2024年01月17日
内外政治経済
研究員
中澤 聡
米国の次期大統領選挙が今年11月5日に行われる。ここにきて、再選を目指す民主党のジョー・バイデン大統領の足元を大きく揺さぶっているのが、民主党の支持基盤である黒人やヒスパニック系など非白人の少数派(マイノリティー)に広がる民主党離れだ。2016年に「トランプ勝利」の衝撃が走った要因の一つは、白人低所得者向け政策が自身にも恩恵が及ぶとマイノリティーの一部が気づき、共和党に投票したためとされる。大統領選の勝敗を左右しかねないマイノリティー票の行方を占った。
2022年中間選挙の結果はバイデン政権に衝撃を与えた。懸念された「大敗」は免れたものの、それまで岩盤支持層だと信じていたマイノリティー票が共和党に流れたからだ。
中間選挙結果(上院、下院議席)(出所)AP通信
AP通信の調査によると、共和党の下院候補が獲得した票のうち、黒人票の比率は14%となり、2018年、20年の8%を大きく上回った。18~44歳の黒人票の比率を比較すると、20年には民主党が共和党を76ポイントも上回っていたのに、22年はその差が54ポイントにまで縮小した。
スペイン語を話すラテン系・ヒスパニックの票の比率も、共和党の下院候補は2020年より7ポイント高い39%に伸びた。バイデン政権の誕生後、黒人やヒスパニックの支持が、従来の民主党から共和党に流れているのは明らかだ。
マイノリティー票の民主党離れにもかかわらず、共和党はなぜ中間選挙で大勝を逃したのか。原因として指摘されるのが、過激な主張を繰り返す保守強硬派の候補に対し、多くの無党派層が警戒感を抱いたことである。民主党には「マイノリティー離れ」、共和党には「無党派層離れ」という逆風がそれぞれ吹き、痛み分けになったと言えるだろう。
2016年米大統領選は大方の予想を覆して共和党トランプ候補が勝利した。メキシコ国境の「壁」建設、イスラム教徒の入国禁止など過激発言もあったが、米国の現状に対する不満から、民主党政権への批判票がトランプ候補に集まった結果である。
経済・雇用問題を重要視するヒスパニックや黒人の一部が、トランプ候補の白人低所得層向けの経済政策について自身の恩恵につながると理解し、トランプ支持に回ったことも勝因として挙げられる。
前回2020年11月の大統領選は、共和党のドナルド・トランプ大統領に、民主党のジョー・バイデン前副大統領が挑んだ。米国第一主義をはじめとした「トランプ流」は是か非か。国民の関心は極めて強く、投票率は66.7%と歴史的な高水準となった。12年は58.6%、16年は60.1%だったことを見れば、いかに注目度の高い大統領選だったのかがわかる。
選挙はかつてない激戦となった。全体の得票率がトランプ氏47%、バイデン氏51%という歴史的な僅差の勝負となった。ただ、各州に人口比で割り当てられた選挙人の獲得数を見ると、トランプ氏232人、バイデン氏が306人と、こちらはかなりの差がついてバイデン氏が制した。米大統領選では、勝った州の選挙人を「総取り」できるため、選挙人の多い州で勝つことが重要なのだ。
トランプ氏は激戦州のフロリダやテキサスを制した。一方でバイデン氏は、民主党がアラブ系地域社会に積極的に働きかけたミシガン州、ラテン系住民や移民の支援団体がバイデン氏への支援を表明したペンシルベニア州など、マイノリティーの力を得た州で次々に勝利し、着実に選挙人を獲得した。
人種別の投票動向を見ると、支持層の違いは明確だ。白人は、バイデン41%、トランプ58%と、トランプ支持が多い。黒人は反対に、バイデン87%、トランプ12%だ。ヒスパニックもバイデン65%、トランプ32%、アジア系はバイデン61%、トランプ34%、その他の人種はバイデン55%、トランプ41%である。
2016年の大統領選で黒人やヒスパニック票の一部がトランプ氏に流れたが、少なくとも前回20年の大統領選までは、米国社会の多数派は白人で、それ以外のマイノリティーはバイデン支持、つまり民主党支持が多数派だったことがわかる。
有権者の投票動向(出所)CNN
人種別の投票動向は、州ごとの選挙結果ともリンクしている。トランプ大統領が勝利した州は、白人の多い中西部から中央部、南部に集中している。一方、都市部では黒人やヒスパニックの比率が高く、東部や西部の州でバイデン氏の勝利を後押しした。
