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躍進の秘訣は「あるもの磨き」

 「美肌と神話」で日本一に-玉造温泉

2024年05月01日

地域再生

編集長
舟橋 良治

 縁結びで知られる出雲大社のおひざ元にある玉造温泉(松江市)は1300年の歴史を誇る。この由緒ある温泉街は一時期、宿泊客が年々減少、空き店舗が目立ち、危機感が高まっていた。そんな寂れた老舗温泉の美肌効果が科学的に実証され、「温泉総選挙」(環境省など5省庁後援)で初代グランプリに輝いた。躍進は、歴史を調べて街を"再発見"し、神話にちなんだ美肌効果を全国に先駆けてアピールした「あるもの磨き」のたまものだった。

20240430_02.jpg玉造温泉と玉湯川【2月4日、松江市】

枕草子にうたわれた名泉

 玉造の地名はこの地で三種の神器の一つである八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)を櫛明玉命(くしあかるだまのみこと)が造ったとされるのが由来。温泉街の一角にある玉作湯神社は櫛明玉命をまつっており、産出するメノウで勾玉を造る職人の信仰をあつめてきた。

 温泉は奈良時代の開湯。大国主命(おおくにぬしのみこと)の時代に見つかったとも言われ、日本で最も古い歴史を持つ温泉の一つだ。奈良時代に書かれた「出雲国風土記」に記され、平安時代になると京都でも知られるようになった。清少納言は枕草子で玉造温泉を「日本3名泉」の一つにあげている。

街が寂れる悪循環

 歴史に裏打ちされた玉造温泉。それでもバブル経済が崩壊して2000年を過ぎた頃になると時代の荒波にもまれた。この時期、かつては全国的に主流だった企業などの団体旅行が減少、温泉旅館にバスで乗り付けるといった旅行スタイルが姿を消していった。

 すると各地の旅館が施設内のバーやスナックなどに宿泊客の囲い込みを図るケースが相次いだ。温泉街の土産物屋などを散策する人が減り、店が次々に閉店。街が寂れるという悪循環に陥っていく。

20240426_03.jpg出雲国風⼟記の写本【角幸治⽒提供】

「ないものねだりはダメ」

 街の賑(にぎ)わいが失われる事態は玉造温泉も例に漏れず、「多くの旅館、ホテルは宿泊客が毎年1割ペースで減り、閉鎖する旅館も相次いでいた」(地元旅館関係者)。ジリ貧を打開しようと2000年代半ばになると、松江市、そして温泉の旅館経営者が行動を起こし、その後の「美肌」をキーワードにした躍進につなげいく。

 まずは松江市。玉造温泉の街を整備する事業「都市整備再生計画」を2007年にスタートさせた。整備事業はハード面だけでなく、温泉街のアピールに向けたソフト戦略も手掛けた。

 それまでの宣伝文句は「いで湯とまがたまの里」。いかにも古臭い。刷新に向けた検討会で出たキャッチコピー案は「大正ロマン」「昭和レトロ」といったもの。玉造と縁がなく、ありふれたアイデアばかりだった。

 取りまとめ役を担っていた周藤實氏は「ないものねだりはダメだ」と感じていた。周藤氏は玉造温泉がある玉湯町と松江市の合併(2005年)を主導した行政の実力者。合併後の玉造支所長を退職した後、請われて松江観光協会玉造温泉支部の事務局長になっていた。

20240426_04.jpg出雲国風土記の写本【角幸治氏提供】(左) 街の再⽣について語る周藤實⽒【1⽉24⽇】

風土記からキャッチコピー

 周藤氏は旧玉造町の観光部局や教育委員会の勤務で得た知識を生かし、郷土の歴史を改めて調べた。着目したのは「出雲国風土記」。玉造温泉について「一たび濯(すす)げば形容(かたち)端正(きらきら)しく」とうたわれている。「きらきらは現代風に言えば美肌」と読み、「日本最古の美肌温泉」として売り出すことを思いつく。 

