Main content

現場で働く人の「腰」を守りたい

=電源不要のパワーアシストスーツの実力=

2022年09月21日

最先端技術

企画室
帯川 崇

 「ぎっくり腰で今ちょっと動けないんだよね」―。旧友とのグループチャットの画面にこんなメッセージが送られてきた。久しぶりにみんなで会おうという話が出たときのことだ。

 幸いなことに筆者は腰痛持ちではないが、厚生労働省によると、なんと日本人の4人に1人が腰痛に悩まされているという。突発的にぎっくり腰になるだけでなく、中腰姿勢で重い荷物の上げ下げを日常的に長時間行っている人は、腰への負担が大きいため、特に注意が必要だ。筋力の弱い高齢の労働者や女性にとってはなおさらであろう。

普及しはじめたパワーアシストスーツ

 腰痛で病院へ行くと、患部を固定するためのサポーターが提供されることが多いという。しかし、サポーターはあくまでも腰の痛みを一時的に和らげるためのものであって、腰痛の根本解決になるものではない。

 こうした中で、注目が集まっているのが「パワーアシストスーツ」だ。人が身に着けることで筋力を補う特殊な機能を持つ「作業着」であり、腰をサポートするものが圧倒的に多い。富士経済が2021年に発表した調査レポートによると、世界の市場規模は2020年に前年比34.9%増の58億円に達した。さらに25年には144億円と予測されるなど、今や数少ない成長市場の1つといっていいだろう。

 市場拡大の背景にあるのが、介護や製造、物流、建設の現場を中心とした労働者不足の深刻化や作業者の高齢化の進展だ。テクノロジーを導入することでこうした問題に歯止めを掛けるだけでなく、1人当たりの生産性の向上に役立てようという狙いがある。

 調べてみると、電源を必要とする「アクティブ型」と不要な「パッシブ型」に大別されることが分かった。特に、日常生活で通電や充電が必要な家電製品が当たり前の筆者にとって、電気をまったく必要としないパッシブ型のアシストスーツが新鮮に感じられ、興味をそそられた。

パワーアシストスーツの方式比較
図表(出所)各種情報を基に筆者

注目のパッシブ型商品をリコーグループが販売中!

 実はそのパッシブ型で6割のトップシェアを誇るパワーアシストスーツをリコーグループが販売していると聞き、早速取材した。その名も「マッスルスーツ Every(エブリィ)」―。開発・製作に当たったのは2013年に設立された東京理科大学発のベンチャー企業、イノフィス社(本社・東京都新宿区)で、主に中腰作業の腰への負担軽減を狙った製品だという。2019年11月の発売以来、「電源不要・軽量・安価・簡単装着」をアピールし、販売を伸ばしてきた。

写真マッスルスーツ Every(エブリィ)(2019年11月発売)
(出所)リコー

 マッスルスーツで使用されている補助力の元は人工筋肉と呼ばれる中核技術にある。人工筋肉は通常時直径1.5インチで重さ130グラム。ゴムチューブをナイロンメッシュで包んだシンプルな構造で、文字通り筋肉のように柔らかい。浮き輪の空気入れのような付属のポンプを繰り返し押すことで、中心部のゴムチューブへ圧縮空気が送られる。すると、ゴムチューブが膨張し、外側のナイロンメッシュが収縮することで強い引っ張り力に変換される仕組みだ。柔らかい構造体が最大30%収縮するだけなのできわめて安全に使える一方で、5気圧で最大200キロという強い引張力を生み出すことができるのが特徴だ。

人工筋肉の構造、及び 動作イメージ
図表(出所)イノフィス

 マッスルスーツの人工筋肉は、実際の筋肉の動きに応じて、同じ方向に力が加わるようになっている。そのため例えば、荷物を上げ下げしたときは、腰回りの自分の筋肉の負担を減らすことができる。荷物の重さや動作にもよるが、最大限活用できれば自分の筋肉と人工筋肉でほぼ半々に負荷を分散させることができるという。

 マッスルスーツの量産設計はリコーテクノロジーズ、製造はリコーエレメックス、販売はリコージャパンと、いずれもリコーグループの会社が請け負っている。コロナ禍でオンライン会議を重ねて細やかな意思疎通を図り、3Dプリンターによる試作などの工夫を加えるなどグループの力を結集。イノフィス社との協業からわずか1年ほどで約1割の重量削減に加え、なんと7割以上の販売価格の低減に成功したという。

現場で働く人や高齢者の腰痛防止のために...

