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「ハリスvsトランプ」の展望

 米大統領選 バイデン撤退の影響は

2024年08月27日

内外政治経済

研究員
中澤 聡

 米大統領選は、現職のバイデン大統領が再選を断念し、選挙戦は民主党のハリス副大統領と共和党のトランプ氏が激突する構図となった。トランプ氏の優勢が伝えられる中で民主党の候補者が交代したことは、大統領選の行方にどのような影響を与えるのか。「ハリスvsトランプ」の行方を占った。

20240822_01.jpg左ハリス、右トランプ(出所)X(旧Twitter)

56年ぶりの現職不出馬

 バイデン大統領は7月21日、選挙戦からの撤退を表明した。理由について「私が選挙戦から退き、残りの任期は大統領としての職務を全うすることに専念することが、党にとっても国にとっても最善の利益になると考える」と説明。民主党の勝利によって国益を守ることを優先させる考えを示した。再選を目指す大統領が出馬辞退するのは1968年のジョンソン大統領以来、約56年ぶりのことだ。

 撤退への大きな転機となったのは、6月27日に行われた大統領候補者の第1回テレビ討論会だ。バイデン氏は序盤から声がかすれ、数秒間にわたって言葉に詰まるなど精彩を欠いた。高齢や健康状態に対する懸念が一気に強まり、バイデン氏の陣営は外遊や一時的な体調不良が失敗の原因だと釈明したものの、後の祭りだった。

トランプ氏銃撃事件も影響

 さらにバイデン氏の劣勢を決定づけたのが、トランプ氏の銃撃事件だ。7月13日に米ペンシルベニア州バトラーで開かれた集会で、演説中のトランプ氏が銃撃されて右耳を負傷した。トランプ氏は流血をものともせず、右のこぶしを突き上げて支持者に健在をアピール。背景に星条旗がひるがえる写真は、「トランプ氏の強さ象徴」としてSNSで拡散され、弱々しいイメージが広がったバイデン氏と好対照をなした。

 新型コロナに感染したバイデン氏が、飛行機のタラップをおぼつかない足取りで上がる映像も流れて高齢・健康不安はさらに増幅された。身内の民主党内からも撤退を求める声が相次いだ。大統領だけでなく上下両議院とも共和党に奪われかねないとの危機感が広がり、民主党幹部が相次いでバイデン氏に撤退要求を突き付けた。

わずか1日のスピード決着

 バイデン大統領は後継候補としてカマラ・ハリス副大統領を支持した。たちまち民主党内にハリス支持が広がり、8月2日には民主党大会の前に行われたオンライン投票で民主党候補指名に必要な過半数の代議員を確保し、ハリス氏の候補指名が確定した。投票開始からわずか1日というスピード決着だった。

 8月6日には、ハリス氏は副大統領候補にウォルズ・ミネソタ州知事を指名すると発表。ウォルズ氏は共和党が地盤とする中西部で下院議員や州知事を務め、州兵や高校教師など多彩な経歴を持つ。トランプ氏の支持基盤である保守層にも受け入れやすい「中西部出身の白人男性」を副大統領とすることで、トランプ票の一部を切り崩す狙いがあるのだろう。ただ、ウォルズ氏の知名度の低さなどを心配する声もあり、勝利にどこまで貢献するか未知数だ。

若さ、少数派、ガラスの天井

 民主党内がハリス候補で一本化した大きな要因が、若さである。81歳のバイデン氏と78歳のトランプ氏の「高齢者対決」に嫌気がさし、どちらにも投票したくない「ダブルヘイター」が増えていた。50歳代のハリス氏の参戦によって民主党がどこまでダブルヘイター票を取り込めるのか注目される。トランプ氏は年上のバイデン氏の高齢ぶりをさかんにちゃかしてきたが、一転して高齢批判の刃が自らに向かうことになった。

 ハリス氏が黒人、アジア系の女性であることも、女性や有色人種などのマイノリティー(少数派)の支持に追い風となる。民主党内には、2016年の大統領選でトランプ氏にヒラリー・クリントン氏が女性初の大統領誕生を阻まれた「ガラスの天井」を、ハリス氏が打ち破ることへの期待は大きい。

20240822_02.jpegガラスの天井を打ち破れるか...(イメージ)

