打ち消し合う三つの狙いー米国関税  ~負担者、製造業振興、歳入拡大~ <リポート>

 トランプ米大統領の関税政策が、同盟国を含めた各国の貿易産業政策、世界経済の行方さえも揺さぶっている。春先に打ち出された極めて高い関税率は、欧州連合(EU)や英国、日本、韓国など多くの国・地域に関して当初より低い税率に落ち着いたが、その影響や今後の展開が明確になるにはもう少し時間がかかるだろう。今回は、そうした関税の影響を見る前に、トランプ大統領が関税政策で掲げる戦略と狙いについて、関税負担者と製造業振興、歳入拡大の三つの視点から改めて検証しておきたい。

製造業の保護と再生

 第2次大戦後、米国は圧倒的な工業生産力を背景に巨大な貿易黒字国だった。しかし、日独などの製造業が復興台頭して、米国への輸出を拡大すると貿易赤字が恒常化。近年は中国からの安価な製品が急増している。関税引き上げは、輸入価格を引き上げて国内製造業の価格競争力を高める狙いがある。これにより、米国内の製造業を再興させて工場の稼働率を高め、雇用を創出する。特に中西部から東部にかけて広がる、かつて工業で栄えた地域「ラストベルト地帯」のトランプ支持層にとっては、雇用回復の象徴的な手段と映る。

 関税は輸入品に課せられる税金であり、米国においては連邦政府の財源の一部を担っている。特に中国やメキシコといった貿易相手国からの輸入が多い製品に対して関税を課すことで、政府収入を安定的に増やすことを狙いとしている。歳出拡大が続く中、関税は「増税」ではなく「外国に負担させる」という形で財源を確保して財政赤字の縮小を図れる。この点が、政治的にも魅力的と言えるだろう。

三つのシナリオは並び立つか

 今、米国の関税政策をめぐっては、①外国企業が関税を負担②巨額の関税が得られ、政府歳入に貢献③輸入製品から国内製品に消費がシフトして国内製造業が復興―というシナリオが描かれている。しかし、この三つが並び立つのは不可能と言えないか。それぞれが理にかなっている一方で、相互に矛盾や反作用を引き起こす要素を内包しており、結果的に政策効果が打ち消し合う構造を生んでいる。

 まずは関税を誰が負担するのかについて。外国企業が負担(販売価格に転嫁せず)すれば税収が拡大して財政赤字の縮小につながる一方で、米国内での販売価格が上がらず、消費者はこれまでと同様の消費行動を続ける。このため輸入数量は減らず、国内製造業の復活にもつながらない。

 これに対して国内製造業の復活はどのような道筋をたどるのか。そのためには関税分を販売価格に転嫁、負担を強いられる消費者が外国製品を敬遠して国内製品にシフトする必要がある。この場合は物価が上昇し、関税を外国企業が負担するというシナリオとも矛盾する。

 歳入拡大はどうか。関税収入を増やすためには対象品目の輸入量が維持される必要があるが、関税引き上げで自国企業が復興すれば輸入が減って関税収入の伸びは限定的になる。政府財政は大きくは改善しない。

狙い

想定された効果

現実の反作用・矛盾

関税負担者

外国企業が関税を負担し、米国消費者の負担が生じずに済む。物価も上昇しない

輸入価格が上がらなければ消費行動は変わらない。輸入量も減らず、国内産業は復興しない

製造業振興

関税により消費が国産品にシフトして輸入が減り、製造業が復活

関税の価格転嫁で物価が上昇。部品輸入する製造業も負担を強いられ、経済に悪影響

歳入拡大

関税収入が増加して歳入拡大。減税財源など確保し、財政赤字の補填(ほてん)に寄与

自国製造業が復活して輸入量が減少すると関税収入が伸びず、関税の財政改善への貢献は薄い

自動車業界の対応

 日本の自動車業界は、トランプ大統領の関税政策に強い警戒感を示してきた。最大手のトヨタはこれまでの現地生産の拡大、かつて1ドル=100円前後の超円高を経験したこともあって、課されていた25%の追加関税を一定程度は自社で負担して販売価格の引き上げをできるだけ回避する戦略を見せていた。当面は利益を圧縮しても、販売台数・市場シェアを維持する方針を示したといえる。この方針を貫けば、市場構造が維持されて米国自動車産業の復活は見通せないと言える。

 このトヨタや日産は、米国に多数の現地生産拠点を設け、現地雇用にも貢献しているが、それでも輸入車には「外国製品」として追加関税が課された。この状況に対して、現地調達率を引き上げたり、北米自由貿易協定(USMCA)に適合したりする形で生産拠点の再編を検討するなど、柔軟な対応を模索してきた。この場合、現地生産が増える分は輸入が減って関税収入にマイナスの影響が出る。

 マツダなど米国での現地生産比率が低い企業は、関税引き上げ分を販売価格に上乗せせざるを得ない事態を招く。現地生産の拡大など難しい判断も求められよう。また、米国での現地生産車にも日本からの部品が多く使用されており、関税が部品価格の上昇を招いて製造コストがアップする。これはGMなど米国企業も同じで、「自国製造業保護」という目的とは裏腹に、米国内の生産活動にコスト上昇圧力を与える。

現地生産か輸出か

 アジアを拠点とし、相互に有益で持続可能な世界貿易の促進を目的とする慈善団体「hinrich foundation」によると、三菱、スバル、トヨタ、BMW、フォードはすでに価格を引き上げているという。

 自動車業界だけでなく多くの製造業者は、最終的な関税率を勘案した上で輸出と現地生産を天秤にかけながら経営戦略を立てることになる。米国の関税政策は、外国企業による関税負担を通じた歳入拡大、自国製造業の再興という矛盾した狙いを掲げている。こうした側面をにらみながら、各企業は関税負担を自社で飲み込むか否か、今後の現地生産の在り方など難しい判断を迫られる。

米国販売車の生産地(出所)S&P Globalなど各種報道

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芳賀 裕理