2023年12月01日
内外政治経済
主席研究員 竹内 淳
研究員 木下紗江
このところ、ちまたではAI(人工知能)、中でも生成AIの話でもちきりだ。全世界の人々がグーグルで「AI」を検索した件数は2年前の4倍近くに膨れ上がっている。AIは今後、私たちの社会をどう変えるのか。期待と不安が入り交じり、みんな情報収集に走っているのだろう。とりわけ「AIに仕事を奪われるのでは」と危機感を募らせる人は多い。AIは私たちの雇用にどのような影響を与えうるのか考察する。
AIについて調べるグーグル検索が急増したのは、昨年11月以降のことである。これは、米国のオープンAI社が対話型AIサービス「チャット GPT」を一般公開したタイミングだ。チャットGPTの登場は、いろいろな意味で衝撃的だった。
チャットGPTは学習したデータをもとに文章や画像などのコンテンツを作り出す「生成AI」の一つである。米調査会社のガートナーは、2021年秋に公表した「2022年の戦略的テクノロジー」で生成AIをトップトレンドに掲げ、「2025年までに世界で生み出されるデータの1割が生成AIによるものとなる」と予測した。当時の生成AIデータの割合は1%未満だった。
従来のAIは大量のデータ学習によって「特徴」を識別し、パターンなどから「予測」を行う。これに対し生成AIは「人のように考え、自ら創造する(=生成する)」点に最大の特徴がある。
何か課題に直面した時、人は過去のデータが乏しくても、自らの知識や経験を基に見当をつけて解決策を導き出す。生成AIがこうした作業をまるで人のように行うことに驚きが広がった。
チャットGPTは人が人に頼むような言葉を入力するだけで、さまざまなタスクを実行する。指示の巧拙にもよるが、専門家のものと見分けがつかないほどクオリティーの高い回答を出すこともある。必要なら追加質問もできる。
入力を工夫すれば表形式での出力や文章の要約、テーマに沿った物語づくりなど、さまざまなニーズに対応できる。チャットGPTを含む生成AIが作り出すコンテンツの分野は、文章、画像、動画、3Dモデル、音楽、コードなど、実に幅広い。
高度な機能を目の当たりにすると、「近い将来、AIに自分の仕事が奪われるのではないか」と恐怖に駆られても不思議はない。今年6月12日付の英エコノミスト誌は、「グーグルで『私の仕事は安全ですか?』と検索した人が、ここ数カ月で2倍に増加した」と報じている。
過去の技術革新局面でも、機械による自動化によって定型化された単純作業の担い手は人から機械に移った。
ただし、過去の局面では自動化を肯定的に捉える見方も多かった。リコーは1977年にオフィスオートメーション(OA)を提唱した際、「機械ができることは機械に任せて、人はより創造的な仕事をするべきである」と謳(うた)い、自動化は人の仕事にとっても肯定的なことだと評価していた。
AIの登場はかつての自動化とは趣が違う。「人が行うべき仕事」とは何なのか、改めて問われているのだ。データの分析・予測などは、コンピューターよりも人に比較優位があると考えられてきた。
しかし、AIは人よりはるかに大量のデータを瞬時に処理し、結果から「学習」することもできる。こうした特性を踏まえれば、AIがもたらす雇用へのインパクトは、かつての自動化とは比べ物にならないほど大きい可能性がある。
英オックスフォード大学の研究者、カール・ベネディクト・フレイ氏とマイケル・オズボーン氏は、2013年に発表した論文「雇用の未来」(注1)で、AI時代における自動化の進展の影響で、米国では7割の確率で「今後10~20年間に、労働者の47%が機械に代替される」と予測し、大反響を呼んだ。
「雇用の未来」から10年が経過した。現在の状況を見ると、当時の予測が実現に向かっているとは言い難い。当時より先進国の失業率は半分以下に下がり、雇用者数は増加している。
日米欧の失業率(出所)IMF
日米欧の雇用者数(出所)IMF
米労働統計局は2022年の論文で、「過去10年間で雇用が減少している職業があるのは事実だが、以前からの傾向の延長線に過ぎず、ここにきてAIが雇用喪失を加速させている証拠はない」などと指摘している(注2)。
「雇用の未来」の予測はなぜ外れたのか。一つ考えられるのは、AIが十分に普及していない上に、うまく活用されていないということだ。過去の例でも、画期的な新技術が社会にインパクトを与えるほど普及するには、登場から相当な時間を要している。
例えば、英エコノミスト誌は今年5月13日の記事で、「電話の自動交換機が発明されたのが1892年、実用化されたのが1921年、電話交換手はその間にも20世紀中頃まで増え続け、1980年代まで職業として存在していた」と指摘している。
もちろん、AIは電話交換機と事情が異なるかもしれない。チャットGPTは、公開からわずか2カ月で、アクティブ・ユーザー数が1億人を超えたという。TikTok(ティックトック)の9カ月、インスタグラムの2年半をはるかに上回る普及スピードだ。
