金融・EC・広告で進むAI活用
~変革迫られる企業経営~
人工知能(AI)、特に近年は生成AIの急速な発展普及により、企業経営が大きく変革を迫られている。中でも金融業界は顧客サービスの向上、Eコマースではパーソナルなサービス提供、広告業界はバーチャルなインフルエンサーの利用も進んでいる。ドイツの大手調査会社スタティスタの統計・市場見通しをベースに、この3業界の将来を見据えた最新動向をリポートする。
■「顧客体験の変革」――金融
スタティスタは2024年5月、今後AI活用が特に有望視される業界として「金融」「Eコマース(EC)」「広告・メディア」の三つを挙げた。
金融業界はAI利用において先駆的な役割を果たし、2000年代後半からAIが広く活用されてきた。そうした中で、新たに生成AIが業界を大きく変革する可能性を秘める。金融業界における世界のAI関連支出は2027年に970億ドル(約16兆円)に達すると見込まれ、年間平均成長率(CAGR、期間2023~27年)29%と急成長すると予想されている。
金融業界における世界のAI関連支出(出所)スタティスタのデータを基に作成
(注)CAGR=ある一定期間の平均的な年間成長率
金融業界では銀行や生保、損保などで幅広くAIが活用され、利用は「当たり前」になりつつある。特に業務効率化や顧客サービスの向上、リスク管理といった領域で画期的なイノベーションが起きつつあり、日本も例外ではない。
以下、金融業界における日本のAI活用事例をまとめた。
企業名 | AI活用事例 |
銀行A社 | 投資先となるスタートアップ企業の発掘で活用。AIによるデータ分析から投資の是非を判断する新システムを2025年に導入予定。 |
銀行B社 | 独自の生成AIシステムを開発。顧客の各種照会に対する回答を学習させ、問い合わせ時に回答案を即時作成。また、最新の業界動向や過去の稟議(りんぎ)書データなどをAIに学習させ、融資稟議書の作成を支援。 |
銀行C社 | 電話やチャットなどを使った顧客応対に生成AIを活用。顧客とのやりとりをリアルタイム分析し、回答や関連サービスなどをオペレーターに提案。 |
損保D社 | ドローン撮影画像をAI解析し、損害箇所を自動で特定。損害調査を迅速化。 |
生保E社 | AIが健康データを分析し、リスク評価を行う。 |
生命F社 | AIによる保険金給付金不正請求検知システムを導入。AIが過去の請求データを学習し、不正の可能性がある請求を検出。 |
新規参入企業G社 | フリマアプリの利用実態をAIが分析、購入者の信用度を評価し、与信枠(一括払い・分割払いの限度額)を決める。業務効率向上のほか、収入が不安定なフリーランスや学生など、従来では与信を受けにくかった人でも、取引状況によって与信枠が広がる可能性。 |
日本の金融業界におけるAI活用事例(出所)各種報道を基に作成
「おカネ」に独自の付加価値
今後は業務効率化や顧客サービスの向上、リスク管理にとどまらず、いかに「独自の付加価値」を生み出すかが競争力向上のカギになりそうだ。AI活用で、これまでにない顧客体験を提供できれば、「おカネ」という同質の商品を扱う金融業界において、他社にない強力な市場優位性を獲得できる可能性を秘める。
例えば、生命保険大手の第一生命保険株式会社は「顧客体験の変革」を目指してAIアシスタント「ICHI」を開発・試行中である。ICHIは顧客を相手に友人のように親しみの湧く会話をするAI。多くの保険営業員が苦労する、「初対面の顧客」との打ち解けた"人間関係"構築を受け持ってくれるというわけだ。AIと顧客との雑談の中で、保険検討ニーズのあるユーザーがいれば資料請求や保険相談等につなげ、最終的には契約締結までを目指す。
「人間らしさ」に磨き
第一生命DX推進部イノベーションラボでICHIの開発・導入を主導する白鳥央氏は、「ICHIは(真夜中などでも)好きな時間に相談できる、親しみやすい友達のような存在です。まだ改善の余地はありますが、今後さらに『人間らしさ』を磨き、顧客体験を革新させる可能性を秘めています」といい、AIがもたらす新たな価値創造へ期待を寄せる。
白鳥央氏(提供)第一生命