ではなぜ、黒人やヒスパニックの人たちはバイデン氏を支持したのか。その根底には、黒人やヒスパニックの人々が味わった苦難の歴史がある。
米国民の歴史は、多様性の歴史でもある。これまでに受け入れた移民の数は世界のどの国よりも多い。こうした米国への移民で唯一、「自らの意志に反して」移住させられたのが黒人奴隷だ。1619年から、奴隷輸入が法律で禁止される1808年まで、アフリカから50万人の黒人が強制的に奴隷として連れてこられた。
米国の黒人の歴史で重要な転機となったのが南北戦争だ。1861~65年に起きた米国の内戦の原因は、奴隷制度の継続や自由貿易を主張する南部と、国内市場の統一と保護貿易を主張する北部との対立である。奴隷制の不拡大を掲げるリンカーンが60年の大統領選に勝利して対立が激化し、ついに戦争の火ぶたが切られた。
1863年1月1日、リンカーン大統領は奴隷解放宣言を行い、全米で奴隷制が廃止された。政治的な意義は大きかったが、黒人の人権状況は依然として厳しかった。65年に南北戦争が終結するまで、約18万6000人の黒人が、合衆国の兵士として従軍を余儀なくされた。黒人は奴隷という非人間的な境遇を脱したものの、その後も差別を受け、米社会の非主流派として長い苦難の歴史を歩む。
奴隷解放宣言(イメージ)
奴隷制の廃止を受け、1870年に憲法修正第15条は「人種、肌の色、または前に奴隷状態にあったことを理由に合衆国市民の投票権を奪い、制限してはならない」と規定した。法的には黒人にも平等な投票権が保障されたわけだ。
また、1875年に公共の場での黒人差別を禁止する「公民権法」が成立した。この法律はいかなる人種や肌の色の市民に対しても、公共施設、公共の娯楽施設、および公共の輸送施設において平等な扱いを受けることを保障した。
このため公職に就く黒人の数は一時的に増えたが、再び厳しい差別が行われるようになった。1883年、最高裁は公民権法に違憲判決を下し、90年にミシッシッピー州は黒人の選挙権剝奪を決定した。96年に最高裁は「黒人を分離しても平等である(separate but equal)」として、黒人の隔離政策を合法化する「プレッシー対ファーガソン判決」を下した。
米国歴史の汚点である激しい黒人差別は20世紀に入っても続いた。1950年以降、黒人の選挙権など平等な権利を求める公民権運動が活発化したものの、これを抑圧する警察の暴力で負傷者が出て、反発する黒人らが南部で暴動を起こすなど、騒ぎが拡大した。
1960年代になり、ようやく黒人の権利を尊重する動きが本格化した。マーチン・ルーサー・キング牧師などに率いられた公民権運動を経て、民主党のリンドン・ジョンソン大統領の下で新たな「公民権法」(64年)と、「投票権法」(65年)が成立した。
この公民権法は、黒人の公民権を幅広く認めた。法律で保障したのは、①黒人選挙権②人種などを理由に公共施設で差別されず、すべての人が財、サービスを享受する権利③公教育における人種差別の排除④平等雇用機会委員会の設置と平等な人権―である。
もともと、社会的弱者の救済や、人道主義を尊重してきた民主党政権が、黒人の権利を保障した公民権法を成立させたことから、民主党は黒人を含むマイノリティー層の強い支持を受けるようになった。2008年には民主党のバラク・オバマ氏が大統領選で当選し、初の黒人大統領として2期8年の任期を務めた。
こうした歴史的な経緯に基づけば、米国において本当の意味で民主主義が確立されたのは1965年だったと言えよう。建国から約250年の民主主義国家・米国の「本当の民主主義の歴史」は60年にも満たないのである。
現在の黒人は、米国の総人口の12.7%を占める。ここ20~30年間に黒人の地位は高まり、中流階級が大幅に増加した。1996年には、黒人の就労人口の44%は、サービス業や肉体労働の仕事ではなく、管理職、専門職、経営者などいわゆるホワイトカラー職に就いていた。現在の黒人労働参加率は60%を超え、白人とも変わらない水準となっている。
労働参加率(出所)米労働統計局
とはいえ、依然として格差はある。2022年の平均収入は、白人の7万9933ドルに対し黒人は5万1374ドルと、白人の65%程度にとどまる。失業率も23年6月の雇用統計によれば、黒人は6%、白人は3%だ。黒人の雇用環境は厳しい。
