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空気中の微量成分を嗅ぎ分ける「人工の鼻」

=「マイクロFAIMS」でピコメートルに挑戦=

2021年03月09日

最先端技術

研究員
米村 大介

 新型コロナウイルスとの闘いが続く。ウイルスという敵が手強いのは、その姿がナノメートル(ナノ=10億分の1)とあまりに小さく、肉眼では見えないためだ。もちろん、電子顕微鏡を用いれば見ることはできる。しかし、生活空間に存在しているウイルスを、人類が日常的に監視可能な「眼」を持つのは当分先だろう。

図表ウイルス・匂い物質の大きさ
(出所)リコー経済社会研究所

 ところで、このコロナウイルスよりもさらに小さなピコメートル(ピコ=1兆分の1)の物質を、日常環境で検出する技術の開発が進んでいる。リコーが開発に成功したマイクロFAIMS(マイクロフェイムス=micro Field Asymmetric Ion Mobility Spectrometry)だ。

写真リコーの開発したマイクロFAIMSの実験機
(出所)氏本勝也

 一般的にFAIMSは、強さの異なる複数の電界を利用し、気体の成分を検出する技術を指す。その特徴は、1台の機器で複数の成分を検出できることだ。現在は、石油コンビナートにおいて設備を腐食させる成分を検出したり、食品工場で材料の鮮度を確認したりする工程などで利用されている。

 これに対してマイクロFAIMSは、リコーの得意な「微小な電気機械を作成する技術(MEMS=Micro Electro Mechanical Systems)」を応用し、従来のFAIMSを改良したものだ。両者の大きな違いは湿度への耐性である。従来のFAIMSは原理上、気体中に水分があると検出精度が大きく下がる。ところが、マイクロFAIMSは成分検出に水の影響を受けにくいイオン化技術を用いることで、日常環境で利用する道が開かれる。

 例えば、東京の屋外湿度は冬場でも平均40%程度。それが夏場には80%を超える。40%程度でも従来のFAIMSの検出力が急速に低下するため、下準備として除湿が必須になる。ところが、マイクロFAIMSでは湿度の影響を受けにくいので、70%程度の湿度でも計測できる。これなら一般的なオフィスや工場で十分活用できるだろう。

 空気中に漂う複数の成分を、1台の機器で検出できるマイクロFAIMSは、いわば「人工の鼻」といえるだろう。しかも、分子の種類にもよるが、人間が気づかない微量な成分まで嗅ぎ分けられる。

 マイクロFAIMSが実用化されると、どんなイノベーション(技術革新)が起こるのだろうか。開発はリコーのイノベーション本部先端デバイス研究センター(大阪府池田市)に所属する、氏本勝也、丹国広、窪田進一の3氏がチームを組んで進めている。

 このチームは現在、実験機をトイレに設置し、排出物の成分を検出する技術を開発。そのデータに基づいて健康状態を判定する応用を、大阪大学Center of Innovation拠点と共同研究しているという。また、今後普及が見込まれる無人店舗などで、「異臭」がしないかどうか自動監視する用途などを視野に入れる。

写真マイクロFAIMS実験機(赤枠)をトイレに取り付け(イメージ写真)
(出所)大阪大学Center of Innovation拠点

 もちろん、このマイクロFAIMSにも取り組むべき課題はある。「湿度に強い」といっても、夏場は家庭用エアコン程度の除湿は必要。除湿ができない屋外での利用はさらに困難だ。現行技術では、検出できる成分の種類も限られる。また、1つの成分に限るならば、専用機器に比べて検出精度は劣る。特に成分の濃度まで測定するのは難しいそうだ。

 将来、マイクロFAIMSを使ってウイルスの「臭い」を嗅ぐことができないものか。前出の氏本氏によると、「現在の技術では、口から出た飛沫にウイルスが含まれているかどうかをマイクロFAIMSが判断することは非常に難しい」という。しかし、ハードルが高いほど研究者は闘志をかき立てられる。同氏は「技術の組み合わせによっては可能かもしれない。将来的には実現を目指したい」と意気込み、前人未到のゴールを目指して研究に取り組んでいる。

米村 大介

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