2024年07月05日
内外政治経済
研究員
中澤 聡
米大統領選が11月5日に実施される。候補者は、民主党が現職のバイデン大統領、共和党は返り咲きを狙うトランプ前大統領に事実上決まった。大接戦となった2020年と同じ顔合わせで、今回も大激戦が予想される。結果によっては米国にとどまらず世界情勢を大きく揺さぶることになろう。注目の米大統領選を、さまざまな角度から展望した。
まず、大統領選の主要日程を確認しよう。民主、共和両党の全国党大会で、2大政党の候補者が正式に指名される。共和党が7月15~18日、民主党は8月19~22日の予定だ。
11月5日に有権者の一般投票が行われて勝者が決まる。この勝敗が正式に確定するのは12月17日に実施される選挙人の投票だ。2025年1月20日にはワシントンで、新大統領の就任式が行われる運びとなっている。
上記の日程はあくまで円滑に進んだ場合だ。前回2020年の大統領選では、トランプ支持者の一部が開票に不正があるなどとして敗北を認めず、過激化した支持者が米議会議事堂に乱入・占拠する騒ぎが起きた。今回も接戦になれば、想定外の混乱に発展する恐れもある。
バイデン大統領(左)、トランプ氏(出所)X(旧Twitter)
米大統領選は、一般投票の最多得票者が勝利するのか? 答えは「ノー」である。勝敗を決めるのは得票数ではなく獲得した選挙人数だ。全米50州と1特別区(ワシントンDC)に割り当てられた538人の選挙人のうち過半数(270人以上)を獲得した候補者が勝利する。各州で最多得票となった候補がその州の全ての選挙人票を獲得する「勝者総取り方式」のため、全国の総得票数が最多の候補が勝利するとは限らない。できるだけ多くの州で勝ち、特に選挙人の多い州を制することが勝利につながる。
実際に、トランプ氏が初当選した2016年選挙の得票率は、民主党のヒラリー・クリントン氏が48.2%、トランプ氏46.1%。僅差でクリントン氏が上回った。ところが、獲得選挙人はトランプ氏306人、クリントン氏232人と逆の結果となり、トランプ氏が勝利した。
両党のシンボルカラーから、民主党が強い州は「青い州」、共和党支持者の多い州は「赤い州」と呼ばれる。
直近2回の大統領選で得票率に大差がついた州を色分けすると、青と赤がそれぞれ20州前後、選挙人数で200人前後とほぼ拮抗(きっこう)している。つまり、残りの「激戦州」で僅差の戦いに勝ち抜くことが、大統領選の勝利に欠かせない。
特に勝利政党が入れ替わりやすい激戦州は、「スイングステート」と呼ばれる。今回の大統領選では、アリゾナ、ジョージア、ミシガン、ネバダ、ノースカロライナ、ペンシルベニア、ウィスコンシンなどの各州が、スイングステートとして注目されている。候補者による選挙活動は激戦州を中心に展開される。バイデン、トランプ両氏がどの州で頻繁に集会を開いているのか着目すれば、大統領選の主戦場がどこなのかうかがい知れるだろう。
青い州と赤い州(イメージ)
第2次世界大戦後、大統領任期が2期8年に制限されて以降、再選を目指した現職大統領は11人を数え、うち7人が勝利した。勝率は63.6%で現職の方がやや優位と言える。理由とされるのが現職の圧倒的な知名度だ。選挙期間中も大統領としての露出が多い。
ただし今回の場合、トランプ氏は元大統領というだけでなく、派手なキャラクターと言動で知名度、露出度ともに抜群だ。過去のケースを単純に当てはめて「現職有利」とは判断しにくい。
現職大統領の支持率が50%を大きく下回ると再選が難しくなるとされる。2000年以降に米ギャラップ社が選挙直前(10月)に行った支持率調査を見ると、04年の共和党・ブッシュ氏(子)が49%で再選、12年の民主党・オバマ氏も49%で再選、20年の共和党・トランプ氏は44%で落選した。
今回はどうか。バイデン大統領の支持率は、今年の初め頃はトランプ氏に大きく水をあけられていたが、ここにきて盛り返してきた。
米リアル・クリア・ポリティックスの集計によると、1月末にはトランプ氏が4ポイントリードしていたが、4月は0.3ポイント差にまで縮まった。6月30日時点の調査ではバイデン氏44.6%、トランプ氏47.0%で競り合っている。
2024年の支持率(出所)米リアル・クリア・ポリティックス
