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人工衛星の衝突を回避

 スタートアップが挑む「宇宙交通安全」

2024年09月13日

最先端技術

客員主任研究員
新西 誠人

 現代の生活は人工衛星を使ったサービスに大きく依存している。日常生活だけではない。ロシアの軍事侵攻でウクライナのインターネット回線が遮断された際、兵器運用に不可欠な通信を可能にしたのが人工衛星だったのは記憶に新しい。人工衛星は爆発的に増えており、2020年頃からが特に顕著だ。そうした中、課題も生んでいる。無数の人工衛星やデブリ(宇宙ゴミ)が増えるにつれて衝突のリスクが増大しているのだ。この課題の解決に日本のスタートアップ企業「スターシグナルソリューションズ」(岩城陽大社長)が挑んでいる。

 宇宙航空研究開発機構(JAXA)に勤めながら副業として同社を昨年10月に起業した岩城社長は「宇宙法」の専門家でもある。人工衛星の衝突事故を防ぎ、宇宙での「交通安全」の提供を目指す。

20240911_02.jpeg地球の軌道上に浮かぶデブリ(イメージ)

2030年に100兆円市場

 「宇宙」は無限の可能性を秘めた最後のフロンティアとして、多くの人々の夢をかきたててきた。今でも多くの起業家が宇宙を目指し、実際にロケットや人工衛星の開発を進め、2030年には100兆円ともいわれる宇宙ビジネスでの覇者を目指している。

 その恩恵はわれわれにも降り注いでいる。今や、人工衛星なしでは、生活が成り立たない。例えば、台風や線状降水帯などによる自然災害の脅威が増す中、より正確な天気予報で備えができるのは、人工衛星が宇宙から地球を見守っているおかげだ。ほかにも、自動車を運転する際にはカーナビを使うのが当たり前になっている。これも人工衛星から受け取る位置情報が不可欠だ。

20240911_03.jpg宇宙空間に打ち上げられた物体数

低い軌道に大量の衛星配置

 岩城氏によると、2030年までに5万8000基の人工衛星が打ち上げられるとする米国政府機関の報告もあるという。例えば、ウクライナに衛星インターネット通信を提供した米スターリンクは、打ち上げや通信のコストが低くなる高度約550キロメートルの比較的低い軌道に大量の人工衛星を配置し、地球上のどこでも通信を可能にする。今年4月時点で6000基を超える人工衛星を打ち上げており、さらに数万基にまで増やす予定だ。

 衛星通信サービスはスターリンクだけでなく、他にも業者が存在する。中国も1万基を超える通信衛星の打ち上げを計画しており、これは先の5万8000基には含まれていない。宇宙は一層混雑する見込みである。

衝突リスクは年3700万回

 このように宇宙が混雑する中、人工衛星の衝突回避策はどうなっているのだろうか。衝突リスクがある衛星同士の接近は年間3700万回もあるというが、回避のルールは定まっていない。そのため、その都度どちらかが避けなければならない。例えばJAXAは、1日に300件以上の宇宙物体の接近情報を受け取り、回避計画を作成しているという。

 ただ、衝突を回避するために進路を変えると、人工衛星が目的の場所を撮影できない可能性がある。また回避のためには燃料を使うが、この燃料消費が人工衛星の寿命を左右するといってよい。

「衝突回避ナビ」を開発

 公開されている人工衛星の接近情報は10キロメートル以上の誤差があったり、小さいデブリについてはアラートされなかったりする。デブリは小さくても弾丸を上回るスピードで動いている。人工衛星に当たれば無傷では済まないが、回避の指示自体が出せない。

 こうした状況への解決策を提供するため、スターシグナルソリューションズは「衝突回避ナビ」を開発した。衝突回避ナビは、人工衛星やデブリの軌道情報に基づき、最も効率的な避け方を人工衛星事業者に提供する。

 衝突確率は高くはないが、これまでにも事故は起きている。また人工衛星の総資産価値は現在、4兆5000億~9兆円。人工衛星は価値が高く、オペレーターの人件費もかかる。岩城氏は、衝突回避サービスの市場規模を700億~1500億円以上と試算している。

