2024年11月14日
内外政治経済
主席研究員
竹内 淳
米大統領選は、トランプ氏がハリス氏に地滑り的勝利を収めた。共和党(シンボルカラーが赤)が議会上院で53議席以上を確実とし、下院でも過半数を制する情勢だ。大統領選に加えて上下両院を共和党が制する「トリプルレッド」の可能性が高まっている。高いインフレなど経済の現状に対する有権者の不満がトランプ氏当選の原動力となっただけに、新政権にとって経済政策の優先度は高い。第2次トランプ政権の経済政策のうち、日本企業の関心が高い関税、気候変動対策、規制緩和を中心に何が起こるのか、その影響や市場の反応を2回にわたって考察する。
トランプ氏の選挙集会
トランプ氏は、選挙期間中に極端とも思える政策を次々と約束してきたが、本当に実行する気があるのか。結論から言えば、2016年の選挙戦での主張と第1次政権の実績を踏まえると、行政を担う大統領の権限で行える経済政策については実行すると考えるべきだ。該当するのは、中国への関税、パリ協定からの離脱、規制緩和、移民の強制送還などだ。
こうした政策は大統領令公布のほか、各行政機関が定める規制や通達に基づき実施される。第1次政権は準備不足の中で発足し、スタッフの意見対立など混乱があったが、今回はヘリテージ財団など保守系シンクタンクが政策草案を既に用意しており、政権発足後直ちに公約の多くが実行に移される可能性が高い。トランプ氏の言葉を借りれば「初日に」だ。
大統領の権限は、憲法や議会が定めた法律に依拠し、そうした根拠がない場合は議会での立法措置が不可欠で上下両院の賛成が必要だ。しかし、上院では全100議席中60議席以上の賛成がないと、反対する議員が延々と演説を続けるフィリバスターと呼ばれる議事妨害により、法案は成立しない。
ただし、国家財政に関わる歳入・歳出、財政収支、債務残高などを定める「予算決議」とそれに基づく法案は、フィリバスターが有効でなく、上下両院の単純多数決で可決できる。このため、新政権はトリプルレッドになれば、政策の多くを「予算決議」とひもづけ、議会を通すことが可能となる。来年末に期限切れを迎える2017年の「トランプ減税」の延長やさらなる法人税・所得税減税は、細かい修正はあるにせよ大枠では実現する可能性が高い。
伝統的に米国議会の議員、特に任期が6年と長い上院議員は、党派を超えて自らの信念に基づき行動する傾向が強いとされる。第1次トランプ政権がオバマケアと呼ばれる国民健康保険の撤廃を試みた際、撤廃を防いだのは共和党のマケイン上院議員だった。しかし今回は、トランプ氏大勝利の選挙を受けて、真っ向から対抗できるような人物は見当たらない。議会のチェックには多くを期待できないだろう。
トランプ氏(第1次政権時)(出所)米議会図書館HP
トランプ氏は大統領の権限を拡大解釈する傾向が強く、第1次政権では規制行為などの合法性を巡って246件の訴訟が提起され、実に8割近くの192件が政権側の敗訴に終わっている(注1)。共和党に近い判事が扱った訴訟でも、6割で政権側が敗訴しており、今後とも行政の暴走に対しては、司法が一定の歯止めをかけることは期待できよう。近年、連邦最高裁で行政機関の裁量権を狭く解釈する判決が相次いでいるだけに、司法の役割はこれまで以上に重要となる。
そうした中でトランプ氏は、第1次政権の期間中に3人の連邦最高裁判事を任命しており、今や判事9人中6人が共和党支持者だ。国論を二分するような訴訟では、保守的な判決が出される可能性に留意する必要がある。
政策の目玉である関税の引き上げは、すぐにでも宣言されるだろう。トランプ氏が主張してきた関税は、①中国からの輸入品に対し60%以上②全ての貿易相手国からの輸入品に対し一律10~20%③米国よりも高い関税率を掛けている国に対し同率の報復─が3本柱だが、加えて欧州連合(EU)やメキシコから輸入する自動車を標的とする可能性も繰り返し述べている。
このうち①の対中関税は、通商法301条(貿易相手国の不公正な取引慣行への制裁)など既存の法律を根拠にすぐにでも実行されよう(注2)。ただし、全ての品目に一律というのではなく、スマートフォンなどの消費財への追加関税は国民に歓迎されないため除外される可能性が高い。
注目されるのが、中国からの輸入の抜け穴と指摘され、ここ数年で急増している800ドル以下の輸入品への免税の扱いだ。果たして消費者の反発を押し切って、関税をかけるだろうか。
新政権は、中国製品に対する関税の実効性を高めるために、中国製部品を使用してメキシコやベトナムなど第三国で作られる品目へも、高率の関税をかけようとするだろう。ただし通商法301条を根拠とする場合、事実関係の調査や相手国との協議が必要となり、発動までに半年程度は必要となる。その間に相手国と貿易を巡る取引(ディール)が行われるかもしれない。