 そもそも、党大会を1カ月後に控えたギリギリのタイミングでバイデン氏が撤退を表明したため、党内で全く新しい候補者を選ぶ余裕がないのが実情だった。しかも、ハリス氏ならバイデン陣営が集めた多額の選挙資金を引き継げるメリットがある。バイデン氏が党内の懸念をよそに撤退の決断を先送りし続けたことで、「ハリス後継」しか選択肢のない状況を作ったとの見方もできよう。

圧勝ムードから接戦モードに

 バイデン氏の撤退によって、大統領選はトランプ氏の圧勝ムードから接戦モードに移行した。民主、共和両党の候補者支持率の変化を見てみよう。

 米政治情報サイト「リアル・クリア・ポリティクス」の集計によると、両陣営とも40%台後半で推移し、バイデン氏の撤退表明時はトランプ氏が3ポイントほどリードしていた。ハリス氏が参戦した22日以降はその差が縮まり、8月18日時点の調査ではハリス氏48.1%、トランプ氏46.7%と、ハリス氏がわずかながら上回った。他の世論調査でもバイデン氏の撤退を境に、トランプ氏優位から接戦に変わった傾向が見て取れる。

 激戦州でもハリス氏が支持率を盛り返しているが、その差はわずかで混戦が予想される。

20240822_03.jpg支持率の推移(出所)米リアル・クリア・ポリティクス

中絶の権利擁護、鮮明に

 ハリス氏は、現職副大統領であり、黒人、アジア系の女性、検事出身といった自らの経歴を生かして有権者にアピールする戦略を取っている。

 ハリス氏は後継指名を受けた際の演説で、「政府が女性に自分の身体をどうするかを指図すべきではない」と訴えた。保守層の主張を背景に人工中絶禁止を掲げるトランプ氏を念頭に置いた発言だ。ハリス氏はバイデン政権で中絶問題に熱心に取り組んできた。女性が人工中絶を選択できる権利を守る立場を鮮明にし、「連邦議会が中絶の自由を回復する法案を可決すれば、私は大統領としてそれに署名する」と表明した。

 検察官やカリフォルニア州司法長官を務めた経験を踏まえてハリス氏は「私はあらゆる類いの犯罪者を取り締まってきた。だから、トランプ氏がどんな人物かを知っている」と強調した。検事だった自らと、刑事訴追を受けて有罪評決を受けたトランプ氏を対比させることで、対決の構図を「元検事vs犯罪者」とし、優位に立つことを狙っている。

人種差別的な見解と波紋

 トランプ氏は、バイデン氏を相手に優勢に戦いを進めてきただけに、相手がハリス氏に変わったことは誤算だったようだ。以前からハリス氏を「無能」と決めつけ、さまざまな批判をしてきたが、そのトーンを一段と強めている。

 7月末、トランプ氏はハリス氏について「彼女は黒人と見られたいようだ」「ずっとインド人だったのに、急に黒人に変身した」などと発言した。ハリス氏が人種を選挙戦の武器にしようとしていると批判したかったのだろうが、人種差別的な見解として波紋を広げた。ある種の焦りが「失言」を招いたように見える。

 トランプ氏が副大統領候補に選んだバンス上院議員の過去の発言も問題視されている。ハリス氏ら出産経験のない女性について、「子どもがいない惨めな人生を送るキャット・レディー(猫好きの女性)」とあざけったことが、今になって批判の的になった。右派の副大統領候補を指名することで、保守層の支持を盤石にする狙いが裏目に出る可能性もささやかれている。

移民問題、政策論で反撃

 トランプ氏は、ハリス氏の政治姿勢や政策を中心に攻撃する構えを見せている。ハリス氏のことを「共産主義者で、マルクス主義者で、ファシストだ」などと評した。彼女を急進的な極左政治家だと位置づけることで、有権者の不安をあおっている。

 さらに争点をバイデン政権の失政という政策論に持ち込み、活路を開こうとしている。中でも、バイデン政権の副大統領として取り組んだ移民問題をターゲットにしている。ハリス氏は、バイデン政権で中米諸国からの移民急増問題を担当してきたが、目立った成果を出せていないためだ。ただ、移民に対して厳しい姿勢を示せば、これまで民主党支持の多かったマイノリティー票を失う恐れもあり、ハリス氏は難しい対応を迫られそうだ。

