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100万人が共に働く、第3のプラットフォーム「ミラーワールド」

=【書評】5000日後の世界(ケヴィン・ケリー著、PHP研究所)=

2022年02月21日

最先端技術

研究主幹
中野 哲也

 メタバース(Metaverse)と呼ばれる、インタ―ネット上の仮想世界が世界的なブームを起こし始めた。宇宙(Universe)を超える(Meta)という意味の造語である。このうち、デジタル技術によって現実世界の一部が忠実に複製されたものが、「ミラーワールド(鏡像世界)」になる。

 「5000日後の世界」(ケヴィン・ケリー著、大野和基インタビュー・編、服部桂訳、PHP研究所)の中で、著者のケリー氏は5000日(約13年)後には「すべてのものがAI(人工知能)と接続され、デジタルと溶け合う世界で生まれるAR(拡張現実)の世界『ミラーワールド』」が到来すると大胆に予測した。

写真(出所)版元ドットコム

 その地球サイズのバーチャルな世界では、100万人がリアルタイムで共に働く。そして今から5000日後には、ミラーワールドが第1のインターネット、第2のソーシャルメディア(SNS)に次ぐ、第3の巨大なプラットフォームになるという。

 インターネット黎明期の1990年代、ケリー氏は米誌「WIRED」を共同創刊、編集長として活躍した。シリコンバレーを拠点に、アップルの創業者スティーブ・ジョブズ氏ら起業家へのインタビューを重ねながら、テクノロジーが引き起こす文化・経済・社会の著しい変化を予測、的中させてきた。例えば、巨大テクノロジー企業による「勝者総取り」や、すべてが無料化する「フリーミアム経済」などである。だから、デジタル時代のビジョナリー(予言者)とも称される。

 現代のネット社会を席巻するのはGAFAだが、ケリー氏はミラーワールドの勝者について「(自分の成功に囚われてしまっている)GAFAのどの会社でもない」と予測。その上で、次に勝つのは「ARの会社」と断言する。将来、ARで大な成功を収めた会社が現れるとともに、その環境を支える「何万もの小さな勝者」が出てくるという。

 また、「大企業がイノベーションを起こせない本質的な理由」として、「成功すればするほど完璧さと(効率面での)最適化しか求めなくなるから」「成功して最適化した会社ほど、まるで逆の悪いビジネス環境に向かって行くことには堪えられない」などを挙げる。

 ケリー氏は「非常な楽観主義者」を自任し、「テクノロジーは良い面が51%で悪い面が49%の割合」と信じる。今回も、「一般的に新しいテクノロジーは仕事を奪うよりは増やす」というミラーワールドの未来図を描いて見せた。読者によっては疑問符を付けたい箇所も少なくないだろうが、それによって敢えて論争を巻き起こすことがケリー氏の狙いなのかもしれない。

 ケリー氏はミラーワールド時代を生きる術(すべ)として、「AI時代には『問いを考えること』が人の仕事」「常識に対して疑問を抱くという習慣を持つことが大事」と強調する。そのカギを握るのは教育だが、「学校の教育は専門的でなく、できる限り広いものを対象とし、ジェネラリストを育てるべき」と提言している。テクノロジーに関する皮相的な知識をいくら詰め込んでも、ミラーワールドには対応できないというのだろう。安易なスペシャリスト志向が跋扈(ばっこ)する現代社会への警鐘と受け止めたい。

 人間はなぜ生きるのか、いかに生きるべきなのか―。どんな時代になっても、まずこれを考えなければ変化の荒波に呑み込まれるだけだ。これまで評者は、テクノロジーとは一見縁が薄そうな哲学や歴史、芸術などに関わる教養こそが、デジタル時代を生き抜く上で不可欠な要素だと考えてきた。だから、この本は大きな勇気と自信を与えてくれる。ミラーワールドの入門書として購入したものの、読後は哲学や人類学の極めて良質の講義を受けたような満足感を覚えた。

写真ミラーワールド時代を生きるには?
(出所)stock.adobe.com

中野 哲也

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