他方、「6割の日本企業が生成AIに関心を示しながらも、予算化や事業化を検討しているのはわずか8%に止まっている」といった調査結果もある(注3)。情報セキュリティやプライバシーへの懸念、乱用・悪用のリスク、それらを踏まえた規制の動向次第では、普及が遅れる可能性も否定できない。
「雇用の未来」の予測が外れている背景として、もう一つ指摘できる。この論文は「職業(job)」ごとに機械への代替可能性を検討したが、実際の労働者の「仕事(work)」は多くの「作業(task)」で構成されており、「作業」が部分的に代替されるだけでは「職業」全体が奪われるとは限らないという点である。
ドイツにある欧州経済研究センター(ZEW)のアーンツ氏らは、さまざまな仕事を一つ一つの作業にまで分解し、それらが自動化できるか検証した。その結果、「作業の70%以上が機械に代替される職業は、経済協力開発機構(OECD)諸国21カ国の平均で9%(米国でも9%)にすぎない」との結論を導いている(注4)。
フレイ氏らはAIによる自動化に焦点を絞って雇用の喪失を予測した。ただし、理論的にはAIなどの新技術が雇用を増加させる可能性も考えられる。
その一つが、「生産性効果」と呼ばれるものだ。AIの採用による生産性向上はコストを低下させ、経済を拡大させる効果が期待できる。その結果、需要全体が底上げされ、自動化されていない製品作りやサービス提供に携わる人にも、雇用改善の恩恵が及ぶというわけだ。
危険な作業について、AIやそれを活用したロボットによる代替が進めば、人は仕事を安心・安全に進めることができるようになり、それが生産性をさらに向上させるかもしれない。
ただし、AIの導入によって生産性がどの程度向上するのか、向上する場合でもそれがどのようなタイミングで、どの程度の雇用を生み出すのか、少なくとも現時点では定かでない。製品・サービスの種類によっても異なるだろう。AIがどこまで進化し、どれくらい普及するのかにもよる。
ここまでは、既存の職業の雇用が増えるという話だが、AIの登場は全く新しい職業を生み出している。過去にも新技術は、新たな職業を生み出してきた。例えば、インターネットの登場はウェブデザイナー、デジタルマーケティングなどの職業を生み出した。
AI関連では、対話型の生成AIから優れた答えを引き出すために的確な命令を入力する「プロンプトエンジニア」など、かつて存在しなかった職業が登場している。
米マサチューセッツ工科大学(MIT)のオーター氏らの研究によれば、2018年の職業の約6割は1940年時点にはまだ存在していなかったという(注5)。そうした新しい仕事こそが過去の雇用の伸びをけん引してきたのだ。
心強いことに、最近はAIの雇用創出効果が喪失分を上回るとの予測も多く示されている。ただし、AIの雇用への影響は、雇用者数が増えるかどうかだけではない。仕事の内容がどう変化するのか、それに伴って所得がどう影響を受けるのかといった「雇用の質」への影響がより重要だろう。
10年前に論文「雇用の未来」が発表された当時、フレイ氏らはAIによる雇用代替が最も進むのは、「平均的」なスキルの労働者だろうと想像していた。高スキルの労働者は、AIの活用による恩恵の方が大きいと思われていたのだ。
そして多くの先進国では、AIの影響かどうかは不明だが、過去20~30年間に低スキルと高スキルの雇用が増えた一方で、中スキルの雇用は減少した。しかし、生成AIの登場によってこうした傾向が頭打ちとなる、さらには反転する可能性も指摘されている。
肉体労働などの低スキルの仕事は、ロボット技術やAIが完全に代替するのは非常に困難、とされている。1980年代のAI研究者であるモラベックが提起した「モラベックのパラドクス」である。
モラベックはロボットやAIにとって、「歩行」など人の直観的な作業や身体的動作の方が、抽象的な推論や思考能力といった高度な知的作業よりも難しいと唱えた。理由として、人の進化の過程では身体的動作の方が、後者の知的作業よりも長い時間をかけて発達してきたことを挙げている。生成AIの発展によって、肉体労働などの雇用がすべて奪われる可能性は低いことになる。
さらに最近の実証研究では、生成AIが低~中スキルの労働者に福音をもたらす可能性さえ見えてきた。例えば、米スタンフォード大学のブリニョルフソン氏らは、顧客対応に生成AIツールを利用することで、時間当たりの課題解決率が14%向上したと報告している(注6)。
MITのノイ氏らは、専門的記事を書くライターがチャットGPTを利用すると文章作成に要する時間を4割ほど削減でき、質は14%向上したことを確認したという(注7)。
