光方式、常温で量子コンピューター
新たな産業革命につながると期待される次世代計算機「量子コンピューター」の実用化に向けて、各国の巨大企業が開発にしのぎを削っている。その先頭を走ると位置付けられているのは超電導を使う方式(注1)だが、光の制御技術を応用して量子を発生させる方式の研究が本格的に動き出している。光方式は超電導と異なり常温で稼働することなどから大規模化が容易とされ、量子コンピューター実現に向けた大きな一歩になる可能性を秘めている。
「10兆×1兆」年を4日に短縮
量子コンピューターが実現した暁にはどんな社会が待っているのか。例えば、計算能力を左右する「量子ビット」(量子コンピューターで情報を表す最小単位)数が100万レベルになると超高速計算により画期的な触媒の開発が可能になる。これを使って、大量のエネルギーや二酸化炭素の排出を伴わない方式で空気中の窒素を効率的に肥料として生成し、食糧問題の解決にもつながると期待される。1億ビットならば一人ひとりの体質や遺伝子に合わせて最適な薬の分子構造を設計でき、すべての人にパーソナライズされた創薬が可能になるという。

量子コンピューターへの期待(出所)NTT資料を基に作成
従来型の計算機が情報を「0」と「1」で処理するのに対し、量子コンピューターは「量子ビット」によって0と1を重ね合わせた状態で同時に表現できる。ビット数の増加に伴い、計算能力は指数関数的に向上。具体的には、1万ビットに拡大すると数日かかっていた計算が数分、100万ビットになれば「10兆×1兆」年の計算時間を4日に短縮できると期待されている。
容易でないビット数拡大
計算速度の飛躍的な向上により、さまざまな分野で革命的な進歩をもたらすとされる量子コンピューター。その中核の量子ビットを発生させるため、これまで超電導方式のほか、中性原子方式(注2)やイオントラップ方式(注3)などが研究されてきた。
このうち超電導方式は、超電導回路を使って量子ビットを発生させ、マイクロ派で制御する。既存の半導体技術との親和性や成熟度が高いのが強みで研究が最も進んでいるが、動作温度が極低温。配線などが複雑で大型施設が必要になる。この大型化が難しく、多額なコスト面も制約になっている。IBMやグーグル、日本ではNTTなども研究を進めてきたが、ビット数の拡大は容易でなかった。
中性原子方式は、中性原子を「光ピンセット」などで並べ、量子ビットとして制御・捕捉する。冷却は必要だが、極低温にする必要がなく、大規模化も可能という。しかし、真空状態や大規模な光学系制御装置が必要で技術の成熟度は低いとされる。イオントラップ方式は、電磁場でイオンを捕捉した上で、レーザーによって量子状態を操作する。しかし、動作環境は極めて高い真空で極低温。装置が複雑なため、負荷や需要に応じて拡張・縮小するスケーリングが難しい。
機器をコンパクト化
これらの方式に対して、光技術を使った新たな道の本格研究に入ったのがNTTだ。超電導方式も並行して研究してきたが、温度などの制約が少ない光方式に改めて着目。課題は、量子の性質を持つ光を作り出す量子光源だった。この課題のクリアに向けて、光通信の高度化の過程で培ってきた、光の増幅や性質を変化させる技術を量子光源に応用。東京大学での研究をベースとしたスタートアップ企業「OptQC」(本社東京)と連携・協力して2024年に光方式を実現した。

NTTが着目する光量子方式の利点(出所)NTT資料を基に作成
超電導方式で発生させた最大量子ビット数はこれまでIBMによる1121だった中、NTTの島田明社長は光方式の実用化により「圧倒的なスケーラビリティー(注4)、ビットの急激な拡大が可能になる」と強調。常温・常圧で作動するため、大規模な施設が不要で省スペース、機器のコンパクト化が可能になり、大きな投資も必要がないという。また、「(他方式の)10分の1から100分の1程度の消費電力で(量子ビット拡大を)実現できる」としている。
1億ビットを目指す
NTTは汎用(はんよう)的な計算を可能にする100万量子ビットを2030年に達成し、将来的に1億ビットを目指すとしている。ただ、光学回路が複雑になりチップ上での集積化が難しいなどさまざまな課題をクリアする必要がある。また、社会で広く使われる段階に向けた研究、実用化には資金力がものを言う。IBMやGAFAM(グーグルやアップルなど米巨大IT企業)などは莫大(ばくだい)な研究開発(R&D)費を継続的に投じおり、NTTが実用段階まで主導権を発揮できるかどうか。今後の展開が注目される。

研究開発(R&D)費比較(2023年度)(出所)ブルームバーグの各社データを基に作成
《おさらい》
Q 量子コンピューターが実現すると社会が大きく変わる?
A 例えば、一人ひとりの遺伝子に合わせた創薬など、新たな産業革命につながると期待されている。
Q 実現は近いのか。
A 計算能力を左右する量子の多数生成が必要で、超電導方式の研究が最が進んでいる。しかし、稼働条件である超低温などがネックで実用化に時間がかかっている。
Q 新たな方法はないのか。
A NTTが光方式に着目して研究を本格化している。常温・常圧で稼働し、大規模化も容易とされ、画期的な方法になる可能性もある。
注1 超電導方式:超電導回路で人工原子のような量子ビットを作る仕組み。超電導状態を維持するため絶対零度近くまで冷却する必要がある。冷却装置が大型で高コスト。
注2 中性電子方式:電気的に中性な原子をレーザーで捕捉し、量子ビットとして利用する。レーザー制御が非常に複雑で商用化は研究段階。
注3 イオントラップ方式:電磁場でイオン(荷電原子)を真空中に捕捉し、レーザーで量子状態を操作して量子ビットを生成する。
注4 スケーラビリティー(Scalability):システムなどが負荷や規模の変化にどれだけ柔軟に対応できるかを示す概念。大きくしてもきちんと動くこと。
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