2024年12月17日
内外政治経済
研究員
小川 裕幾
営業職は多くの企業にとって欠かせない存在だ。企業がどんなに良い製品を開発しても、どんなに良いサービスを持っていても、特に企業を対象とした「BtoB」ビジネスの場合、営業が顧客にアプローチしなければ利益を出すのは難しいケースが多い。対面営業は、信頼されなければ販売どころか商談さえできない。そうした信頼関係を構築するためには、さまざま創造性が必要だろう。そんな創造性を発揮する要因などを検証した上で、優秀な営業経験者にインタビューして、その秘訣(ひけつ)と重要性について聞いた。
創造性と聞くと、芸術家やエンジニアなどの仕事に関連が強いと考えがちだが、必ずしもそうではない。米ハーバード・ビジネス・スクールのテレサ・M・アマビール教授(心理学)によれば、創造性は「ある『ドメイン(範囲・領域)』における『新規』かつ『有用』な『アイデア』の創出」と定義されている(注1)。
また米カリフォルニア州立大学のジェームズ・C・カウフマン教授(認知心理学)と米アリゾナ州立大学のロナルド・A・ベゲット教授(教育心理学)は、創造性には4種類あると説明する。ある分野で革新的な影響を及ぼす「Big-C(creatibity=創造性)」、専門分野で発揮される「Pro-c」、日常生活で一般の人々が行う工夫などの「Little-c」、学習プロセスにおける個人的に意味のある新しい解釈や洞察を指す「Mini-c」である(注2)。
Kaufman & Beghettoが提案した4種類の創造性のレベル(出所)Kaufman & Beghetto(2009)を参考に筆者
最も影響力のある「Big-C」を除けば、創造性は誰もが人生において発揮しうるといわれている。つまり、一部の天才のものではなく、私たちの職場でも大いに発揮できるスキルだ。
営業職は、ノーベル賞や特許を目指すような創造性が求められているわけではないが、顧客一人ひとりに合わせた対応方法の検討、社内の関係者を巻き込む力、自分の行動が顧客にどのような印象を与えるか考察する力など、常に創意工夫が必要だ。これらに真剣に取り組むか否かで成果も大きく変わるだろう。
そんな創造性を高める要因は何なのか。ポーランドヴロツワフ大学のマチェイ・カルワウスキー教授(哲学)、創造性を四つに分類した米アリゾナ州立大のベゲット教授は、「自分は創造性を発揮できる人だ。創造性の発揮は大切なことだ」と感じる「創造的自己」を持つと創造的な活動をし、成果を出しやすくなると指摘している(注3)。
この創造的自己は、営業現場での成果に結びつくと指摘したい。いつも決まった手法で顧客対応をするのではなく、「新たな創意工夫をする必要がある」「自分には創意工夫がきっとできるし、したい」と考える営業職は新たな提案ができたり、その提案によって成績を伸ばしたりできるだろう。
その一方で、創造性と営業をめぐっては、立命館大学の髙橋潔教授(経営学)と大阪産業大学の堀上明教授(経営学)が、「過去に高い評価をされ何らかの成功を収めた社員こそ創造性を発揮しづらくなる」と指摘している。適切な解決策を一度身に付けると、それに固着し他の解決策を思いつきにくくなる傾向がみられ、成功が創造性を低下させるという思わぬ盲点もありそうだ(注4)。
例えば、ある営業職が成績を表彰されたとする。そうした経験があると「自分のやり方が正しい」という信念が強くなり過ぎ、他人のアドバイスに耳を傾けられなくなったり、他の営業手法を試さなくなったりする。顧客ごとに柔軟に対応を変えるべき場面で創意工夫を怠る場合があるのだ。
実際の営業現場に目を向けてみよう。まず、どのようなイメージを営業職に持つだろうか。業務は、顧客の選定、提案内容の決定、プレゼンテーション準備、商談やアフターフォローなど顧客一人ひとりにカスタマイズが必要な非定型の仕事ばかりだ。つまり、決まったやり方が通用しない。
彼らが日頃の業務で創造性を全く発揮しなかったら、どうなるだろうか。顧客の都合など考えず、いつも同じ時間に同じ訪問先へ行き、使いまわしの資料を配布し、いつも決まったトークで商談を行い、急なトラブルに対応せず、顧客ごとに必要な行動を起こせない。
これでは次回以降、顧客から相談は一切来なくなり、信頼を失い、取引はできなくなるだろう。もし、このようなセールス担当が社内にたくさんいれば、利益は大幅に落ち込む。営業職における創造性の発揮は、より真剣に議論されるべきだ。
