AIの未来と進歩の軌跡

 3年7カ月務めたリコー経済社会研究所の編集長を今月末で退任する。これまでは注目度が高い経済・社会の事象を中心に取り上げてきた。今回は退任を機に構えを少し大きくして世界史を振り返りながら、人工知能(AI)がもたらす未来について考えてみた。

長い道のり

 約1万年前の農業革命、18世紀後半からの産業革命、20世紀後半からの情報革命を経て現代に至っている。産業革命を境にさまざまな新技術が生まれ、世界の国内総生産(GDP)は100~150倍に拡大し、人口は約8倍に増えたと推計されている。国よってレベルが違うものの豊かな暮らしが実現。文化が育まれ、医療の発展で乳児死亡率が下がり、平均寿命は延びている。

 経済・社会的な発展に加え、政治制度や倫理・道徳の進歩にも目を向けてみた。その代表例の一つが奴隷制の廃止であり、女性参政権の実現だろう。

 奴隷制は民主主義を生んだ古代ギリシャを支えていたとも言われ、19世紀初頭まで欧米や世界各地に存在していた。そうした中、反対運動が最初に始まったイギリスで1833年に廃止法が成立。その後、アメリカやブラジルで同様の法律が成立し、廃止が世界的な潮流となっていった。国際的な原則として確立されたのは第2次大戦後で長い道のりだったが、進歩の軌跡だったと言える。

 また、19世紀後半まで女性に参政権がないのが一般的だった。アメリカで1848年に開かれたセネカフォールズ女性権利大会が女性参政権運動の象徴的な出発点とされる。これも長い時間を要したが、第2次世界大戦後に世界的に普及が加速した。ほかにも、長時間労働に関する規制、年金・医療をはじめとする社会保障制度の整備などが進んできた。

従来の進歩観に疑問も

 経済、社会、政治などさまざまな領域で「進歩」が確認できるが、現代はその軌道から外れていないか。世界の多くの国で貧富の格差が拡大し、社会の分断が進んでいると言われて久しい。その代表例であるアメリカは近年、社会の発展度の指標とされる乳児死亡率が他の先進国より高いだけでなく、2022年には前年より上昇した。科学技術や経済発展によって経済社会がより良い方向へ進んでいくという従来の進歩観に疑問を投げかけている。

 その米国を中心に開発が進むAI。そのAIにより、さまざまな業務が自動化されよう。その時、一人当たり労働時間の短縮が一段と進み、マクロ経済学の祖とも言われるジョン・メイナード・ケインズが予想した「週15時間労働」の実現につながる道があるかもしれない。

社会の安定性、経済の持続性

 そんなバラ色のシナリオではなく、AIの普及が多くの人々の仕事を奪って貧困に陥れ、失業者が大量に発生する事態を危惧する研究者も少なくない。一握りの超富裕層と大量の貧困者が住む世界になる可能性がある。これを意識してか、オープンAIのサム・アルトマン最高経営責任者(CEO)、宇宙開発企業スペースXを率いる実業家のイーロン・マスク氏らが、ユニバーサル・ベーシック・インカム(UBI)を有力な選択肢として言及してきた。

 UBIは所得や資産、就労状況などに関係なく、生活に必要な同額の現金をすべての市民に一律で支給する制度。失業手当てや生活保護などは不要になるものの、UBIを実現、維持するためには「AI長者」ら富裕層は莫大(ばくだい)な資金負担を求められよう。それでも、社会の安定性や経済の持続性を維持するため、AIの開発・普及で得られる巨額資金を再配分する方法の一つとしてUBIの検討が進む可能性もありそう。

 いずれの未来像も絵空事ではないだろう。

時代の節目、分かれ道

 AIの能力が急激に向上している今、大きな時代の節目、分かれ道に来ているのは間違いない。そして、その結論はまだ誰にも見えていない。今後、当研究所の研究員が目を凝らして時代の結節点に立ち会い、将来を見据えた前照灯となるリポートを発信してくれるに違いない。

 編集長は、記者時代に交流のあった鹿森秀輝君が11月1日から務める。研究員と二人三脚での活躍を期待したい。

《おさらい》

Q 人類社会はどのような進歩を遂げてきたのか。
A 農業革命、産業革命、情報革命を経て大きな発展を遂げた。国内総生産(GDP)や人口は大幅に増加し、医療の進歩によって乳児死亡率は低下、平均寿命も延びた。また、奴隷制の廃止や女性参政権の実現、社会保障制度の整備など、政治・倫理面でも着実な進歩が見られた。

Q 現在も進歩を続けているのか。
A 近年、世界的な格差拡大や社会の分断が進み、発展の軌道から外れつつあるかもしれない。米国では乳児死亡率の上昇など後退を示す兆候も見られ、経済成長だけでは社会の進歩を評価できない状況になっている。

Q AIは未来社会に何をもたらすのか。
A 大量失業やさらなる格差拡大を招く可能性がある。一方で、ユニバーサル・ベーシック・インカム(UBI)の導入、労働時間が大幅に短縮される可能性もある。人類は今、AIによって貧困と分断が深まる未来と、豊かさを広く共有する未来との分かれ道に立っている。

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舟橋 良治