2019年03月20日
最先端技術
研究員
小野 愛
2019年3月8~17日に米国テキサス州オースティンで開催されたサウス・バイ・サウスウェスト(SXSW)を視察した。SXSWは、企業の先端技術や映画・音楽のアートが世界中から集まる祭典である。期間中は街全体がセミナーやトレードショーなどの会場となり、2018年には30万人以上が来場し、400億円近くの経済効果を生み出した。人口95万人の街が一気に活気づく毎年恒例のイベントである。
SXSWが開催されたオースティン・コンベンション・センター
オースティンの街には、「キープ・オースティン・ウィアード(Keep Austin Weird)」というスローガンが掲げられていた。「オースティンは風変りな町であり続けよう」という意味で、あらゆる人や物や考え方を平等に受け入れるという市民の誇りが込められている。
オースティンの街と市民を描いた壁画
オースティンに住む人種はバラエティに富み、近年はアジア系が増えている。米国南部に位置するが、リベラルな空気が流れるこの街は多様性を受け入れ、それを文化の原動力とする習慣が根付いている。それがよく表れているのが、ジェンダーの多様性。街中では、LGBT(性的少数者)を支持するレインボー・フラッグが目立ち、住民の手によってそれが巻かれた木をたびたび目にした。性による差別や偏見を無くそうという意思をひしひしと感じた。
LGBTを支持するレインボー・フラッグ
滞在中、この街では多様な人種や考え方が入り交じりながら、市民同士が明るく平等に接していると強く感じた。実際、テキサス大学オースティン校の大学院生は「この街では、一人ひとりがとてもユニーク。だれもが周りの目を気にすることなく、好きな恰好をして好きなことをしながら、個性的な考えを持つ。みんながそれを尊重してくれるからだ」と胸を張っていた。
テキサス大学オースティン校
オースティンでは、働き方にも多様性を垣間見た。滞在中、頼りにしていた筆者の移動手段は、ウーバーに似たライドシェアサービス。車を持っている人ならだれでも、タクシーのように人を乗せて収入を得ることができる。利用する人はスマートフォンのアプリを使い、近くを走っている車を簡単に呼べる。
オースティン・バーグストロム国際空港のライドシェア乗り場の案内
筆者はこのサービスを数十回と利用する中で、さまざまなドライバーと出会った。その約半数が女性だったことに、日本のタクシーとの違いを感じた。あるメキシコ系の女性ドライバーはライドシェアサービスで働くことについて、「子どもの学校の送り迎えに片道1時間もかかる。前は寄り道して無駄遣いしていた。けれど今は、ライドシェアサービスで働けるようになり、子どものために稼ぎながら待つことができる」と笑みを浮かべた。彼女は2年前から働き始め、一日約6時間で平均12人のお客を乗せているそうだ。ただし酔っ払いが増える夜や、家族で過ごす日は働かないという。
ライドシェアで働く目的は、生活費を稼ぐためだけではない。乗客との触れ合いを楽しみにしている人もいる。オースティンで複数の学校を経営する男性は「世界中の思想に興味がある。お気に入りの車の中でジャズを流しながら、普段出会わない人達と会話するのはとても良い時間だ」と楽しそうに話した。
生活費を稼いだり趣味として働いたりできる場を提供するライドシェアサービスだが、働き手にはデメリットもある。例えば、運賃が混雑状況に応じてリアルタイムで変動するのだ。料金が低く設定されれば、ドライバーはそれまでより長く働かなくてはいけない。実際に筆者が利用した際も、同じルートでも料金が2倍以上違うことがあった。ライドシェアで働く男性は「料金はその時々で大きく変わる。ガソリン代と待ち時間などのコストを考えると、ほとんど稼げない日もある」と肩をすくめた。
冒頭で紹介したSXSWでは、ライドシェアサービス研究者のアレックス・ローゼンブラット氏が「Uberland:How Algorithms Are Rewriting the Rules of Work(アルゴリズムはどう働き方のルールを書き換えているのか)」という演題の講演で、警鐘を鳴らしていた。「ライドシェアサービスで働く人たちの上司は、人ではなくコンピューターのアルゴリズムだ。規約はスマートフォン上で頻繁に更新され、同意しないと働くことができない。顔のない上司と交渉の余地はなく、働き手の労働条件が悪化するケースがある」―。このため、ライドシェアサービスで働く人達の一部は、オンライン上に集まり、情報交換をしているという。
それでもライドシェアのような、個人の所有物やスキルを他の個人と共有するシェアリングエコノミーは今後も拡大するのは必至。世界のシェアリングエコノミー市場は、2016年から2025年の間に20倍の75兆円に達すると予測されている(PwC、2016年)。日本国内でも、2017年の716億円から2022年には2倍近い1386億円に増加すると予想される(矢野経済研究所、2018年)。その対象は交通や空間にとどまらず、教育や医療の場にも広まるといわれる。
オフィスが存在せず、同僚とオンライン上だけで会話し、人工知能(AI)の上司と働く時代とはどのようなものなのか...。オースティンのバーでブルースを聴きながら、未来の働き方に思いを巡らしたが、はっきりとした答えは浮かばなかった。
夕暮れのオースティンの繁華街(6th Street)
(写真)筆者 PENTAX K-50
小野 愛