 人工筋肉を使った製品がさらに改良されれば、対象ユーザーは何も腰を酷使する労働者に限らないだろう。例えば、高齢化や核家族化が進む中で、身近に頼れる人がいない高齢者世帯も増えている。雪国では冬場の雪かき作業なども切実な問題だ。介護サービス以外にも、こうした人たちが安心して生活できる環境を整えることは社会全体の大きな課題と言ってよいだろう。

 リコーグループはこうした課題解決の一助として、腰痛防止をキーワードに掲げ、パワーアシストスーツを広めていく考えだ。


インタビュー

 「マッスルスーツ Every」について、販売担当者であるリコージャパンエンタープライズ事業本部インダストリアル事業部産業プロダクツ営業部サービスロボット営業グループリーダー浅田昌弘、吉川恭弘、古田真の3氏にインタビューを行った(2022年7月22日、8月9日実施)。

写真マッスルスーツを手にするリコージャパン古田氏(左)、吉川氏

 ―商品の特徴は。

 吉川:労働現場でのつらい中腰作業の疲労を軽減してくれるサポートツールだ。よく誤解されるのだが、この商品については腕の筋肉のサポート機能はなく、これを身に着けて力持ちになれるわけではない。電源不要、軽量、着脱容易といった点で高い関心をいただき、この商品カテゴリーでは市場実績ナンバーワンの商品となっている。

 本製品は政府の補助金対象でもあるが、複数台必要な現場にとっては1台の価格が少しでも安価なことが求められるので、14万9600円(消費税込み)という価格についてもご満足いただけていると思う。

 ―どのようなお客様が多いのか。

 古田:医療介護のお客様が多く、最近は農業分野も増えていると感じる。やはり、中腰作業が連続して長時間続く場合にメリットを感じていただけるようだ。今後は、製造現場でも活用いただきたい。着用したままフォークリフトに乗れるようもっとコンパクトにしてほしい、といった現場の声も届いており、よりコンパクトで気軽に装着できる新商品もまもなく発売予定だ。

 浅田:現場のベテラン作業員からは、「わざわざこんなの着けなくてもいいよ」という声も聞かれるが、無理して腰を傷めてしまうと、長期間お休みすることになる。「腰痛を未然に防止するための負荷軽減ツール」と捉えていただくようお願いするようにしている。

 ―お客様から評価いただいている点は。

 古田:電気が不要、構造もシンプルで軽量、安価という点ではないか。特に医療介護の分野では、いつでもどこでも電池切れの心配なく使えるという点が重要視されるケースがほとんどだ。やはり緊急時でも屋外でもすぐに使えることが重要だからだ。

 浅田:電気を使うタイプの場合、例えば介護される方の手が意図せずスイッチに届いてしまい、誤作動することもあると聞く。また、冷凍庫のある現場では、寒暖差によって結露が発生し電気的に問題になるケースもあると聞いている。温度の制約もあり雪かきのような低温環境では使えないものもあるようだ。われわれの商品では電気を使わないのでそのようなリスクは一切ない。

 ―実際に体験させていただきたい。

 浅田、吉川、古田:ぜひ体験してほしい。装着は非常に簡単で、リュックを背負うように肩にかけ、腰の位置を決めベルトで固定してほしい。背中はこぶし1つ分くらいのすき間があってよい。最後に、太もも用のパッドを前に回せば装着完了だ。自転車の空気入れのようなものがついているので、それを使って人工筋肉に圧縮空気を送ることができる。最適な空気圧は人によるが、だいたい30回くらい「シュポシュポ」やってみてほしい。

写真マッスルスーツを装着し中腰姿勢を体験する筆者

 筋肉のアシスト効果は、装着して普通に作業しているとわかりづらいのだが、中腰姿勢で重いものを持ち上げている態勢を保ち、あえて圧縮空気を一気に抜いてみると実感できる。人工筋肉によるアシストがなくなった瞬間、本来の重さが自分の腰に「ズシン」とのしかかるためだ。

マッスルスーツのアシスト効果を体験する筆者

 ―今後の販売方針は。

 浅田:まずは、腰の負担が大きい労働現場で、作業員の腰の負担の軽減が出来ることを知っていただき、現場の従業員の健康を守るヘルメットや安全靴のような商品として販売していきたい。さらに、商品単体としての販売ではなく、健康経営のためのキー商品としてトータルソリューションで、現場で働く人の健康を守りたい。

帯川 崇

TAG:

※本記事・写真の無断複製・転載・引用を禁じます。
※本サイトに掲載された論文・コラムなどの記事の内容や意見は執筆者個人の見解であり、当研究所または(株)リコーの見解を示すものではありません。
※ご意見やご提案は、お問い合わせフォームからお願いいたします。

戻る