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思わず手書きの手紙を送りたくなる

=新たな学問「仕掛学」をご存知ですか?=

2019年01月29日

最先端技術

研究員
新西 誠人

 新春、大学時代の恩師から届いた手書きの年賀状。人柄がにじみ出た味のある字を眺めていると、論文の原稿を真っ赤にして返してくださった時の記憶が蘇った。同時にふと、「自分が手紙を手書きしたのはいつだろうか」と考え込んでしまった。

 今では、文章によるコミュニケーションのほとんどに電子メールやソーシャルメディアを使っているからだ。年賀状を除けば、紙の手紙をほとんど出さなくなった。その年賀状も最近は、パソコンでデザインしてプリンターで印刷している。書く側にとっては楽なことこの上ないが、受け取る側はどうだろう。手書きはキーボードを使うよりも記憶に残る※という研究結果がある。筆者のように、手書きの手紙から昔を思い出すこともあるだろう。


※「The pen is mightier than the keyboard advantages of longhand over laptop note taking.」Pam A. Mueller and Daniel M. Oppenheimer, 23 April 2014, Psychological Science.


 多くの人がこうした手書きの良さを認めたとしても、実行に移すのは面倒だと思うはず。ところが、つい手紙を手書きしたくなるなど、人の行動を変えるきっかけを研究する「仕掛(しかけ)学」なる学問があると聞き、提唱する大阪大学大学院経済学研究科の松村真宏教授を訪ねた。

 仕掛学は新たな学問で、人の行動を変えるきっかけを研究する。例えば、職場のファイルボックスを順番通りに並べてほしいとしよう。「綺麗に整頓しましょう」と張り紙を貼って効果がない場合、ファイルボックスの背表紙に斜線を1本引く「仕掛け」を活用する。松村教授は「順番が違っているとその乱れが気になり、斜線に沿って並べたくなるのです」と説明する。

 このほか、男子トイレの便器に付いている小さな的に飛び散らないようにするための仕掛けが施されている。仕掛けにはモノや仕組み、システムなどが使われるが、悪意を持って人を操るのが目的ではないので、それに人が乗るか乗らないかは重視していない。

20190129_01.jpg思わず整理整頓したくなるファイルボックス
(提供)松村真宏氏


20190129_02.jpg松村 真宏氏(まつむら・なおひろ)
 大阪大学大学院経済学研究科教授。1975年大阪生まれ。大阪大学基礎工学部卒業。東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。工学博士。 
 2004年大阪大学大学院経済学研究科講師、2007年同大学准教授。2017年現職。2004年米イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校客員研究員、2012~2013年米スタンフォード大学客員研究員。専門は仕掛学と行動変容の理論と方法。



 松村教授には手紙を手書きしたくなる仕掛けも教えていただいた。それは意外に簡単なものだった。お菓子の空箱で封筒を作るというのだ。「この目新しい封筒を作ると人に見せたくなる。それでだれかに手紙を送りたくなり、つい手紙を書いてしまう」(松村教授)というのがこの仕掛けのカラクリである。封筒が定形サイズ(縦14〜23.5センチ、横9〜12センチ、厚さ1センチ以下)であれば、宛名を書いて所定の切手(25グラムまで82円、50グラムまで92円)を貼り、ポストに投函すればよい。

20190129_03.jpgお菓子の空箱を使った封筒
(写真はイメージです。一部加工してあります。)

 この仕掛けの使い方としては、小学生の孫がおばあちゃんに手紙を書くのを想定しているそうだ。孫はおばあちゃんに楽しく手紙を書くことができる。受け取ったおばあちゃんは、まず外見でびっくり。開けてみると孫からの手書きの手紙が入っている。受け取ったら孫に電話をして、楽しく会話もするだろう。一方、孫は封筒を作るために中のお菓子を食べられる。しかも、封筒は外箱のリサイクルなので環境に優しい。

 筆者は早速、2人の姪(中学校2年生と小学校6年生)に仕掛けを実践してみた。松村教授の想定とは異なるが、まずはお菓子の封筒にお年玉を入れて手渡した上で、中身の入ったお菓子の箱を渡し、自分でも作れることを伝えた。すると1人の姪は、友だち2人に早速手紙を書き始めた。おばあちゃんとは同居しているので、そう考えたようだ。手紙を書き終えると、あっという間に封筒を作り上げてしまった。

 もう1人の姪は封筒作りに興味を示さず、中のお菓子だけ取ってどこかに行ってしまった。先述のように仕掛けに乗る、乗らないにこだわらないのも仕掛学の特徴だ。

20190129_04.jpg手紙を書き終えて封筒を作る

 それでも、仕掛けをちょっと工夫することで、行動を変える手助けとなり得る。日常や職場にとり入れることで、生活や職場環境を良くするきっかけになるなら、是非応用してみたい。

(写真)提供以外は筆者 PENTAX Q-S1

新西 誠人

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