経済状況の影響も大きい。有名なのが「悲惨指数」である。正式な経済指標ではなく、失業率とインフレ率を単純に足した数字で、10%超えるなど大きく上昇すると現職大統領の再選が危うくなるとされる。
2020年に新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)による高失業率で悲惨指数が急上昇して15%を超え、これがトランプ再選の逆風になった。現在は7%台で落ち着いているが、先行きは予断を許さない。
悲惨指数(出所)米労働省労働統計局
民主、共和の両陣営ともに支持層を固め切れていない。これが、大統領選の行方を一段と不透明にしている。
バイデン大統領は、トランプ前政権の米国第一主義(アメリカ・ファースト)を否定した。国際協調や同盟国との友好を重視する方針に転換し、共和党内の「反トランプ勢力」の取り込みを狙っている。共和党の候補者選びでトランプ氏と最後まで戦ったニッキー・ヘイリー元国連大使の支持者は反トランプ感情が強く、彼らにアピールする動画広告も制作した。
ただ、「反トランプ」一辺倒では済まない事態も起きている。例えば移民政策である。米国では移民の流入数は、2017年にトランプ政権の発足を受けて減少が加速し、20年のコロナ禍を経て70万人まで減少した。ところがその後は増加に転じ、22年は約100万人に急増した。
メキシコ国境から記録的なペースで不法移民が流入したことから、バイデン大統領は2023年10月、一度は中止を命じた「国境の壁」の建設再開を認めた。就任当初はトランプ氏の移民排斥政策を強く非難していただけに、移民に寛容な政治姿勢に共感していた黒人やヒスパニック系の支持者に失望感が広がっている。
米国の移民流入数(注)合法的に永住資格を取得した移民数。各年の人数は「前年10月~当年9月」ベース(出所)米国土安全保障省
バイデン政権が、高学歴・エリート向けの政策を優先しているとの批判も根強い。コロナ禍からの経済回復は進んだが、ガソリンなど一般国民の必需品の高騰に歯止めがかからない。株価上昇で多額の資産を持つ富裕層ばかりが潤い、経済格差が一段と広がっているとの不満もくすぶっている。こうした反発は若者のほか、黒人やヒスパニック、アジア系などマイノリティー(少数派)を中心に強まっている。トランプ氏の国内重視や低所得者向けの政策の方が、社会的弱者に恩恵をもたらすと考える人が増えているようだ。
共和党の現在の強固な支持基盤は、中西部の白人労働者層である。彼らの多くは自分たちを、貿易のグローバル化で米国製品の国際競争力が低下した被害者だと考えている。トランプ氏は工場閉鎖で失われた雇用を海外から取り戻すと主張し、強力な支持を得た。
近年は特に、低学歴の白人労働者の共和党支持率が大きく高まっている。彼らは組合を嫌悪する傾向が強く、大多数は非組合員だ。組合に属するのは主に組織化された大企業の労働者たちで、組合幹部ばかりが良い生活をしているなどと批判を強めている。
トランプ氏はさまざまな刑事訴追を受けているが、強固な岩盤支持層は揺らいでいない。ただし、共和党内にも反トランプ派はいる。共和党の候補者指名争いで、ヘイリー元国連大使はバーモント州で勝利。敗北した州でも3割以上の得票を得た。
穏健派の中には、今のところトランプ氏を支持しているものの、内心では過激な言動やスキャンダルの数々を苦々しく思っている「隠れ反トランプ」も少なくないようだ。大統領選の本番までに共和党内でトランプ批判が高まり、求心力が低下する事態もあり得る。
注目されるのが、トランプ氏の抱える四つの刑事裁判の行方である。中でも、スキャンダルの口止め料支払いを巡り業務記録に虚偽記載したとされる事件で、ニューヨーク地裁の陪審員は5月30日、全員一致で有罪の評決を下した。量刑によっては、トランプ氏が収監されることもありうる。米国の法律では、収監され、さらに有罪が確定しても大統領選に出馬できる。バイデン大統領は、「トランプ氏を大統領執務室から遠ざける方法は投票しかない」と、自らへの投票を呼び掛けた。
一方、トランプ氏は有罪評決をバイデン政権による「政治的迫害」だと主張し、逆手に取って結束を強めることを狙う。だが、トランプ派の消極的支持者や無党派層に「トランプ離れ」が広がるとの見方もあり、有罪評決が選挙結果にどのような影響を与えるのか不透明だ。
