけだ。

 なぜ日本では、行政のデジタルサービスが満足に機能しないのか。原因とされてきたのが、省庁間に立ちはだかる「壁」の存在だ。例えば先述の特別定額給付金も、「マイナンバーカードが国民に行き渡り、マイナンバーと銀行口座がひも付けられていれば、手続きがスムーズに進んだのでは」と各方面から指摘される。

 しかし、マイナンバーの所管は総務省。一方、金融機関やクレジットカード会社の所管は金融庁や経済産業省である。その普及を図るため、健康保険証と一体化させようとすれば厚生労働省との調整が必要になる。それぞれの役所が自らの権限に固執すると、市民目線が二の次になり、利便性の高いサービスはなかなか実現しない。

 そこで、政府はデジタル庁に他省庁への勧告権を持たせ、行政DXの主導権を与えた。一極集中で改革を断行するスタイルと言える。複雑に入り組んだ各省庁の権限を整理し、協力を引き出すためには必要な体制だろう。

 だが、省庁間の利害調整さえスムーズに進めば、改革が成功するのだろうか。決してそうではない。「縦割り行政の打破」という手段が目的化し、肝心の行政サービスが改善しなければ本末転倒だ。そもそも、これまで行政のデジタル化が不評だったのは、「供給側の論理」を優先してきたからだ。だからデジタル庁には、縦割りの克服に加え、「利用者=市民」を最優先する発想が求められる。

 DX自体、技術ではなく、その利用者の生活に重点を置いた概念なのだ。提唱者のエリック・ストルターマン教授(当時スウェーデンのウメオ大学)は、DXを「ITの浸透が、人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させること」と定義した。単にアナログのサービスをデジタルに転換すれば、「事足れり」というものではない。

アクセシビリティを最優先してきたが...

 ではどうすれば、発想を「市民最優先」に転換できるのだろう。カギを握るのが、ユーザビリティ(=利用者にとっての利便性)の徹底した追求だ。

 もちろん、日本の行政が利用者のことを全く考えてこなかったわけではない。ただ、ユーザビリティよりもアクセシビリティ(=利用できる層の幅広さ)を重視してきたのは事実だ。具体的には、各省庁・地方自治体は競い合うようにホームページを独自に開設し、外部からアクセスできることを最優先してきた。

 アクセシビリティを重視する姿勢は、政府が2020年12月25日に閣議決定した「デジタル社会の実現に向けた改革の基本方針」にも表れている。

 デジタル社会の目指すビジョンとして「デジタルの活用により、一人ひとりのニーズに合ったサービスを選ぶことができ、多様な幸せが実現できる社会」を掲げ、このような社会を目指すことは「誰一人取り残さない、人に優しいデジタル化」を進めることに繋がる。

 「誰一人取り残さない」というアクセシビリティの考え方は、国連の持続可能な開発目標(SDGs)でも柱となる精神。DXを進める上でも極めて重要だ。

 各省庁・地方自治体のホームページを見ると、アクセシビリティは既に高い水準に達している。外国人向けに英語・中国語などのサイトを用意したり、視覚障がい者向けの音声による自動読み上げサービスを提供したり...。

 こうした取り組みは、今や小さな自治体でも珍しくない。総務省が2020年度に行った調査によると、都道府県・市区町村の75%はホームページのアクセシビリティに関する日本産業規格(JIS)に対応しているという。

 しかし、システムをだれもが使えることは本来、「最低条件」に過ぎない。それを前提とした上で、DXの本来の目的である「多様な幸せ」を実現するため、ユーザビリティを高めていくべきなのだ。

 だが現実には、行政のユーザビリティ意識は高くない。前掲の「基本方針」はユーザビリティに直接言及していない。また、ホームページの外部評価を実施するのは、都道府県・市区町村の25%強にとどまる。

1位のデンマーク、設計に「ペルソナ」活用

 これに対し、デンマークや韓国など電子政府ランキングの上位国は、ユーザビリティの向上に積極的に取り組んできた。1つのホームページにアクセスするだけで、そこを起点にさまざまな行政サービスが利用可能な「ポータルサイト」の設置はその典型だ。

 例えば電子政府ランキング1位のデンマークは、2007年から「borger.dk」という政府ポータルサイトを運営中。現在は約2000の手続きが可能だ。住所変更といった引っ越しの際の面倒な一連の手続きも、10分程度で完了するという。