(注)2012年入社。新規事業創出に取り組む。次世代イノベーター育成プログラム「始動Next Innovator 2019」にて米国シリコンバレー派遣に選抜。
解決すべき課題もある。保険商品の販売や勧誘を行うには内閣総理大臣に登録された保険募集人でなければならない。そのため、ICHIは資料請求や保険相談のウェブページ案内はできるが、保険の勧誘や契約手続きを行うことは原則として認められていない。
加えて、AIがハルシネーション(もっともらしいうそ)を生み出す懸念もある。将来的にAIが勧誘を担えるようになった場合でも「金融商品のリスク説明を誤ると最悪の場合、訴訟に発展する可能性がある」。白鳥氏は「規制を管轄する金融庁と連携しながら、新しいAI活用方法を模索していきたい」と今後を展望している。
■よりパーソナライズ――Eコマース
2020年以降、新型コロナウイルスの拡大に伴い実店舗の売り上げが減少する一方で、世界のEコマース(EC)市場は急成長した。今後も年間平均成長率(CAGR、期間2024~29年)9.5%で拡大し、29年には7兆ドル(約1100兆円)に達する見込みだ。23~24年のEC市場は14.5%の成長が見込まれ、このうち1.1%(310億ドル)分はAI技術による寄与と予測する。23年時点で業界企業の約3割がAIを活用し、顧客価値向上や生産性向上を図っている。
EC業界の世界の市場規模(収益ベース)(出所)スタティスタのデータを基に作成
(注)CAGR=ある一定期間の平均的な年間成長率
例えば、米EC企業B社は顧客のサイト上での行動データをAI分析することで「服などのフィット感を正確に把握した上で商品を提案」などのパーソナライズされたサービスを提供する。また、AIを活用した需要予測や在庫管理により、人が行っていた作業を削減し、無駄な在庫の圧縮もできる。以下に、EC業界におけるAI活用事例をまとめた。
企業名 | AI活用事例 |
中国EC企業A社 | 自社のマーケットプレイスで自社開発の対話型AIのチャットボットが困りごと解決を支援するなど顧客体験向上を目指す。質問に対し95%はAIが対応可能。 |
米EC企業B社 | アパレル商品の返品削減に向けて2024年、AIで服などのフィット感を正確に把握した上で商品を提案し、顧客体験を改善する。また、生成AIを用いて商品レビューを要約。商品を選ぶ際、顧客がレビューを比較する手間を削減。 |
米EC企業C社 | 配送までの時間予測や的確な価格設定、クレジットカード詐欺の検出などにAIを活用。 |
独EC企業D社 | ChatGPTベースのファッション・ショッピング・アシスタントを発表。3Dアバターを使って服をバーチャルに試着できる。 |
日本EC企業E社 | フリマアプリで顧客が手軽に出品できるよう商品の説明や価格設定をAIがサポート。写真を撮影またはアップロードしてカテゴリーを選ぶだけで、商品説明、商品状態、販売価格など出品に必要な情報が自動入力される。 |
EC業界におけるAI活用事例(出所)各種報道を基に作成
信頼性に課題
一方、AIを活用する上での課題の一つに、顧客に提供する情報の「信頼性」が挙げられる。
従来からECと信頼性は切っても切り離せない関係にある。EC黎明(れいめい)期には実店舗がないことへの不安やオンライン決算への不信感などから、売り上げが伸び悩む時期があった。これに対し、EC各社は「返品保証」や「評価システム構築」などさまざまな取り組みを進めてきた。実物を手に取れないECでは、いかにWEB上で信頼を築けるかが売り上げを左右する。
AIの活用が進む現在、同じ課題に直面している。スタティスタの調査によると、約半数の顧客が、AIの提供する情報に対し懐疑的だという。高度な分析を行い有益な情報を提供しても、それが顧客に信頼されなければ購入にはつながらない。
このため、AIが提供する情報の根拠を明示して透明性の向上を図ったり、AIが誤った情報を提供した際の保証制度を整備したりするなど、顧客の信頼を獲得するための施策が必要になるだろう。
■「対話型」で訴求力向上――広告・メディア