民主、共和両党ともに支持層が一枚岩ではない中、台風の目になりそうなのが「第3の候補」である。特に注目されるのが、名門ケネディ家のロバート・ケネディ・ジュニア氏だ。上院議員を務めたロバート・ケネディ元司法長官の息子で、ジョン・F・ケネディ元大統領の甥にあたる。ケネディ家はもともと民主党支持だが、あえて無所属で出馬表明した。
ケネディ氏は、民主、共和両党の対立が米国を分断させており、自らが大統領になることで分断を修復したいと訴えている。選挙で民主、共和の双方から票を奪う考えも示した。出馬の資格を得るために各州で必要な数十万人分の署名集めを精力的に進めている。
支持率の低さから考えるとケネディ氏が当選する可能性はほぼないが、バイデン、トランプ氏の接戦州では、民主、共和のどちらの票がケネディ氏に多く流れるかによって、選挙結果の行方を大きく左右するだろう。
国際情勢の影響も見逃せない。ロシアのウクライナ侵攻から2年以上が経過し、米国内で「軍事支援疲れ」のムードが広がっている。バイデン政権はロシアの侵攻を阻止できなければ、北大西洋条約機構(NATO)の加盟国に脅威が迫るとして、ウクライナ支援を継続する方針だ。しかし、軍事支援の予算に共和党が反対し、計画通りに武器・弾薬を供給できなくなる事態が起きている。
トランプ氏は、大統領に返り咲けばロシアの侵攻を直ちに終わらせられると豪語する。ウクライナに対し、南部クリミア半島や東部ドンバス地方の一部をロシアに割譲するよう圧力をかけ、終戦に持ち込む考えを示したとされる。だが、ウクライナを一方的に侵略したロシアを利する決着は、国際ルールの精神に反する。侵略の成功が既成事実化すれば、中国が台湾進攻の野心を強めるリスクが高まりかねない。米国民がどのような判断を下すか、国際社会は固唾(かたず)をのんで見守っている。
ウクライナ問題と並ぶ懸念材料が、イスラエル軍が戦闘を続けるパレスチナ自治区ガザの情勢だ。米政府は一貫して「イスラエルには自衛の権利がある」(バイデン大統領)などと、イスラエルを擁護する立場をとる。米国の親イスラエル政策の歴史は長い。イスラエルが1948年5月14日に建国を宣言すると、当時のトルーマン米大統領は宣言のわずか11分後に国家として承認し、イスラエルと米国の「特別な関係」が始まった。
ナチスのホロコースト(大虐殺)で受難したユダヤ人への同情だけでなく、豊富な資金や人材を持つユダヤ系住民の強い政治力、経済力が背景にある。米国内のユダヤ系住民は人口の2.4%にすぎないが、金融・IT業界を中心にユダヤ系の大企業は多い。政財界に多くの人材を輩出し、バイデン政権のブリンケン国務長官、イエレン財務長官らもユダヤ系だ。
ユダヤ系は元々、マイノリティーの党を旗印にしてきた民主党に近いとされてきた。しかし、共和党の強固な支持基盤であるキリスト教福音派なども宗教的な理由からイスラエル擁護の立場を取る。このため、民主、共和両党とも、基本的にイスラエル擁護の姿勢を崩していない。
そうした中、ガザ地区で子供など一般市民の犠牲が増えるとともに、若者を中心にイスラエル非難の声が強まっている。主要な大学ではイスラエルに停戦を求めるデモが頻発。民主、共和両党はイスラエル問題を巡り、伝統的な支持基盤の確保と若者票獲得の板挟みになっている。
中国との関係も複雑だ。トランプ氏は大統領に返り咲けば、中国からの輸入品全てに60%程度の関税をかけるとしている。通商関係は大打撃を受けるだろう。バイデン大統領も、電気自動車(EV)や半導体など中国製品に対する制裁関税の大幅な強化策を発表した。とはいえ、米国最大の貿易相手国である中国との経済的なデカップリング(切り離し)は、米国経済に甚大な打撃を与えかねない。選挙に勝利すれば、両氏とも極端な保護主義を修正せざるを得ないかもしれない。
大統領選の行方を左右する「変数」はあまりに多く、状況は日々動いている。現時点で勝敗を予想するのは困難だ。仮に「もしトラ」が現実となれば、世界情勢に及ぼすインパクトは大きい。情報を多角的かつ入念に収集・分析しつつ、「ポスト大統領選」の世界情勢を想定し、的確に備えることが重要だ。
中澤 聡