2022年07月01日
最先端技術
RICOH Quarterly HeadLine 編集部
帯川 崇
最近、液晶タブレット端末と電子ペンで仕事をする機会が増えた。重いノートパソコンを持ち歩かなくても、資料閲覧やメモ書きがタブレット1台で済んでしまうから便利。電子ペンの書き心地が大幅に改善し、紙に書くペンと同じ感覚で使えるようになった。書いた内容はデジタルデータとして保存できるので、加工や検索も簡単だ。
しかし、使い始めると弱点に気づいた。まず、目が疲れやすい。その原因とされるブルーライトをカットするため、タブレット画面に特殊なフィルムを貼り付け、専用の眼鏡も使うが、疲労感を完全に取り除くことはできない。
もう1つの不満はバッテリー消費の速さだ。自宅や職場など電源がある場所で使う分には気にならない。だが電源のない場所で使うと、バッテリー切れが気になってしまう。
タブレットで不便に感じる点は、実は人類が長年慣れ親しんできた「紙」の長所の裏返しになる。紙は長時間見ていても、目の疲労をそれほど感じない。液晶ディスプレーが発する強い光ではなく、紙が反射した光を見ているからだ。そして言うまでもなく、紙は電源がいらない。
それでは、デジタルの便利さを維持しつつ、「目の疲労感」「電源問題」を改善する方法はないのだろうか。その答えの1つが「電子ペーパー」になる。歴史は古く、1970年代既に誕生している。これに似た、電子メモパッドや子ども用の磁気ボードを思い浮かべる人もいるだろう。
電子ペーパーの原理は意外に単純だ。初期型はディスプレー上にびっしりと小さな「球」を敷き詰め、球の半分を黒、残りを白にする。電気の力でこの球をクルクルと回転させ、モノクロ表示する仕組みだった。だが、現在は電気泳動方式が主流。黒色の微細粒子と白色の微細粒子が、マイクロカプセルの中の液体を移動することで、球の表面の色を切り替えている。
表示デバイスの比較
(注)◎:優れる、〇:可能、△:一部可能、×:不可能
(出所)筆者
「電気泳動方式」電子ペーパーの原理(模式図)
(出所)筆者
なぜ、電子ペーパーは長時間見ていても目が疲れにくいのか。「ペーパー」と言うだけあって、目に入るのが紙の場合と同じく反射光だからだ。視野角が広いため、斜めから見ても文字もはっきり見える。
液晶ディスプレーに比べると、バッテリーの持ちも圧倒的に良い。バックライトが不要で、表示自体には電気を使わないからだ。画面を切り替える瞬間は電力を消費するが、液晶に比べれば極めて低い。
電子ペーパーはこうした特徴を活かし、電子書籍リーダーから、デジタルノート、サイネージ、電子タグ、IDカード、スマートウオッチ盤面に至るまで、幅広く利用されている。最近の話題では、自動車のボディー色を瞬時に変える技術として展示会に登場した。切り替え時以外、電力を必要としない長所に注目したのだ。
足元では世界的に電子ペーパーの需要が拡大しているようだ。米市場調査会社「レポートオーシャン」の報告書(2022年)によると、2021年の電子ペーパーの世界市場は19億6170万ドル。今後30年までに年平均31.1%で成長し、215億1500万ドル(約2兆8000億円)に達すると予測する。フルカラーで動画表示などが実現すれば、液晶ディスプレーにとって手強いライバルになる日が来るかもしれない。
リコーも、この電子ペーパーを採用したホワイトボードに取り組んでいる。「紙のような書き心地」に加え、バッテリーを内蔵した42インチ大画面でありながら、薄型(14.5ミリ)で軽量(5.9キロ)。防塵・防水仕様なので、対面営業などビジネスの現場だけでなく、屋外でも活躍しそうだ。実際、建設・被災現場での利用を想定した注文が入るという。
RICOH eWhiteboard 4200(2021年7月発売)
(出所)リコー
電子ペーパーを採用した、ホワイトボードの最新機種「RICOH eWhiteboard 4200」。その商品企画を担う、リコーデジタルサービスビジネスユニットIoTソリューション開発センターのグループリーダー山形正信氏とプロジェクトマネージャー梅原秀亮氏に、開発エピソードや将来展望などを聞いた(2022年3月15日)。
梅原秀亮氏(左)と山形正信氏
(写真)筆者
―商品の特徴は。
山形 42インチサイズの大型電子ホワイトボードです。模造紙や大判図面など現場で紙に書き込む作業を想定しました。手書きの良さを残しつつ、現場のDX(デジタルトランスフォーメーション)支援がコンセプトです。複数の人が同時に集まり、書き込みができる「平置きスタイル」にこだわりましたが、壁掛けや立て掛けなどにも対応可能です。
「平置きスタイル」だから...
(出所)リコー
電子ペーパーを採用したことで、電源がない場所でも使いやすく、軽くて持ち運びも苦になりません。真夏の屋外で、強烈な日差しの下でも文字がくっきり読みやすく、視認性も良好です。ペンは専用ですが、手書きと同じくストレスなく書くことができます。文字はテキスト変換できるので、作業後の編集・再利用といったニーズにもばっちり対応しています。
さらに、階層構造からメニューボタンを呼び出さなくても、例えば「分」と書けば「画面分割メニューが表示される」といった「手書きコマンド」の機能も持たせました。直感的に操作しやすいと思います。
書いた文字の上をなぞれば消去できる「ジェスチャー消去」や、頻度の高い文字・イラストを呼び出す「スタンプ」など便利で簡単に操作できる機能を満載しています。
図面作業も快適に
(写真)筆者
クラウドサービスとの連携も可能。このため、離れた場所にいる人との同時共有もできます。設計図上での表示を想定して仕上げたので、精細でくっきりした線を表示できる点も自慢です。一般の液晶タブレットと比べると画面サイズに余裕があり、図面作業も快適です。例えば、画面を分割すれば新旧の図面を比較表示しながらチェックできます。
―電子ペーパーを採用した経緯は。
梅原 以前は液晶ディスプレーを搭載した電子ホワイトボードを開発していました。オフィスなど屋内で使う分にはいいのですが、やはり電源のないところに持ち出すのは難しい。また液晶だと、1人が画面の前に立って書き込むため、周りのメンバーが見守るような構図になりがちです。このため屋外に持ち出すことができ、みんなで同時に書き込めるような平置き作業をイメージしました。そこで持ち運びのしやすさなどの点から、電子ペーパーに注目したのです。
―開発で苦労した点は。
山形 このサイズの電子ペーパーとしては既にサイネージ用が存在していました。しかし表示専用であり、書き込みもできる商品は少ない状況。このため、製品強度1つとっても前例が全くない中で商品設計に着手しました。
しかも、アイデアコンセプトの段階では、興味を持ってくれる人がなかなか現れませんでした。転機は試作品を出した展示会です。ユーザーからの反響が大きく、「やれる!」という自信がついた瞬間でした。
次に苦労したのは、社内で商品化を進めるためのビジネスモデルです。従来は、どうしてもモノ売りを中心に考えがちでした。そうではなく、現場で実際にお客様が使われるシーンを想定しながら、トータルソリューションとして提案したのです。それによって、商品化を円滑に進めることができたと思います。
―今後の商品展開は。
山形 「フルカラー表示できないか」といった質問を多く受けるので、取り組んでいるところです。「表示が遅い」といった技術課題を乗り越える必要はありますが...。また、サイズの多様化や海外対応などについても計画中です。
屋外でも文字がくっきり
(出所)リコー
帯川 崇