 さらに、「神の湯と呼ばれた」という記述から「美肌・姫神の湯」というキャッチコピーを生み出した。

時流を先取り

 「美肌で客が呼べるのか。女性をターゲットにするよりも『団塊の世代』を狙ったほうがよいのでは...」-。事業検討会で提案したものの、すんなりとは決まらない。すると周藤氏は「シニア向けの温泉地は先がない。若い女性は口コミも広げてくれる」などと熱弁をふるった。周藤氏は「美肌をうたった温泉は当時、どこにもなかった」といい、最終的に「美肌・姫神の湯」をテーマに街造りを進めることが決まった。

 時代は団体旅行から個人旅行の移りつつあり、女性をターゲットとした「美肌」は時流を先取りしていた。今では全国の温泉地が「美肌」をアピールし、島根県が観光振興を狙って「美肌県しまね」とうたうほどだ。

20240430_05.jpg玉造温泉を流れる玉湯川の足湯【角幸治氏提供】

「まちデコ」誕生

 「美肌」コピーが生まれたのと同じ時期、危機感を強めた旅館経営者らが出資して街の活性化を目的とした新会社「玉造温泉まちデコ」を設立した。この会社の実務を任されたのが、現在代表を務める角幸治氏。角氏は大手老舗旅館の予約部長だったが、宿泊客を増やすには街全体の魅力を増す必要があると考えていた。

 そんな思いもあって角氏は旅館を辞め、「まちデコ」のほか観光協会にも籍を置き、周藤氏と二人三脚で街の活性化に向けたアイデアを考え、実現していく。

神社にパワースポット

 「街は空き店舗が目立ち、歩いている人はほとんどいなかった」-。角氏は観光協会などで働き始めた当時を振り返る。そんな温泉街の活性化策について周藤氏は「目的地があって歩きたくなる街を考えてみては」とアドバイス。すると角氏は「パワースポットが話題になっている。街歩きの目的地として玉作湯神社にパワースポットを作ってPRしよう」と思い立った。

 遠藤孝男宮司にパワースポットとなる新たなオブジェを作るよう持ち掛けると、遠藤宮司の答えは「それなら、既にありますよ」。案内されたのは、境内の一角にある直径50センチほどの丸い石で、しめ縄が巻かれていた。

20240426_01.jpg玉作湯神社(左) 玉作湯神社の願い石「真玉さん」【2月4日】

願いが叶う「真玉さん」

 土地の言い伝えによると、神社の裏山でその昔にみつかると「まん丸の石が山から出てきたのだから、御神体に違いない」と大切にされた。「真玉(まだま)さん」と呼ばれ、「願いが叶(かな)う石」として直接触ったり、御神水をかけたりして祈念してきた。

 昔から「願い石」と呼ばれていた真玉さんをパワースポットとして打ち出せば、若い女性の心をつかめるに違いない。目的地として打ってつけ。PRの一環で角氏は「願い石」にちなんだお守りを企画する。

参拝者が1000倍に

 出来上がったお守りは一風変わった仕掛けが施されている。メノウの小石と複写式の紙がついており、メノウは「叶い石」と呼ぶことにし、「願い石」の真玉さまに触れて霊力を分けていただいた上でお守りに入れる。

 また複写紙に願い事を書いて1枚を神社に奉納し、残りの1枚をメノウと一緒にお守りに入れて持ち歩く。願いの叶った祈願者が神社を再訪するのでは、との思惑も込められている。

20240426_06.jpg叶い石とお守り(左) 参拝者【1月24日】

 玉作湯神社は勾玉をめぐる由緒ある地。それでも全国的には無名で、参拝者は年間100人程度だったという。それが、コロナ禍前の2019年には年約11万7000人が訪れ、街歩き一番の目的地として定着。叶い石のお授け(販売)は約6万4000体で、参拝者の半数が真玉さまに祈願していた。