経済情勢、ハリス氏に逆風も

 経済政策の成果が乏しいことも民主党サイドにとって不利な材料となっている。米国では景気減速への不安から、8月上旬に株価が急落した。きっかけは雇用統計の悪化だった。7月の非農業部門の雇用者数は11.4万人増となり、事前の市場予想を大きく下回り、過熱気味だと思われていた雇用市場が冷え込みつつあるとの見方が広がった。7月の失業率も4.3%と予想に反して前月より上昇し、米国経済が「景気後退局面に入った恐れがある」との懸念が一気に強まった。

20240822_04.jpg失業率と非農業部門の雇用者増加数の推移(出所)米労働省

 バイデン政権はエネルギー価格や食料市況の高騰によるインフレ対策に苦慮する一方で、良好な雇用情勢や強い消費需要を経済政策の成果として掲げてきた。急激な金融引き締めでインフレは鎮静化してきたものの、雇用と景気の悪化で米経済がソフトランディング(軟着陸)に失敗するようなことになれば、トランプ陣営が批判を強めるのは間違いなく、ハリス氏にとって強い逆風となろう。

注目は4割の無党派層

 米世論調査会社ギャラップの7月の調査によると、自身を無党派層と答える米国民は全体の41%に上り、民主党(28%)や共和党(30%)の支持率を大きく上回っている。民主党と共和党の支持が拮抗(きっこう)する「激戦州」を制することが大統領選に勝利する決め手であり、そのために欠かせない無党派層の取り込みは、両陣営の最優先課題だ。

 無党派層の中心は、いわゆる「中間層」である。ハリス氏は各地の選挙集会で「中間層が強ければ米国は強くなる。常に中間層と労働者世帯を最優先する」などと繰り返し述べ、トランプ陣営を富裕層優遇だと批判している。若年世代ほど無党派層が多い傾向もあり、ハリス氏は自らの若さをアピールして若年層の取り込みを目指している。

 一方、トランプ氏にとっては、民主党が貧困層やマイノリティーに「冷たくなった」と感じて長年の民主党支持から離脱した人々をうまく取り込めるかどうかがカギとなる。米国人に根強い「強いリーダー」へのあこがれもアドバンテージと言えるだろう。

 また、激戦州の行方を占う上で見逃せないのは、無所属での出馬していたロバート・ケネディ・ジュニア氏が撤退し、トランプ氏を支持すると表明したことだ。一定の支持を得ていた「第三の候補」の票の行方が、激戦州の勝敗を左右する可能性がある。トランプ氏は、ケネディ氏が自身を支持すれば政権要職での起用を検討する考えを明らかにしていた。

ガザ・ウクライナ政策も争点

 ガザの紛争、ウクライナ戦争などをめぐる対外政策の違いも大きな争点となる。ハリス氏は同盟国を重視し、米国主導の国際秩序の維持を目指すバイデン政権の外交路線を踏襲する姿勢を示している。ハリス氏はバイデン大統領の代理で数々の国際会議に出席してきた。6月にはウクライナが提唱する和平案を協議する国際会議「平和サミット」に出席。演説で「ロシアに代償を払わせ続ける」と述べ、米国による人道支援を表明した。「支援疲れ」の傾向も見えるウクライナ問題への対応が、大統領選にどう影響するだろうか。

 一方、トランプ氏はイスラエルのネタニヤフ首相と7月26日に会談した。会談後の声明で「大統領選で勝利すれば、中東に安定をもたらす」と強調。全米の大学で広がったイスラエル批判のデモを念頭に「反ユダヤ主義」に立ち向かうと訴えた。米社会で影響力の強いユダヤ系を意識した動きだろう。

 またトランプ氏はウクライナのゼレンスキー大統領と電話会談し、ウクライナ戦争の終結に意欲を示した。ただ、具体策は明らかにしておらず、「米国第一主義」を掲げるトランプ氏が、ウクライナ支援や北大西洋条約機構(NATO)との連携にどのような姿勢を見せるのか不透明だ。

天下分け目のテレビ討論

 ハリス氏とトランプ氏は9月10日にテレビ討論会を行う予定だ。接戦が見込まれる両氏の初めての直接対決となる。テレビや動画を通じて全米の有権者が視聴する討論会は、選挙戦の行方を占う大一番となる。米大統領が誰になるのかは、米国内だけでなく日本をはじめとした世界に大きな影響を及ぼす。「ケネディvsニクソン」の時代から大統領選の「天下分け目」とされてきたテレビ討論で、どのような論戦が展開され、どちらが優位に立つのか。世界が注目している。

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中澤 聡

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