写真デンマークの風車
(写真)田中博

 各国がこうしたポータルサイトを構築するに当たり、共通して採り入れるのが「人間中心設計(Human Centered Design=HCD)」と呼ばれる考え方。これは、使いやすく満足度の高い商品・サービスを生み出すための手法である。

 具体的には、利用者の特性や利用実態を開発関係者が的確に認識した上で、ユーザビリティ評価を連動させながら、設計を進めていく。利用者の視点を、設計にどう採り入れるかがポイントになる。

 デンマークは「borger.dk」を設計する際、利用者をイメージした仮想人物(ペルソナ)」を用いた。政府ポータルサイトによると、「クラウスさんは44歳でビェリンブロ郊外の小さな村に住み、大工をしている。ほとんどのことはネットで済ませ、オンラインショッピングが好き...」といった具合だ。

 年齢や職業などが異なるペルソナを複数作成した上で、「2011年の調査では72%がオンラインで買い物をしたことがある」などの統計情報と組み合わせる。設計者や技術者は、ペルソナがポータルサイトを利用する際、どのような表示や機能を求めるかを想像し、ユーザビリティを徹底的に追求する。

 これとは別に、市民の代表も「利用の専門家」としてポータルサイト開発に参加し、使い勝手や仕様についてユーザーの立場から意見を出した。

 電子政府ランキング7位の英国は2011年、内閣府に各省庁のデジタルサービスを一括管理する組織GDS(Government Digital Service)を創設。ポータルサイト「GOV.UK」から、300以上の行政サイトに接続可能にした。

 このポータルサイトの構築過程では、全工程をいくつかの部分に切り分け、開発と評価を繰り返した。まず必要最低限の機能しかないページを作成し、利用者からフィードバックを受けながら、最終的に利便性の高い、ユーザビリティを最優先したサイトに仕上げた。

写真英国政府のポータルサイト「GOV.UK」
(出所)stock.adobe.com

 電子政府ランキング9位の米国は、GAFAを生みだしたIT大国。その中心地シリコンバレー(カリフォルニア州)には、世界中から才能豊かな人材が集まってくる。

 こうした人々が持つノウハウを、「回転ドア」と呼ばれる官民人材交流を通じて政府部門に採り入れるのが、米国流の行政DXである。

 連邦政府ポータルサイト「USA.gov」(2007年~)も、検索エンジンで財を成した起業家エリック・ブリューワー氏がその基礎を築いた。連邦政府に検索エンジン「Inktomi」を寄付しただけでなく、自ら開発チームを率いる。そして2000年9月に公開したのが、USA.govの前身となる連邦政府ポータルサイト「FirstGov.gov」である。

 連邦政府は2019年には「USA.gov」上に、人工知能(AI)がユーザーの質問に自動回答するチャットボットを導入した。それに先立ち、詐欺などに遭い、行政に相談した人などから事情を聴いた。どのような行政の回答が役に立ったかを尋ね、その結果をチャットボットの設計に活かしたという。ここにも、行政DXを展開する上でユーザビリティを最重視する姿勢が見て取れる。

市民参加が根付かない日本の行政DX

 もちろん、日本でもユーザビリティ評価が全く活用されてこなかったわけではない。例えば2006年には、特定非営利活動法人・人間中心設計推進機構(HCD-Net)は、人口12万人以上の305自治体のホームページについてユーザビリティ評価を実施。それを公開すると自治体関係者の間で話題を呼んだ。

 2009年、この評価に携わったメンバーが中心となり、「電子政府ユーザビリティガイドライン」を作成。政府の各府省情報化統括責任者(CIO)連絡会議で決定された。これは、HCDのプロセスを踏襲しながら、利便性の高いシステムを構築するために各府省が実施すべき取り組みの指針を示したものだ。

 だが、サイト設計段階から市民が参加する欧米型の開発スタイルは、日本の行政DXに根付いていない。サービスの使い勝手を左右する、細かな仕様にまで市民の声を活かすには、デジタル庁発足を機に発想とやり方を抜本的に変える必要がある。

 デジタル庁もユーザビリティの重要性を認識しており、「デジタル改革アイデアボックス」「デジタル改革共創プラットフォーム」といった、国民や地方自治体の声を直接聴く仕組みを既に整えている。

 ただし、行政はこれまでもパブリックコメントや市民アンケート、関係者ヒアリングなどを実施してきた。新たな意見集約の仕組みを採り入れても、それが人間中心設計(HCD)に反映されなければ意味がない。