おしろい地蔵

 第2の目的地となったのが玉作湯神社の隣にある清巌寺の「おしろい地蔵」。街に活気が戻り始めた2011年、錦織淳公住職が檀家(だんか)でもあった周藤氏に「境内のおしろい地蔵さまで地域に貢献できないでしょうか...」と相談した。これをきっかけに、角氏と共にPRに向けて知恵を絞る。

 錦織住職が知る「おしろい地蔵」の言い伝えはこんな具合だ。江戸時代、顔のアザに悩んでいた住職がお地蔵さんと自分のアザに粉を塗って祈願すると、アザが薄くなりきれいになった。

 すると、「お地蔵さんに粉を塗って祈願すると美肌になる」という話が広がったのだそうだ。しかし、次第に忘れられて一部の高齢者が記憶しているだけになり、清巌寺を訪れる観光客はほぼ皆無になっていた。

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おしろい地蔵に粉を塗る【2月3日】(左) おしろい地蔵に奉納されたお札【1月24日】

木のお札に「お化粧」

 周藤氏はまず、祈願用の粉を地蔵の脇に常設するよう提案。観光客が粉を持参するのはあり得ないためだ。さらに、美肌祈願をする木のお札を角氏と共に考案し、いわば体験型グッズに仕立てた。

 木のお札にはイラストが印刷されている。顔と体の2種類あり、参拝者はイラスト上の気になるところに備え付けの色鉛筆で色を塗って「お化粧」する。その上で「肌がきめ細かくなりますように」などと願いを書いて奉納し、おしろい地蔵に粉を塗るという案配だ。

 "集客効果"は予想以上だった。参拝者はそれまで、檀家を除けば春秋のお彼岸にそれぞれ10人程度。それがコロナ禍前の2019年には年間1万5000人に増加。奉納されるお札は1万体に上った。

美肌効果を実証試験

 この他にも、街角に設置されていた手湯用の「石の器」脇に、温泉を詰めるための小型ボトルを置いて無人販売。美肌効果のある温泉水を観光客が自宅でのタオルパック用やお土産として持ち帰れるようした。

20240430_08.jpg温泉をボトルに詰める観光客【1月23日】

 こうした人気スポットの整備が功を奏してきたが、最大の成果は玉造温泉の泉質を科学的に分析して、優れた「効能」を実証したことにある。

 角氏は、温泉を使ったスキンコスメの商品化を念頭に泉質の分析を専門企業に依頼した。これは雇用創出を目的とした松江市からの委託事業。8週間にわたってモニター8人の肌に温泉を散布するなどして美肌効果の実証実験が行われた。

高級化粧水に匹敵

 そして、分析結果が角氏に届けられた。

 人の肌に常時含まれている「基礎水分量」が、通常を100%とすると165%まで増加。また肌に「浸透」しやすい上、肌に「どとまる」性質も備えている。これは「市販の高級化粧水に匹敵するレベル」と分かり、「キメが整いきれいな肌への変化」といった効果が確認できたという。

 この結果を最も喜んだのは、周藤氏。1300年前の文献に基づいて「美肌」をアピールしたものの、「今の湯に昔と同じような効能があるのか。検証結果が出るまで不安だった」と振り返っている。

20240426_09.jpg街の再生について語る角幸治氏(左) 発送ケースに入れた手書きメッセージ【1月24日】

手書きのメッセージ

 美肌効果が実証されたのを受けて温泉水を原料としたスキンケアコスメ商品を委託生産。新ブランド「姫ラボ」を販売する店舗が2010年にオープンした。石けん(80グラム)は1870円(税込み)と高価だが一番の売れ筋だ。新ブランドの年商は3億円に達している。その半分はネット販売が支えており、リピーターは7000人に上っている。

 ネット販売が好調な理由の一つは、発送時に添えている手書きメッセージ。デジタル事業に欠けている"ぬくもり"が好評で、その効果は4.95という極めて高いレビュー評価にも表れている。