20240911_04.png衝突回避ナビのイメージ画像(出所)スターシグナルソリューションズ

デブリの位置も把握

 このサービス提供には、人工衛星やデブリの正確な位置を知るのが不可欠だ。では、どのように位置を特定するのだろうか。スターシグナルソリューションズはまず、ほとんどの人工衛星に元々搭載されているスタートラッカーに着目した。スタートラッカーは人工衛星が自分の位置や方向を知るために搭載されている光学センサー。複数の星を自ら撮影し、その画像から自分の位置を計算する。いわば、星を頼りに外洋で位置を測定する天測航法のようなものだ。

 また、人工衛星とは異なる動きをしている物体の情報は「ノイズ」として捨てられていたが、これはデブリなどの可能性が高い。岩城氏によると、ノイズ情報も利用することで、シミュレーションでは衛星の100キロメート以内にある物体ならば9割は把握できるといい、公開情報などを組み合わせてさまざま位置情報を正確に分析している。

米国でも同種事業

 同社は岩城社長が、JAXAで実際に衝突回避業務に携わっているメンバーと一緒に創業した。メンバーはデブリの観測から軌道解析、アプリケーション開発まで専門家がそろっている。JAXAで培った技術力と現場で培った衛星運用の「感」は独自の強みを発揮。内閣府主催の宇宙ビジネスを対象としたコンテスト「S-Booster2021」の審査員特別賞をはじめ、多数受賞している。

 しかし、その道のりは順風満帆ではなかったようだ。

 創業初期に直面した最大の課題は、「私たちが考えていた事業案とほぼ同じことを米国防高等研究計画局(DARPA)が始めたことです」。岩城社長は、こう振り返る。先を越される可能性もあったため、「当時は焦りもありましたが、自分たちの考えが間違っていなかったという確認にもなりました」という。この経験を通じて、自分たちの強みを再確認し、焦らず柔軟に対応することで乗り越えてきた。

20240911_01.jpeg

交通ルールを作る

 スターシグナルソリューションズのシグナルは「信号機」という意味もある。また、衝突回避ナビの提供は最終目標である「宇宙交通安全協会」への通過点と位置付けている。「私たちのビジョンは『宇宙の交通事故を防ぐことで宇宙の環境を守り、地球の豊かな暮らしと宇宙活動の未来を築くこと』です」と岩城氏は語る。

 自動車も最初は交通ルールがなかったが、普及するにつれてルールができてきた。宇宙は、交通ルールがまだはっきりしていない状態。そんな中、いわゆる宇宙先進国だけでなく、途上国からの参入の勢いも増してきている。そこに最低限の安全の基盤を提供したいという。

日本から解決策を発信

 そもそも、どのように宇宙の交通事故防止というビジネスアイデアを思いついたのだろうか。岩城氏は「私がウィーンに行った時に国連での議論を聞いたことがきっかけです」と語る。2019年に採択された「宇宙活動に関する長期持続可能性ガイドライン」についての議論に触れ、「宇宙交通問題やサステナビリティに対する関心が高まっているのを感じました。日本から世界に向けて解決策を発信したいという思いで事業を立ち上げました」と、起業の経緯を話してくれた。

20240911_05.jpgJAXA相模原キャンパスでHAYABUSA2の前に立つ岩城氏【7月26日、相模原市】

 現在もJAXAで働きながら、いわば「放課後活動」として起業した岩城氏。これから起業をする人へのアドバイスを聞いた。「最も重要なのは、自分しか知らない課題や問いを大事にすることです。仲間を見つけ、フィードバックを受けながら仮説を立て、それを検証していくことが成功の鍵です。新しい環境や場所に身を置くことで、思考の幅を広げることも大切です」という。

JAXAにいたからこそ

 JAXAで働き、宇宙活動に関する「長期持続可能性ガイドライン」を策定する現場にいたからこそ、人類に不可欠な課題解決に行きついた。そして、周りを巻き込みながら起業し、現場の意見なども取り入れられたといえる。

 宇宙ビジネスの拡大とともに、人工衛星の混雑や衝突リスクといった課題が浮き彫りになった。これに対応するためには、技術革新だけでなく、各国政府や企業の協力、そして新たなルール整備が必要不可欠だ。スターシグナルソリューションズのような企業が提供する先進的なサービスは、宇宙の交通安全を確保し、宇宙ビジネスの持続可能な発展を支える役割を果たすだろう。未来の宇宙社会をどのように形作っていくか、今後も注目していきたい。

新西 誠人

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