2024年、世界の広告・メディア市場は1兆ドル(約158兆円)を超える見込みだ。特に、インスタグラムやX(旧ツイッター)などのSNSへの広告配信が一般的になり、スマホやパソコンなどに配信されるオンライン広告が市場の70%近くを占めているとされる。
また、2023年~24年にかけての市場成長率は約5.9%、そのうち2.2%(約23億ドル)分がAI技術の寄与だという。今後、同市場は年間平均成長率(CAGR、期間2020年~28年)6.9%で拡大し、28年には1.3兆ドル規模(約200兆円)に達する見込みである。
広告・メディア業界の世界の市場規模(支出ベース)
(出所)スタティスタのデータを基に作成(注)CAGR=ある一定期間の平均的な年間成長率
スタティスタによれば、10~20代の「Z世代」や「α世代」などの若者は目的の情報にアクセスする際、恣意(しい)的なオンライン広告を好まない傾向が世界的に高まっているという。このため、従来の一方的に情報を押し付けるような広告では効果は低い。
対話から興味・趣味を引き出す
そこで、AI技術を活用することで、効果的な商品紹介・広告を目指している。例えば、次世代型AI検索は対話を通じてユーザーの趣味などを自然な形で引き出し、興味を持ちそうな商品を対話の中で提示。ユーザーがその商品に関心を示した場合、AIがその場で関連情報を提供する。これは、企業と対話型生成AI提供者が提携、商品情報を組み込むことで実現する。追加の質問にも即座に回答して違和感なく商品の「納得感」を高め、成約につなげる。
インタラクティブ(双方向)なプロセスでの広告(イメージ)
(出所)各種調査を基に作成
また、人間のようなキャラクター(アバターやバーチャルヒューマン)がSNSなどでユーザーとコミュニケーションして親近感や信頼感を築くAIインフルエンサーは、新たな広告手法として着目を浴びている。
アバターにフォロワー数十万人
日本のインターネットマーケティングA社が手掛けるAIを活用したバーチャルなインフルエンサーは、雑誌や有名ブランドのモデルを務める。発信内容の作成や、フォロワーとの交流などは「人」が管理・運営しているが、一部は生成AIによる対話機能を持っている。こうしたアバターのフォロワーが数十万人に達するケースも珍しくない。
将来的にはAIが対話内容などを自律的に判断してインフルエンサーとして活躍する可能性もある。このAIインフルエンサーはコンテンツ制作やフォロワーとのコミュニケーションなどを担い、人間の介在なしに影響力を持つ存在になるかもしれない。
企業はAIインフルエンサーに情報投稿を任せることで①発信したいイメージを忠実に表現できる②人(芸能人、著名人など)に依頼するよりコストが安い―などの利点がある。スタティスタは2025年中にはAIインフルエンサーが一般的になると予想する。
以下に、広告・メディア業界におけるAI活用事例をまとめた。
企業名 | AI活用事例 |
日本インターネットマーケティングA社 | 同社が手掛けるAIインフルエンサーは、雑誌や有名ブランドのモデルを務めるアバター。Instagramでのフォロワー数は数十万人にのぼる。多くの大手企業の広告モデルにも起用された。 |
米動画配信サービスB社 | AIと機械学習を活用して膨大な顧客データ(視聴行動、検索履歴、評価など)をリアルタイムで分析し、継続利用したくなるような、カスタマイズされたコンテンツ推奨機能を提供。 |
英広告代理店C社 | 広告デザイナーが迅速、効率的に高品質な商用コンテンツを作成可能にするAIを活用したコンテンツエンジンを開発。 |
広告・メディア業界におけるAI活用事例(出所)各種報道を基に作成
これまでパソコンやインターネットが働き方やサービスのあり方を大きく変え、付加価値を生んできた。今回紹介した三つの業界ではAIの活用を通じたビジネスモデルの変革を迫られている。急速に進化しているAIによる新しい価値創造に期待したい。
参考文献
「AI Trends: Roadmap to 2025」(statista、2024年5月)
https://www.statista.com/news/wp-ai-trends/en
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研究員 仲村 直人