2013年10月01日
最先端技術
主任研究員
栗林 敦子
1999年6月、ソニーが犬型エンターテイメントロボット「AIBO」(アイボ)を発売した。内蔵のセンサーとプログラムにより、外部からの刺激に反応し、自らの判断で行動する。学習機能もあり、"飼い主"とコミュニケーションを繰り返しているうちに動きが変わり、成長ぶりを見せてくれる。
今から14年も前の話だが、インターネットで販売を受け付けたところ、25万円という価格にも関わらず、わずか20分で3000体を完売。それから、2005年発売の第7世代まで、AIBOは進化を続けた。バッテリーが切れると自ら充電場所に移動する「自己充電機能」、オーナーの顔を認識する「ビジュアルパターン認識」、持ち主が遠隔操作できる「ワイヤレスLAN機能」...
当初の購入者は大半が30代の男性であり、ソニーのほぼ想定通り。その後、女性や高齢者の比率が増えていく。第1世代からの累計販売台数は14万台に達し、AIBOは家庭用ロボットに"市民権"を与えた。しかし、同社の「選択と集中」の一環で、2006年3月に生産中止となった。
今、家庭用ロボット市場の主役は「掃除機」に代わった。市場調査会社が今春実施したアンケート調査では、50~60代の既婚者が「欲しい家電」の第1位がロボット掃除機。AIBOに飛びついた世代が、購買意欲を大いに刺激されているのだろう。
その草分けが、米アイロボット社の「ルンバ」である。2002年の国内発売当初は、畳に象徴的な日本家屋の特性が障壁になり、ルンバは高い敷居の前で苦戦を強いられる。しかし、改良を重ねながら見事に敷居を乗り越え、日本メーカーが家電不況に苦しむ中で大ヒットを飛ばした。累計販売台数は世界800万台を突破、日本でも60万台に上る。
円盤型の本体は床上の障害物を巧みに避けながら、ブラシでゴミを本体内にかき集める。部屋の形や広さ、汚れ具合などをセンサーで検知し、人工知能(AI)が状況を瞬時に分析。40以上の行動パターンから、最適な動作を選択・実行する。充電場所には自ら戻るものの、AIBOと異なり、持ち主とコミュニケーションを行うわけではない。
しかし、ルンバのユーザーは単なる掃除機ではなく、「大切なパートナー」として付き合う。結果、「ルンバ優先」の生活スタイルになる。例えば、①ルンバが掃除しやすいよう、床には物を置かない②カーテンを床につかない長さに調整する③ソファーやテーブルなどの配置を変え、それでも不十分なら家具を買い換える―といったユーザーは決して少なくない。
40代共働きの男性は「わが家では、『ルンバ様』が通るから、床をきちんと片付けている」と真顔で話す。これでは本末転倒だが、フランスベッドが今秋発売するダイニングセット「フローティア」はイスが宙に浮き、ルンバ優先の顧客に照準を合わせている。ルンバに名前を付けている人も多いという。
最近、マンションでも室内で犬や猫を飼う人が増えている。ルンバは生活のパートナーとして認められたが、リアルなペットと共存できるのか。答えは「イエス」。インターネット上の動画サイトには、ルンバを追いかけて遊ぶ犬や、動くルンバに乗って遊ぶ猫が数多く見られる。こうした家庭では、ルンバがペットのための玩具として働いている。
バンダイの子会社シー・シー・ピー(CCP)が販売する小型ロボット掃除機「モコロ」も、その一つである。表面をマイクロファイバーで覆われた直径約12センチの球体が、床上を自動的に転がりながら、ぺットの毛や綿ぼこりを絡ませていく。ベッドやテーブルの下にも潜り込み、スイッチを入れると15分間稼働し、単3形アルカリ乾電池3本で約3時間駆動する。同社のホームページには、ペットが喜んでモコロを追いかける動画が掲載されている。
米オートメイテッド・ペットケア・プロダクツの「Litter-Robot」(リターロボット)は、猫専用のトイレロボットである。室内で飼っている猫は砂を敷いたトイレを使うが、一度汚れると掃除しない限り二度と使わない習性がある。このため、長時間留守にするときは、幾つものトイレを用意しなければならない。だから、猫を家に残したまま、何日も旅行することは大変難しい。
ドーム状のトイレロボットの中には、網が付いている。猫が排泄を済ますとセンサーが感知し、ドームが自動的に回転を始める。汚れていない砂を網で濾(こ)しながら、固まりになった排泄物だけ下のコンテナに捨てる。その後、網の上にきれいな砂を追加する。猫1匹なら、10日間は使用可能だという。手間がかからず、臭いもしない。ただし、日本では6万円近くする。猫を2匹飼っている独り暮らしの女性ウェブデザイナーに聞くと、「興味ありますが、お値段がちょっと...」
飼い主としては、次に欲しいのは食事の自動ロボットだろう。予定時刻になると一定量のペットフードが出てくる自動給餌器は何種類か存在するが、筆者の経験では役に立たない。犬や猫は嗅覚が発達しており、容器に入れてあっても食べ物に突進するからだ。犬の場合は叩いて、猫は器用に手を使って容器をこじ開けてしまう。ペットの能力を過小評価してはならない。
2012年の日本ペットフード協会の調査によると、日本国内の犬と猫の飼育数は合わせて2128万匹、平均寿命は犬13.9歳、猫14.5歳である。人間同様、ペットの高齢化が進んだのは、飼育環境が温度変化の激しい屋外から快適な室内へシフトした上、ペットフードの品質が向上したからだ。
また、飼い主が病気の予防や治療に出費を惜しまなくなったことも指摘できる。高齢のペットを抱えながら、あるいは専用カートに乗せて散歩している人の姿をよく見かける。今後、ペット向け介護ロボットへの期待が高まりそうだ。
生き物でもロボットでも構わないから、人々はペットに癒やしや和みを求めている。老化のないロボットを生涯のペットにしていくか。あるいは、犬や猫とロボットの共存を図り、そのケアをロボットに期待するのか。飼い主が「究極の選択」に苦悩する時代が目前に迫っている。
栗林 敦子