②の一律関税は、ニクソン政権が1971年に、17年制定の「敵対通商法」に基づき、国家緊急事態を宣言した上で、全輸入品に一律10%の関税を4カ月間かけた実績がある。77年制定の「国家緊急経済権限法」の適用もうわさされる。とはいえ一律の関税は、米国民に痛みをもたらす品目も多く含んでしまう。
従って現実的には、国家の安全保障を理由とするにせよ、第1次政権時に発動した鉄鋼、アルミニウム関税(通商拡大法232条を適用)のように、品目を定めて関税をかけるということではないか。トランプ氏の発言からみて、対象は自動車・同部品も含めて広範囲となるだろう。ただし、交渉次第では輸出自主規制の導入、現地への投資の約束などと引き換えに、適用除外となる可能性はある。
③の高関税国への報復は、体系的に実施するなら新法が不可欠で、さすがに議会を通過する可能性は低い。しかし、「不公正な措置への報復」と位置付ければ、通商法301条に基づいて国別や品目別の適用が可能になるとみられる。EUやメキシコからの自動車・同部品の輸入がその対象となる場合もあろう。
トランプ氏は関税をてこに、相手国からより良い貿易条件を取り付けられると説明する。トランプ第1次政権時に締結された自由貿易協定「米国、メキシコ、カナダ協定(USMCA)」は、2026年7月に見直しが予定されており、米国から厳しい要求が出されるだろう。
ただし、第1次政権時、関税の高い国が米国からの"脅し"を受けて、引き下げたケースは一つも存在しない。逆に関税引き上げで報復した国ばかりだ。また、2020年1月にトランプ氏は中国との間で同国が米国からの輸入を2020~21年に2000億ドル以上増やすとの「第1段階合意」を取り付けたとの成果を誇ったが、結果的には全く増えなかったことが確認されている(注3)。
関税の狙いは、米国の製造業復権、貿易赤字の削減などだが、過去の関税引き上げにそうした効果は認められない。関税引き上げ分は、ほとんどが「値上げ」という形で米国民に転嫁されている。その結果は、米国における需要の減退だが、日本を含めて貿易相手国には輸出の減少をもたらす。特に影響が大きいのは中国やメキシコだ。
米国の関税引き上げに他国が報復すれば、米国企業の輸出が減少し、日本企業がその分を穴埋めして漁夫の利を得る面もあるだろう。ニューヨーク連銀のエコノミストらは、第1次政権時の米国の関税引き上げが1%ポイントごとに同国の輸出を3.9%押し下げたと推計している(注4)。
ウィリアム・マッキンリー第25代米大統領(出所)米議会図書館HP
ちなみに1890年代に関税を大幅に引き上げたとして、トランプ大統領が称賛するウィリアム・マッキンリー第25代米大統領は、1901年の最後の演説でそれまでの保護主義的姿勢を大きく転換し、「排外主義の時は終わった」「商業戦争は利益を生まない」と述べ、「報復」ではなく「相互主義」の重要性を強調している。しかし同大統領は、その後間もなく暗殺され、関税政策が転換されることはなかった(注5)。
(注1) "Roundup: Trump-Era Agency Policy in the Courts", © Copyright 2008-2024, Institute for Policy Integrity, New York University School of Law
(注2)トランプ、バイデン政権下で導入された関税措置は、複数の訴訟において合法性が争われているが、これまでの判決ではいずれも合法との判断が下っており、法的な不確実性は低い。
(注3)Bown, C., "China bought none of the extra $200billion of US exports in Trump's trade deal", July 19, 2022., © 2022 Peterson Institute for International Economics.
(注4)Amiti, M., Redding, S.J., and Weinstein, D.E., "The Impact of the 2018 Tariffs on Prices and Welfare", Journal of Economic Perspectives Volume 33, Number 4 Pages 187-210, Fall 2019.
(注5)McKinley, W., Speech in Buffalo, New York, September 5, 1901.
竹内 淳