では実際に高い成果を残してきた営業職経験者は、創造性をどのように発揮していたのか。リコー・ジャパンで最優秀営業成績を5年連続獲得し、現在は営業職の育成担当を務めている永野浩治氏にインタビューし、経験に基づいた創造性の重要性を聞いた。
―営業で大切にしてきたことは
まずは、今の自分の話し方や態度、服装は、相手が好感を持てるものなのか、常に真剣に考えていた。ささいな言動を実は厳しく評価している他者からみた自分を考える。これは、いわば創造性の発揮だと思う。次に、自らの行動を振り返るクセを持つ。営業として売れない時に「なぜ売れない自分なのか」を真剣に考えることだ。原因を他者や環境に責任転嫁していたら、自分の可能性を自分でつぶしてしまう。創意工夫により新たなやり方が見つかることが多い。
―どのようにして、それに気づいた
お世話になった上司の教育のおかげだ。「売れません」「商談がうまくいきません」と話すと、「なぜだろう?何が原因だろう?」と返してくる。アドバイスだけでなく、課題解決まで必ず付き合ってくれた。その積み重ねで、「なぜお客さまに響かないのだろう」「今の自分の何が良くないのだろう」と自然と考えるようになった。原因をクリアすることで仕事がうまくいくようになった。
営業職の研修で講演する永野氏【2014年6月、東京都中央区】
―上司も創造性を発揮していた
その通りだと思う。例えば、社内展開されていた経営戦略を自分なりに理解して分かりやすい言葉に変換し説明をしてくれた。今思うと上司がいろいろな戦略に対して創造性を発揮し、常に創意工夫していたのだと思う。
―成功を収めた社員ほど、自分のやり方に固執し、創造性が発揮しづらくなる傾向がある。打開策はあるか
残念だが、打開策はない。自分で今うまくいっていない原因を探り、気づき、修正することでしか変われないからだ。かくいう私も、いい気になっていた時期があった。そんな時は誰の話も聞こうともしない、成長していない時期でもある。自分の間違いに自分の力で向き合わない限り、やがて迎える頭打ちの時期は脱せない。
ただ、対策はある。信頼できる上司や仲間を持ち、常に率直な意見交換ができる関係づくりをしておくことだ。あとは、「自分は間違った判断をする可能性がある」と考えるクセをつけておけば、少なくともいい気になる機会は減るだろう。これも創造性の発揮なのかもしれない。
永野氏は営業で成果を出すために創造性を発揮してきた。自身の振り返りを日々徹底的に行い、その結果を着実に生かすことで、(創造性発揮に対する自信を深め)営業成績を伸ばした。その裏では上司のサポートなど創造性を育む「合いの手」があったことも分かった。
今後、生成AI(人工知能)などの普及で、人ならではの創造性を発揮する営業職はますます貴重となるだろう。その際に大切なのは創造性を育む環境だ。自己を振り返る時間を持ち、自身で創意工夫する。他者と意見交換をする機会も大事だ。そのような、創造性を育む環境の整備を企業に期待し、営業現場の動向にこれからも注目していきたい。
参考文献
(注1)Amabile, T.M. (1996). Creativity in Context: Update to the Social Psychology of Creativity. Routledge.
(注2)Kaufman, J. C., & Beghetto, R. A. (2009). Beyond big and little: The four c model of creativity. Review of general psychology, 13(1), 1-12.
(注3)Karwowski, M., & Beghetto, R. A. (2019). Creative behavior as agentic action. Psychology of Aesthetics, Creativity, and the Arts, 13(4), 402
(注4)高橋潔・堀上明「創造性の現状と課題一思考三位一体理論の挑戦」現代経営学研究所, 神戸大学大学院経営学研究科編『季刊ビジネス・インサイト』21 (1), 4-9, 2013
小川 裕幾