差別感情を背景とした黒人への暴力も収まらない。米テネシー州メンフィスで23年1月上旬、交通違反の取り締まり中に逮捕された黒人男性が複数の警官に殴られて死亡し、全米各地の都市で抗議デモが相次いだ。差別を受け、麻薬と犯罪のはびこる都市で貧困から抜け出せない黒人も多い。
米国の街を歩いてスペイン語を耳にすることは珍しくなくなった。スペイン語系住民(ヒスパニックまたはラティーノ)が増え続けているからだ。
米国のスペイン語圏の出身者は、1950年には400万人に満たなかった。ところが、2000年に発表された米国の国勢調査によると、ヒスパニックの人口は全米の12.5%、3531万人に達した。黒人の12.3%を抜き、米国最大のマイノリティー集団となったのだ。
その後も増え続け、2010年には5048万人、全人口の16.3%を占めた。この10年間でヒスパニック人口は60%も増えた計算である。この傾向が続けば、50年には全人口の30%に達するという推計もある。
ヒスパニックはメキシコ系(3719万人)が最も多く、全体の60%を占める。これにプエルトリコ系(585万人)、キューバ系(238万人)が続く。彼らは米国に併合された後もその土地に残ったスペイン系住民の子孫や、20世紀以降に労働力として移民したメキシコや中米の人々が中心だ。ヒスパニックは慢性的に労働力が不足している米経済の成長を支える働き手としてだけでなく、政治的にも重要な存在となっている。
多様な人々(イメージ)
ヒスパニックは移民政策に寛容な民主党を支持する人が多いとされてきた。ところが、2020年の大統領選挙の結果をより詳しく見ると、変調の兆しもうかがえる。ネバダ州ではバイデン大統領が勝利したものの、その差は2%という僅差だった。トランプ氏は、その前の大統領選より10ポイントもヒスパニックの得票率を伸ばしたのだ。
ピュー・リサーチ・センターが中間選挙前の2022年8月に行った調査によると、有権者登録しているヒスパニックで、投票先が民主党と答えた人は53%だったのに対し、共和党は28%にとどまった。民主党政権の支援に期待する低所得者層が多いのだろう。
しかし中間選挙では、バイデン政権への不満などから共和党へ支持を変える人が相次いだ。共和党支持の理由は、バイデン政権がインフレに有効な手を打たず生活が苦しくなったと感じている人や、治安がさらに悪化したと考える人が多いためとみられる。
民主党にとっても、共和党にとっても、米社会で存在感を増すヒスパニックの支持をいかに拡大するかが、次期大統領選の勝利に向けた重要な課題となろう。
黒人やヒスパニックは歴史的、伝統的に民主党を支持してきたが、民主党の側は「マイノリティーの味方」という立ち位置を変えつつある。人道主義や国際協調などを掲げる一方、実態としてはリベラルな思想を持つお金持ちを支持基盤とする政党という色彩を強めている。
例えば、2020年の選挙期間を通じて、候補者に対する商業銀行などからの選挙資金献金額はそれぞれ、共和党1400万ドル、民主党1360万ドルとほぼ拮抗(きっこう)している。4年前の銀行業界の献金額は共和党の候補者が1890万ドルと、民主党候補者の2倍近くに達していたのとは様変わりだ。
民主党は巨額の献金をしてくれる金融業界や富裕層の利益に配慮せざるを得ない立場にある。もはや、貧しい人の多いマイノリティーに優しい政党とは言えないのではないか。こうした見方が、マイノリティーの民主党離れを招いている面は否めない。
移民政策を巡るバイデン政権の迷走も、ヒスパニックの人々を失望させた。前トランプ政権は、メキシコとの国境に「壁」を建設し、不法移民を徹底して排除しようとした。バイデン政権は当初、移民排斥の方針を転換したが、急増する移民への対応に手を焼き、「壁」の建設を再開する方針を表明した。移民に寛容な政策を期待していたヒスパニックの人々の間で、バイデン政権に「裏切られた」と憤る声が出るのも無理はない。
これに対して、トランプ氏の白人低所者を意識したアメリカファーストの政策は、国内の経済や雇用を重視することから、貧困層の多い黒人やヒスパニックに恩恵をもたらす面がある。
バイデン政権によるウクライナ軍事支援が長引く中で、「米国民優先」を掲げる共和党やトランプ陣営の政治姿勢に共感を覚える黒人やヒスパニックの人々は着実に増えている。次期米大統領選の帰趨(きすう)を占う上で、貧困者向け経済政策に関心を持つ、黒人やヒスパニックの動向から目が離せない。
中澤 聡