注目されるのは、いずれの研究でも生成AIによる生産性の改善効果が大きかったのが、もともとスキルの低い労働者だったことだ。対照的に、自ら高スキルを持つ労働者に与える恩恵は小さかった。
⾼スキルの労働者には直接的な影響があまりなかったが、低〜中スキルの労働者は⽣成AIの活⽤を通じて創造的な仕事に求められる高いスキルを実質的に身に着けるようになる。いわば「スキルの⺠主化」が起こりうる、ということだ。
10年前には、創造性が要求される仕事はAIに代替されるリスクが低いと考えられていた。ところが、高スキルの仕事までもが生成AIの活用により強烈な競争圧力にさらせる可能性が出てきたのだ。
ハリウッドの脚本家たちは自分の仕事が奪われることを危惧し、AIの規制や報酬の見直しを訴えて43年ぶりのストライキを約半年にわたり実施した。産業革命まっただ中の1810年代、職を失うことを恐れた織物工が工場や機械を破壊した「ラッダイト運動」を彷彿(ほうふつ)とさせる出来事である。
ここまで述べてきたのは、いずれも可能性の話である。本稿では、技術面の可能性─例えば、人工汎用(はんよう)知能(AGI)がすべての面で人を上回る「技術的特異点(シンギュラリティー)」に到達するのか、AIは自我や意識を持つようになるか、はたまた電気羊の夢を見るのか(注8)─には深入りしなかった。技術がさらにどう進化していくのか、不確実性は極めて高い。
それでもAIが驚くほどの進歩を遂げ、人の仕事にさまざまな影響を及ぼしているのは事実である。自分の雇用がどうなるか、心配になるのはよく理解できる。
最も重要なのは、われわれ人間が「AIを活用して何を成し遂げるか」ということではないか。人類は地球温暖化、環境汚染、疫病、貧困、政治不信、戦争...と限りなく多くの問題を抱えている。
AIはその解決に役立つ可能性を秘めている。その可能性を追求していく中で、自(おの)ずと新たな仕事が生まれてくるだろう。志のともしびを高く掲げ、不確実性の霧を切り開いて進むことが、人類に求められている。
生成AIを怖がっている場合ではない。
生成AIで作成したイメージ(出所)Adobe.stock.com
(注1)Frey, C. B., & Osborne, M. A., "The future of employment: how susceptible are jobs to computerization?", 2013.
(注2)U.S. Bureau of Labor Statistics, "Growth trends for selected occupations considered at risk from automation", Monthly Labor Review, July 2022.
(注3)Arntz, M., Gregory T., & Zierahn U., "The Risk of Automation for Jobs in OECD Countries", OECD Social, Employment and Migration Working Papers No. 189, 2016. なお、こうした指摘への反論としてF&Oは、「AIが代替できない作業を含む仕事についても、仕事の進め方を変えるなどして自動化 は進んできた」と述べている(Frey, C. B., & Osborne, M. A., "Generative AI and the Future of Work: A Reappraisal", Working Paper No. 2023, forthcoming in Brown Journal of World Affairs, October 2023)。
(注4)PwC, 「生成AIに関する実態調査2023─加速する生成AIブームとビジネスシーンの実情:ユースケース創出が急務」, 2023年5月
(注5)Autor, D., Chin, C., Salomons, A., & Seegmiller, B., "New Frontiers: The Origins and Content of New Work, 1940-2018", 2022.
(注6)Brynjolfsson, E., Li, D., & Raymond, L.R., "Generative AI at work", NBER Working Paper 31161, 2023.
(注7)Noy, S., & Zhang, W., "Experimental evidence on the productivity effects of generative artificial intelligence", SSRN, 2023.(ただし査読前の論文 )
(注8)「アンドロイドは電気羊の夢を見るのか」は、フィリップ・K・ディックのSF小説で、映画「ブレードランナー」の原作。
研究員 木下紗江