2016年03月25日
最先端技術
研究員
平林佑太
スマートフォンやタブレットなどの爆発的な普及に伴い、紙の書籍は「冬の時代」が指摘される。その一方で、自分で撮った大切な写真だけは、「紙に印刷したい」「あるいはフォトブックとして製本したい」といった需要も急拡大している。こうした小ロットのニーズにキメ細かく応じるのが、オンデマンド印刷(POD=Print On Demand)である。中でも、デジタル商業印刷機を使ったプロダクションプリンティング(PP)が脚光を浴び始めている。
プロダクションプリンター(RICOH Pro C9110)
「想い出を何かの形で残したい」―。卒業式は写真需要が最も高まるイベントである。アナログ時代は大抵、印画紙を一枚一枚アルバムに貼っていた。最近は、「紙の雑誌」に匹敵する高画質と製本機能を実現するPPの登場により、自慢の傑作をフォトブックに仕上げて楽しむ人が増えている。その国内市場は昨年、120億円(507万冊)規模となり、過去8年間で6倍に拡大したと見られる。量販店にはフォトブック専用コーナーが設けられ、PPによって数分で仕上げられる。
(出所) 日本フォトイメージング協会HPを基に作成
(注) 2015年は予想値
東京・両国の国技館の近くにある、1931年(昭和6年)創業の新藤コーポレーションの本社を訪ねた。東京23区内では数少ない、営業・工場一体型の総合印刷会社の老舗である。最高執行責任者(COO)の田畑晴基さんは、個人向けフォトブックのさらなる市場拡大に自信を深めている。「従来のオフセット印刷では、小ロットのフォトブックは高価になってしまい、商売にならなかった。ところが、PPの登場によって一部数百円から受注できるようになり、ハードルが一気に低くなった」―
実際、新藤コーポレーションでは、個人からフォトブックの注文が昼夜を問わず、押し寄せている。田畑さんによると、「最近は『コラージュ志向』が強まっている」―。つまり、印刷会社が用意する既製のテンプレートではなく、自分だけのオリジナルの装丁でフォトブックを製本したいという人が増えているという。
株式会社新藤コーポレーション
http://www.shindo.co.jp/
新藤コーポレーションの
田畑 晴基さん
東京・六本木の閑静な住宅街の一角に、まだ歴史は浅いが、非常に魅力的な画廊がある。オーナーの玉木みどりさんは大手広告代理店を退職後、2014年9月に「市兵衛町画廊」をオープン。バーを併設しており、グラスを傾けながら、作品をじっくり堪能できる。
(提供) 市兵衛町画廊
http://www.ichibeicho.com/index.html
玉木さんは若手のカメラマンや画家の作品を積極的にとり上げ、創作活動を支援している。日本では美術館や画廊で作品を買う習慣が定着していないため、フォトブックを製作して会場で販売する。フォトブックの魅力を尋ねると、玉木さんは何冊かを手に取り、「一冊一冊、肌触りや匂いが違いますよね。そして何よりページをめくるたびに、『物語』を感じませんか?」―
「ページをめくる」という行為は、紙媒体の優れた特徴であり、フォトブックの魅力でもある。デジタル全盛時代でも、いやだからこそ、紙が発信する「物語」に人々は癒されるのかもしれない。
このほか、北海道のある幼稚園では、先生が園児の写真でフォトブックを作り、「園だより」として保護者に配布。一方、保護者はフォトブックで「子供の成長記録」を作り、園児の祖父母や親戚にプレゼントしている。
また、東北地方のある寺はフォトブックでガイド誌を作り、地元の書店が販売する。寺の紹介のほか、地域の年中行事や郷土料理とそのレシピなどが盛り込まれている。フォトブック市場の裾野は急速に広がり始めており、予想外の用途も続々と飛び出してくるかもしれない。
(写真)特記以外は筆者
PENTAX K-50使用
平林佑太