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ESGの取り組み、中長期的な企業価値向上に

キーリー・九州大准教授インタビュー

2024年03月12日

内外政治経済

主任研究員 仙波 尭
研究員 河内 康高

 企業がESG(環境・社会・ガバナンス)活動に積極的に取り組むことは、企業価値向上につながるかどうか―。長年にわたる学術界の命題に対して、ESG研究の専門家で九州大学のキーリー・アレクサンダー・竜太准教授が世界中の関連論文(1200編)を検証、その関係性を明らかにして注目を集めている。ESGへの社会的な関心の高まりに伴い、企業の取り組みの重要性は年々増している。キーリー准教授に研究の詳細やこれからのESG情報開示のあり方などについて聞いた。

1.jpgキーリー・アレクサンダー・竜太准教授【本人提供】

―ESGの論文研究にご関心をもたれた経緯は

 企業がESG活動に積極的に関与することは、中長期的な観点から、ビジネスの持続可能性を高めることにつながり、理論上は企業価値にポジティブに働くと考えられます。しかしながら、ESGの取り組みがどれだけ企業価値向上に結びつくかの相関関係は、以前から議論はされていたものの、学術的には結論が得られていませんでした。そうした、はっきりしない状況から脱して、ESG活動に懐疑的であった企業も疑念なく取り組める環境を作りたいと思ったのが研究のきっかけです。

―相関関係を明らかにするために、どのような分析をされたのでしょうか

 まずは、世界各国の学術論文のデータベースを用いて、ファイナンス分野トップランクのジャーナルに掲載されたESG関連の論文約1200編を選びました。次にその論文の中で、ESG指標を用いて企業価値を評価している80編の論文を抽出しました。さらに、80編の論文すべてにおいて、各企業のESGファクターが企業価値にどのように影響を及ぼすのかを、一つずつ分析モデルの頑健性含めて手作業で検証し、傾向を探るというアプローチを採りました。非常に手数を要する作業でしたが、論文一つずつに、評価の仕方が異なるので、慎重にかつ丁寧に実施しました。

―どのような傾向が読み取れたのでしょうか

 ESGの取り組みが、企業価値にポジティブに働く傾向をはっきりと確認することができました。特に中長期的には、圧倒的な割合の論文がポジティブな結果を示していました。具体的には、企業価値を表す指標として、「トービンのQ」(注)に着目すると、80編の論文のうち58編(約70%)の論文が、ESGの取り組みは企業価値にポジティブであることを示していました。

(注)トービンのQ 「(時価総額+有利子負債)÷総資産」で算出され、1を上回る企業は、将来的な利益を生み出す力が大きいと株式市場から評価されている。

―国内企業の取り組み状況はいかがでしょうか

 日本企業はESGの要素の中では、環境分野、特にCO2排出量の「E」に偏る傾向があります。これは政策やマスコミの影響が大きいです。投資はボーダーレスで、グローバルで行われている現状をみると、世界水準で見劣りしないように、社会面の「S」やガバナンスの「G」についても、取り組みを強化する必要があるでしょう。

―このほか、日本企業に不足していることはありますか

 グローバルでみたとき、日本企業はESGの取り組みに関する「定量化」と「開示」が不十分です。これは、定量化すると数値にコミットする必要があることや、同業企業間の横並び意識から、避けられてきたことが影響していると推察しています。加えて、大企業であればあるほど社内の連携が難しく、データ統合・取得が困難という側面もあるといえます。また、企業価値向上という観点からも、情報の「開示」が十分ではありません。投資家は規則で定められた報告だけではなく、企業独自の製品やサービスに関するESGの取り組みも知りたいのです。残念ながら、そのような独自性のある情報の開示ができている企業はまだそう多くはありません。

―独自性のある情報開示はハードルが高く思えます

 独自性のある情報といわれると、企業は見構えてしまうかもしれません。しかしながら、投資家が欲しいと思っている情報は、そこまで難しく考える必要はありません。最近では、AI(人工知能)の技術も発展しており、企業が保有する製品やサービスの原価情報や物量などのデータから、サプライチェーン全体にさかのぼって、ESG項目を計測することができます。

―具体的に、どのような開示が可能となるのでしょうか

 AIの技術を使えば、環境汚染物質の排出量や、製品を作るのにかかった労働時間のうち人権侵害のリスクが高い時間など、いままで定量化することが難しかったさまざまなESG指標を簡単に算出することができます。また、リスクの高い国をホットスポットとして可視化して特定することが可能です。このような各企業のリスク分析を踏まえた製品・サプライチェーン戦略こそ、独自性のある情報開示として、投資家に響くと考えます。

2.jpgサプライチェーン上のESGリスクを地域別ホットスポットで可視化(イメージ図)
(出所)九州大発のITベンチャー企業「aiESG」資料を一部修正

―ESGで企業は今後、何が求められるのでしょうか

 現在、欧州を中心に、製品の製造過程やサプライチェーンに関する情報開示が急速に進んでいます。今後は、人権問題や環境問題などに配慮していない企業の製品は購入されなくなることも十分考えられます。そのようになってしまってからでは遅いので、企業は早めの対策を講じていくことが重要だと考えます。

◇キーリー・アレクサンダー・竜太氏略歴
 キーリー・アレクサンダー・竜太氏 九州大学工学研究院 環境社会部門 都市・交通工学研究室/都市研究センター 准教授
 2013年九州大学21世紀プログラム卒業。16年国際エネルギ-機関(IEA)特任研究員、17年国連開発計画(UNDP)特任研究員、18年京都大学大学院総合生存学館・総合生存学専攻博士一貫課程修了。同年九州大学工学研究院特任助教および世界銀行東京防災ハブ・コンサルタントを兼任。20年同研究院助教、23年から現職。また、九州大学発スタートアップである株式会社aiESGの取締役/CROも務める。

研究員 河内 康高

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