 角氏は「この石けんのユーザーは温泉旅行に行くとき、玉造を迷わず選んでくれる」といい、玉造温泉の集客に貢献していると自負する。

「うる肌部門」1位

 「あるもの磨き」を徹底して美肌と神話で躍進を遂げた玉造温泉は、大手旅行サイトが公表している全国人気温泉ランキングで、「もう一度行ってみたい温泉地」「あこがれの温泉地」とも右肩上がりで上昇。2007年にそれぞれ48位と44位だったが、19年には19位と25位にアップした。

20240426_12.jpg「玉造温泉」の順位(出所)じゃらんの全国人気温泉ランキング、全国あこがれ温泉ランキングに基づき作成

 また、2016年に行われた「温泉総選挙」では「うる肌部門」1位、さらに初代グランプリに輝いた。

 温泉地に限らず、地域振興は各地で課題となっている。古くから栄えた都市や街、町や村には、その土地その土地に根ざした文化や歴史、気候風土がもたらす農産物や特産品があるはず。

 そんな"宝物"を改めて見つめ直して「磨く」ことが、地域を再生する第一歩になると玉造温泉の躍進は教えている。

「美肌ネクスト」

 玉造温泉のさらなる振興に向けて松江市は「美肌ネクスト」と題した新たな取り組みを始めている。現在進めているのは、温泉街から車で10分の山里にある小学校廃校を活用した新施設の整備。廃校は約90年前の建設で人気ドラマのロケにも使われた趣(おもむき)がある木造の建物だ。

20240430_10.JPG観光施設やオフィスとして活用する廃校の廊下【1月25日】

 地元野菜やその発酵食品をメインにした30席のレストラン、講堂を活用したコンサートホールのほか、かつての教室は現状のままオフィスとして5~6社に貸し出す予定。通信環境があれば場所を選ばないIT企業、アトリエとしても引き合いがあるという。

 さらに、街中では楽しめない農業・林業体験、Eバイクでフィールドを楽しむ拠点としても活用し、玉造温泉で2~3泊する旅行客の拡大につなげたい考えだ。松江市玉湯支所の比田誠支所長は「玉造に新たな魅力を作っていく時期になっている」と強調する。

薬草で内側からキレイに

 もう一つの柱は「内側からもキレイに、健康に。」をキャッチフレーズにした薬草湯治プロジェクト。観光協会玉造温泉支部、玉造温泉旅館組合などが参加する「ワクワク玉造温泉会議」と島根大学発の医薬ベンチャー企業が連携して推進している。

 この地方の薬草文化は美肌と同様、神話と関わりが深い。玉造温泉を発見したとされる少彦名命(すくなひこなのみこと)は大国主命と共に国造りをしたとされる医薬の神。出雲国風土記に記載された植物115種のうち8割以上が薬草だったという。

 出雲国風土記は玉造温泉について美肌効果のほか、「再び沐(あゆみ)すれば万病悉(ことごと)く除(い)ゆ=再び入ると万病が治る」と記しており、湯治の効果も古くから知られていた。

もう一つの「あるもの磨き」

 こうした薬草・湯治文化や歴史を踏まえて、神話を活用したウェルネスツーリズムを通じた地域振興を目指している。ウェルネスツーリズムは、ヘルスケアや美容・スキンケアなどに加え、地域の文化や歴史も体験する総合的な旅だ。

 その一環で玉造温泉会議は、肩こり腰痛や冷え、むくみ、肌ケアなど体の不調を手軽に改善し、温泉の効果を高めるというセルフケア湯治プログラム(島根大医学部監修)を発信するなどしている。このほか、入浴後に飲む薬膳茶、薬膳酒など新たな観光資源の創出に力を入れており、「美肌ネクスト」がもう一つの「あるもの磨き」として結実すると期待されている。

20240430_11.jpg温泉施設で販売されている薬膳茶【1月25日】

※写真撮影協力 リコージャパン島根支社

舟橋 良治

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※この記事は、2024年3⽉26⽇発⾏のHeadLineに掲載されました。

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