2019年06月21日
最先端技術
研究員
新西 誠人
持続可能な開発目標(SDGs)で打ち出された目標の一つに「飢餓撲滅」があり、食料の安定確保と栄養状態の改善を目指している。その達成のためには、持続可能な農業を推進していくことが不可欠だ。
しかし、国内の農業の現状は厳しい。就農人口の減少に歯止めが掛からないのだ。1956年の経済企画庁(現内閣府)の調査では、農業従事者数(専業・兼業の農業就農人口+他の仕事を主とした基幹的農業従事者数)は1949年にピークの1749万人を記録した。しかし、その後ほぼ一貫して減り続け、農林水産省によると2018年には320.4万人まで減少。この1年だけでも11.9万人も減っている。
農業従事者数の推移
(出所)農林水産省の農林水産統計を基に作成
就農人口の減少は農業の持続性に暗い影を落とす。49歳以下の若手農業経営者1885人を対象としたアンケート(平成29年度「食料・農業・農村白書」)によると、一番の経営課題として「労働力の不足」と答えた経営者が47.3%に上る。
こうした課題に挑むべく、立ち上がった会社がある。神奈川県鎌倉市に本社を置く、ベンチャー企業のinaho(いなほ)である。重労働のアスパラガス収穫作業を自動化したロボットを開発。その特徴は、畑に引かれた線に沿って移動し、センサーによって収穫に適したアスパラガスだけを選別できる点にある。このロボットの活用により、収穫に4人必要な労働が1人で済むようになることを目標としている。
ビジネスモデルも革新的だ。ロボットは売り切りではなく、貸与の形で提供。農家が収穫した野菜の量に応じた従量課金の仕組みを予定している。農家のリスクや初期負担をできるだけ小さくしたのだ。
このように農業をデジタル化することで、どのような変化がもたらされるのか。inahoの代表取締役である菱木豊氏に話を伺った。
アスパラ収穫ロボット1号機
菱木豊・代表取締役(inaho本社前の畑にて)
― なぜアスパラガスに注目したのか。
ロボットを開発するに当たり、多くの農家から話を聴いた。そこでたまたま出合ったのがアスパラガス。その収穫作業は大変な重労働であり、自動化へのニーズがあることが分かった。でも当時、だれもやっていなかった。だれもやっていない分野で、「できませんか」と言われるとやりたくなる性格。だから挑戦することにした。
アスパラガスはビニールハウスで栽培されており、葉物野菜などに比べて天候に左右されにくいのも魅力だ。1年のうちおよそ8カ月収穫でき、北は北海道から南は沖縄まで栽培されている。特に九州で栽培が盛んであり、まずは佐賀県内に支店を設けた。
― 収益の増加分から代金を受け取るビジネスモデルを採用したのはなぜか。
inahoはできたばかりの会社なので、10年後もロボットが稼働してメンテナンスされるのかという不安が農家にはある。それを払拭するために売り切りではない、新しいビジネスモデルにした。農家からは初期費用はもらっていない。農家にとってはリスクフリーで始められるだけでなく、収穫データなどを随時取得できるし、ハードウェアやソフトウェアともにアップグレードし続けることができる。
― 今後はどのように展開するのか。
今抱える課題として収穫速度の遅さがある。ロボットはバッテリーさえあれば、1日中休憩せずに働き続ける。ただし、アスパラガス1本当たりの収穫に15秒かかる。人間に比べ3倍ぐらいの時間を要するため、それをまずは解消したい。
その次に、収穫対象を他の野菜にも広げたい。キュウリやナス、トマトなどは現在の技術から転用可能だ。その後はキャベツなどの葉物野菜にも広げていきたいと考えている。
果実農家からの引き合いも多い。収穫だけではなく、果樹の剪定(せんてい)をできないかという要望もある。グローバル展開も考えており、いずれ海外へも乗り出していきたい。
(写真)筆者 PENTAX Q-S1
新西 誠人