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マイナンバーで何が変わるか

2015年10月01日

内外政治経済

上席主任研究員
清水谷 諭

聞き手 RICOH Quarterly HeadLine 編集長 中野 哲也

―マイナンバー制度の仕組みを簡単に教えてください。

 マイナンバーというのは社会保障と税の共通番号のことで、正式には「社会保障・税番号」と呼ばれます。マイナンバー制度では、日本に住民票があるすべての人(外国人も含む)一人ひとりに12ケタの「個人番号」が割り振られ、一度指定された番号は生涯変わりません。法人にも13ケタの「法人番号」が付けられます。

 私たちが日常生活で目にするものだけでも、基礎年金番号、納税者番号、健康保険や雇用保険の被保険者番号、パスポートや運転免許証の番号など、行政機関から実に多くの「番号」が割り振られています。しかし、これらは縦割り行政の下で互いに結び付けられず、「重複して無駄」と指摘されてきました。マイナンバー制度では、国や地方自治体で、分野によってバラバラに管理されている個人情報とマイナンバーをひも付け、効率的に情報を管理・連携できるようになります。

 ちなみに、こうしたアイデアは最近急に出てきたわけではありません。多くの国で類似の制度が導入されています。日本でも既に1968年、当時の佐藤栄作内閣が「国民総背番号制」の導入を目指しましたが、実現しませんでした。また、1983年には全国統一の「納税者番号制度」としてグリーンカードの導入が決まりましたが、これも撤回されました。


―マイナンバー制度はどの国で導入されているのでしょうか。

 こうしたマイナンバーに相当する制度(総称してNational Identification Number)は、世界各国で実施されています。代表的な例は、米国の「社会保障番号」(Social Security Number)制度で1936年に導入されています。元々、労働者の年金の受給資格と受給額を計算するために、それぞれの労働者の所得履歴を追跡するための制度でしたが、次第にIDナンバーとして広く使われるようになりました。

 ただ、一口にマイナンバーに相当する制度と言っても、対象とする行政分野や利用方法については、多くのバリエーションがあります。

 2010年の「社会保障・税に関わる番号制度に関する検討会中間取りまとめ」では、(1)税務分野だけで利用するドイツ型(2)税務と社会保障の両分野で利用する米国型(3)役所の各種手続きを含めた幅広い行政分野で利用するスウェーデン型―という三つの分類が示されています。

 日本のマイナンバー制度は、この分類では(2)の米国型に当たり、税務と社会保障分野を対象としていますが、そのほかに災害対策(被災者への支援金給付など)でも利用されます。この三つの分野においても、マイナンバーが具体的にどのような場面で使われるのか、すなわち利用範囲は法律で限定されています。


―マイナンバー制度にはどんなメリットがありますか。

 そのメリットは大きく二つに分けられます。第一に、行政手続きの簡素化・効率化です。例えば、2017年からになりますが、社会保障・税、災害対策に関する手続きで住民票の写しなどの添付が要らなくなります。

 第二に、公正・公平な給付と負担の実現です。社会保障給付と納税の情報を結び付けることで、所得情報をより正確に捕捉できるようになります。これによって、脱税や生活保護の不正受給を防ぎやすくなります。また、新しい社会保障政策の展開も可能になります。よく議論の引き合いに出されるのは、「給付付き税額控除」を導入しやすくなるという点です。低所得者の多くは元々税を納めていないケースが多く、通常の減税政策では恩恵を受けられないケースが多いのです。マイナンバー制度の導入により、税を納めていない人に給付できるようになるとされています。

 こうしたメリットは、実はマイナンバーの利用範囲を広げることによって、飛躍的に大きくすることができます。例えば、医療保険はマイナンバーの対象ですが、病歴や診療記録などの医療情報については対象となっていません。

 しかし、医療情報と所得情報を結び付けることにより、所得が健康に及ぼす影響、あるいは逆に健康が所得に及ぼす影響を、大量の観察データを使って定量的に解析できるようになります。これによって、医療資源をより効率的に使うことができる制度に変更する場合、データに基づいて根拠を得ることができます。


―マイナンバー制度にはデメリットも指摘されていますが。

 マイナンバー制度に対してしばしば批判されるのが、「個人情報の保護が十分ではないのでは」という懸念です。今年に入ってからも、日本年金機構のパソコンから大量の個人情報が漏洩し、大きな社会問題となりました。マイナンバーは、分散管理されている個人情報を必要な時に必要な部分をつなぐための制度であり、今まで各機関で管理していた個人情報は引き続きそのまま管理されます。したがって、マイナンバーからすべての個人情報を一度に引き出すことはできませんが、日本年金機構のような問題が発生すると、政府の情報管理の甘さに不信感が高まることは否めません。

 また、源泉徴収などを行う際は、各企業が従業員本人やその家族のマイナンバーを収集・管理しなければなりません。企業の情報管理が甘いとマイナンバーが盗まれたり、外部に持ち出されたりするリスクもあります。さらに、既に導入した外国でも見られる例ですが、他人への「なりすまし」による犯罪が多発する可能性があります。これについては、厳正な本人確認の仕組みや、マイナンバーを保有する機関による個人情報保護の措置もとり入れられています。


―今月からマイナンバーが通知されます。どんな点に注意すべきでしょうか。

 マイナンバー制度の運用が始まるのは来年1月からですが、今年10月5日を基準として、氏名・住所・生年月日・性別・個人番号が記載された「通知カード」が市区町村から郵送されます。また、来年1月以降、希望者が市区町村に申請すると、ICチップや顔写真の入った「個人番号カード」の交付を受けることができ、身分証として使えます。

 制度が始まると、年金・雇用保険・医療保険の手続きや、生活保護・児童手当といった福祉の給付、所得税の確定申告など税の手続きなどで、申請書などにマイナンバーを記載しなければなりません。確定申告の場合、2017年2~3月に2016年分の所得についてマイナンバーを記載することになります。また、勤務先や証券会社、保険会社などの金融機関が個人に代わって税や社会保険の手続きを行う場合も、マイナンバーを提出する必要があります。

 マイナンバーを使って社会保障や税などの手続きを行う際は、個人番号カードや運転免許証などの顔写真付き身分証明書などにより、本人確認を厳格に行うことが、法律でそれぞれの関係機関に義務付けられます。マイナンバーは、社会保障、税、災害対策の各分野の手続きで行政機関などに提供する場合を除き、むやみに他人に提供することはできません。むやみに教えたりすると、「なりすまし」などの犯罪を助長しますから、注意が必要です。

 なお、マイナンバー制度に対しては、個人情報の「国家管理」というレッテルを貼り、頭から否定的な反応を示し、制度の趣旨を理解しようとしない人もいます。しかし、現状の縦割り情報管理では、多大なコストが費やされ、脱税や生活保護の不正受給も防ぎきれていません。それを十分認識すべきだと思います。

清水谷 諭

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※この記事は、2015年10月1日に発行されたHeadlineに掲載されたものを、個別に記事として掲載しています。

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