Main content

光を操るものづくり技術

=岩手県・花巻で設計と生産を一括開発=

2018年02月16日

最先端技術

研究員
伊勢 剛

 リコーの複合機(MFP)やプリンター、カメラなどの主力商品を支えるキラリと光る技術。それはまさに光学技術であり、光学系製品の開発から量産までを担うのがリコーインダストリアルソリューションズ(RINS)花巻事業所(岩手県花巻市)だ。この事業所は東京ドーム2.5個分(11万9992平方メートル)もの敷地面積を有し、800人弱の従業員が働いている。

20180215_01.jpg

 花巻事業所はリコー光学として1973年に設立され、40年以上の歴史を持つ。当初はカメラの量産工場として、ハーフサイズカメラ「リコーオートハーフ」シリーズなど数多くの名機を世の中に送り出してきた。

20180215_02.jpg事業所全景
(提供)RINS花巻事業所

 花巻事業所がある岩手県中央部は設立当時、長野県諏訪地域に並ぶ精密機器メーカーの集積地だった。北上川のきれいな水と空気が精密機器の生産に適していたからだ。

 ところが、1990年代に生産から設計へと幅を広げ始めると、花巻事業所に大きな転機が訪れる。海外勢とのコスト競争を強いられ、台湾や中国にカメラ生産が移管されることになったのだ。工場存続も危ぶまれる中、従業員はさまざまな議論を重ね、試行錯誤を繰り返し、一丸となって次の一手を模索した。

 危機から救ってくれたのが、設立時から事業所に蓄積してきた光学の技術・人材である。レンズやミラーなどの加工生産技術と光学設計技術を組み合わせ、新たなビジネスチャンスを模索したのだ。設計者自らが幅広い業種のお客様先に足を運び、多くの方々から話を聞いたそうだ。こうした危機感をバネに生まれ、主力商品に育ったのがプロジェクター用レンズモジュールだ。

20180215_03.jpgプロジェクター用レンジモジュール
(出所)リコーHP

 花巻事業所が次の主力商品として照準を合わせたのは、自動車に搭載するカメラ。車のIT化に伴い市場が急速に拡大し、車載用レンズからステレオカメラまで生産の幅を広げ、今や量産拠点である。

 このように花巻事業所では、時代の変化の中で光学系のさまざまな技術を蓄積してきた。コアの生産技術としては研磨などのガラスレンズ加工技術やプラスチックレンズ精密成形技術、微細プロセス加工技術、薄膜蒸着技術などがあり、これに光学設計やメカ設計、モジュール設計を組み合わせながら、事業の幅を広げている。

20180215_04.jpgガラスレンズ研磨加工工程
(写真)筆者

20180215_05.jpgプラスチックレンズ成形工程
(提供)RINS花巻事業所

20180215_06.jpg薄膜蒸着工程
(提供)RINS花巻事業所

 この「設計と生産の一括開発」こそが、花巻事業所の最大の特徴である。優れた設計技術と生産技術をうまく融合していかないと良いものづくりはできない。また、同じ拠点で一括して開発するからこそ、独自の製品を素早く生み出し、事業の幅を広げられる。

 花巻事業所のある花巻市は人口約10万人で岩手県内第四の都市。「銀河鉄道の夜」などの作家、宮沢賢治の故郷でもある。賢治は1896(明治29)年、花巻川口町(当時)で生まれ、花巻農学校で教べんを執った。1933(昭和8)年に37歳の若さで永眠するまで、この街を愛し続けた。

 東北新幹線・新花巻駅から車で3分ほど小高い山を上ると、宮沢賢治記念館が現れた。賢治の世界観を支える「科学」「芸術」「宙(そら)」「祈」「農」の五つの部門に分かれ、病床で書いて没後発見された「雨ニモマケズ」など多くの作品原稿が展示されている。自然と人間を愛した賢治の世界を現代にしっかり伝える記念館だ。

20180215_07.jpg

20180215_08.jpg宮沢賢治記念館
(写真)筆者

 記念館駐車場の一角には、代表作の一つ「注文の多い料理店」に登場する「山猫軒」をモチーフにしたレストランがある。賢治の世界観に浸りながら、地元特産ブランド豚「白金豚(プラチナポーク)」のトンカツや花巻石黒農場の「ほろほろ鳥」を味わえる。

20180215_09.jpgレストラン「山猫軒」
(写真)筆者

 花巻市の文化を語る際、外せないのが毎年9月に開催される「花巻まつり」。420年を超える歴史があり、例年100基を超える神輿(みこし)が街中を練り歩く。花巻事業所も自前で神輿を所有する。祭り当日は従業員に加え、その家族やお取引先も一体となって「ワッショイ、ワッショイ」...

20180215_10.jpgRINS花巻事業所の神輿
(提供)RINS花巻事業所

 この「花巻まつり」をはじめとして、花巻事業所は「はなまき産業大博覧会」への出展や矢沢地区里山保全活動など地域に密着した企業活動を進めている。従業員の約7割が花巻市出身であり、近隣市町村を含めるとそのほとんどが地元出身者。人と人とのつながりが、「設計と生産の一括開発」の源となっているのだろう。

 花巻事業所の千葉雅樹所長は「工場存亡の危機を脱した一つ要因として、粘り強い東北人気質が挙げられる」と指摘する。危機を乗り越えながら積み重ねてきた成功体験は、これからも新たな事業開拓に向けたエネルギー源となるはずだ。

 ただし、そのためには働く場の環境改善が急務である。千葉氏は「粘り強く危機を乗り越えてきたものづくり技術を守るため、働きやすい職場環境を整備していきたい」と話す。築40年以上の建屋があり、しかも増床の連続で温泉旅館の建て増しのようにも...。千葉氏は「寒い冬は更衣室まで行くのが大変。真に地元密着を実現するために、働き方変革でも地域ナンバーワン企業を目指したい」と力を込める。

 将来展望として、千葉氏は「花巻事業所でしか作れないデバイスやモジュール、システムで勝負したい」と強調する。得意な光学技術と「設計と生産の一括開発」を武器に、商品競争力に磨きをかけるという。「二刀流」で米大リーグ入りを決断した花巻東高校出身の大谷翔平選手と同じく、千葉氏の視線は「世界」に向けられている。

20180215_11.jpg千葉事業所長
(写真)筆者

伊勢 剛

TAG:

※本記事・写真の無断複製・転載・引用を禁じます。
※本サイトに掲載された論文・コラムなどの記事の内容や意見は執筆者個人の見解であり、当研究所または(株)リコーの見解を示すものではありません。
※ご意見やご提案は、お問い合わせフォームからお願いいたします。

※この記事は、2018年1月1日発行のHeadLineに掲載されました。

戻る