ドイツ発祥「市民討議会」、米国では「シビックテック」

 一方で、日本では行政が市民にシステム開発への参加を呼び掛けても、欧米ほど関心が高くないという問題も指摘される。そうなると、直接の利害関係がある声の大きな市民ばかりが意見を表明し、サイレント・マジョリティー(=意見表明に消極的な多数派)の意向が反映されないリスクもある。

 どうすれば、日本型HCDを生み出せるのだろうか。自治体の一部がまちづくり分野で導入している「市民討議会」がヒントになるかもしれない。2005年ごろから数十の自治体が採用している手法だ。

 市民討議会は、ドイツの社会学者ペーター・C・ディーネル氏が1970年代に考案した「プラーヌンクスツェレ」という手法を日本向けにアレンジしたものだ。無作為に選ばれた市民が、さまざまな行政課題に関して討議を重ね、解決策を探っていく。

 その特徴は、①参加者には報酬を支払い、「仕事として行う」という意識付けを行う②討論は半日~数日行い、1~2時間程度の討論ごとにグループメンバーを変え、役割が固定しないようにする―である。

 米国では古くから市民主導で「シビックテック」の開発が進んでおり、検討に値する。これを発展させたのが、メリーランド大学博士課程学生だったデニス・リンダース氏である。

 彼は2012年に提唱した「e-GovernmentからWe-Governmentへの転換」という考え方の中で、行政システム開発について次の3つに整理した。①一部を市民に任せる②政府はプラットフォーム構築に徹し、その中身は市民が作る③プラットフォームからすべて市民自らが作る(=DIY政府)―という方式である。

 その背景には、慢性的な財政赤字やSNSの出現により、市民は行政からサービスを受けるだけの存在ではなく、パートナーとして役割を果たすべきだという認識がある。

 実際に市民の力をうまく使っているのが台湾だ。コロナ禍でも、民間企業で働くデジタル人材が、ボランティアとしてマスクの在庫管理アプリを開発し、日本でも話題になった。

 台湾には、行政DXを支援する市民の集まり「零時政府」もある。市民ハッカー(注=本来、ハッカーに悪い意味はなく、デジタル技術に精通した人材)のコミュニティであり、草の根活動的に公共のための活動を行っている。例えば、市民から上がってきた議題について政府関係者などを巻き込んで討論し、ユーザビリティに優れたシステムを開発するのだ。

 このコミュニティは、政府の予算の使い方に疑問を感じたソフトウエアエンジニアの高嘉良氏が2012年に設立した。実は、コロナ禍対応で名を馳せた唐鳳(オードリー・タン)行政院政務委員(=閣僚)も設立時から参加する。だれでも無料で参加できるため、いわゆるプログラマーだけではなく、デザイナーなど多彩な専門家が参画しているのが特徴だ。

図表「デジタル・ソーシャル・イノベーション」を訴えるオードリー・タン氏
(出所)オードリー・タン氏のツイッター(@audreyt)

スマホ接触アプリで不具合が続出した日本

 実は日本にも、シビックテックの萌芽はある。コロナ禍を受け、IT技術者有志や非営利団体が、スマホの接触確認アプリの開発を進めていたのだ。当初、政府もこれを容認する方針だったとされる。

 しかし、接触確認アプリの共通プラットフォームを提供する米アップルとグーグルが、提供先を各国の公衆衛生当局に限る方針を打ち出したことで迷走が始まった。日本では厚生労働省が先述の有志事業を引き継いだが、開発を下請け企業に丸投げしてしまい、不具合い続出を招く結果になった。

 一連の騒動から浮かび上がるのは、日本の官庁は他省庁だけでなく、民間との連携も苦手だという事実。ユーザビリティ向上のカギを握るシビックテックを定着させるには、行政が民間の開発手法を理解し、適切に情報提供しながら、民間にそれを活用してもらう仕組みが必要になる。しかし、官民交流がほとんどなかった霞が関では、橋渡しができる人材が決定的に不足している。

 その点、デジタル庁は民間からの人材登用を積極的に進めるとしており、官民交流が本格化するか否かの試金石になりそうだ。

 官庁と企業、両方の組織文化に精通し、市民の声を開発に活かせる人材が育てば、日本でもユーザビリティを向上させるシビックテックが根付く可能性はある。デジタル庁が行政DXを成功に導けるかどうかは、省庁間だけでなく、官民の壁も崩せるかどうかに懸かっている。

図表「省庁縦割り」を打破できるか
(出所)stock.adobe.com

新西 誠人

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※この記事は、2021年9月29日発行のHeadLineに掲載予定です。

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