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道路のひび・わだち・凹凸を見逃さない

=ステレオカメラが道路点検で活躍=

2017年10月18日

最先端技術

研究員
伊勢 剛

 リコーのカメラや複合機(MFP)、プリンターなどの主力商品は、幅広い技術の融合によって生み出されてきた。中でも、光学と画像処理は欠かすことのできない基幹技術である。今回、こうした技術を老朽化した道路の点検に応用する取り組みを紹介する。

 現在、リコーグループでは産業用途向けに様々な特徴を持ったカメラを販売している。その一つがステレオカメラだ。その名前の通り、二つのレンズを持つ。右のレンズで撮影した像と、左のそれでは像が異なる。その違い、すなわち「視差」を利用して測定対象までの距離を測るのである。

20171019_01.jpgステレオカメラ「SV-M-S1」 
(出所)リコー

 実は、このステレオカメラの技術が意外な分野で活躍が期待されている。全国の地方自治体が所管する、道路点検への応用である。1960年代の高度経済成長期以降、道路は急速に整備されてきたため、老朽化が社会問題になっているのだ。

 日本の道路の総延長は127万kmに及ぶ。うち115万kmについては、都道府県・市町村が維持管理を行い、路面性状点検が数年に一度実施されている。ただし、自治体の予算が限られる中、主要な道路しか点検できていないのが実情だ。また、大型専用測定車両による点検では、幅の狭い生活道路まで入ることができないという問題もある。

舗装道路施設数(建設年代別)

20171019_02.jpg(出所)国土交通省

 こうした問題の解決に向け、リコーは一般車両にステレオカメラを取り付け、路面の点検ができるシステムを開発した。専用測定車両に比べて小型のため、生活道路にも入り込める。下の写真の車両では、後部の黒いカバーの中に搭載されたステレオカメラ5台によって、車線一つ分の路面状況をフルに測定できる。走行しながら、路面のひび割れの状態やわだちの深さ、平坦性(路面の凹凸)を正確に把握できる。

20171019_03.jpgステレオカメラ5台を搭載した一般車両
(出所)リコーICT研究所

 このシステムを開発した責任者、リコーICT研究所の伊藤泉スペシャリストによると、ステレオカメラを使った路面点検システムは世界初という。「手軽に点検ができるようになるので、将来は自治体が管理する全道路で路面点検のお役に立ちたい」と語る。

20171019_04.jpg路面点検システムを開発した伊藤氏
(写真)筆者

 その一方で、路面点検システムを開発していく上では高いハードルもある。パソコン上ではなく、現実の道路で実測してみないと、性能評価ができないのだ。研究所内の路面など私有地での実験では十分なデータが集まらない。他方、公道で実験するためには、様々な規制や届出が必要になり、簡単には実施できない。

 そこで国から「地方創生・近未来特区」に指定されている秋田県仙北市を中心に、リコーや国土交通省東北地方整備局や秋田県などが「路面性状モニタリング実証実験コンソーシアム」を立ち上げ、2016年11月と2017年4月に実証実験を行った。

 実証実験の開始時期が決まったのは、2016年の6月ごろ。伊藤氏は「通常1年間ぐらいかかる準備作業を、その半分以下の時間で進めなければならない。実証実験のシステム仕様と開発分担を決めるのに苦労した」「メンバー間の密なコミュニケーションと、全員一丸となった迅速な開発によって、実現することができた」と振り返る。

 関係者の努力が実を結び、仙北市における実証実験では、国土交通省が定めた基準(舗装調査・試験法便覧)に従って「ひび割れ率」「わだち掘れ量」「平坦性」を正確に測定することができた。目視や大型専用車両に依存しなくても、一般車両で容易に路面点検ができる時代の幕が開いたのだ。

 しかしながら、課題も二つほど見つかった。点検の効率性を高めるためには、今後走行速度を上げても、ステレオカメラで問題なく撮影できるようにする必要がある。また天候についても、快晴で照度の高い状況では、十分なデータが得られないという弱点も指摘された。

 いずれの課題も解決に向け、開発陣は既に取り組み始めた。伊藤氏は「道筋が見えてきた。次の試作システムの開発も順調に進んでいる」と自信を示す。道路インフラの老朽化は待ったなしの状況。一刻も早くその社会的課題の解決に貢献できるよう、リコー開発陣はギアを上げる。

 ここまで道路点検の事例を紹介したが、さらにこのステレオカメラは企業の業務改革にも応用が期待されている。まず、倉庫業務の可視化による効率改善の検討が始まった。倉庫内で人の動きをステレオカメラが検知し、データ化する。そのデータを解析し、効率的な人の導線やフロアプランを改善提案するというものだ。既にリコーグループ内の倉庫で実証実験がスタートしている。

 今回は道路点検と倉庫業務の効率改善という、ステレオカメラを応用した二つの事例を紹介した。いずれも「距離を測ること」が必要である。地球上には、この測距に困っているケースがたくさんあるに違いない。ステレオカメラが活躍する世界は急速に広がっていくかもしれない。

20171019_05.jpg人の動きをデータ化(イメージ図)
(出所)リコーICT研究所

お知らせ:路面性状モニタリング実証実験コンソーシアム最終報告

研究テーマ:路面性状モニタリングシステム

伊勢 剛

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※この記事は、2017年9月29日発行のHeadLineに掲載されました。

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