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生成AIと生きる時代への備え

 論理的思考、共感力の向上を

2023年04月27日

最先端技術

編集長
舟橋 良治

 人工知能(AI)を活用した革新的なサービスが多数登場し、AIが人々の生活や仕事の創造性に変化もたらす時代を迎えようとしている。その代表が米新興企業「オープンAI」が開発した対話型の生成AI「チャットGPT」。文章だけでなく、画像や動画、音楽も生成する。その性能と実用性から爆発的に利用が拡大している。しかし、個人情報保護への懸念、社会や人間に深刻なリスクとなる可能性などから利用禁止や開発の一時停止を求める動きが出ている。

 それでも開発や利用が止まる事態は想定できない。生成AIと共に生きる時代に何が必要なのか。識者や研究者は、論理的思考やAIにない共感力などの向上だと指摘する。

米司法試験に合格?

 チャットGPTは、分野や領域を指定せず、さまざまな質問を思いついたままに入力すれば、もっともらしい回答を返してくる。自然な回答が得られるため、びっくりされた方も多いだろう。また、チャットGPTが米司法試験の模擬試験で上位10%に入ったと報じられるなど、使い方によっては驚くべき能力を発揮する。

 米マイクロソフトは今年1月、このオープンAIに対して100億ドルの投資を発表した。そしてチャットGPTよりも進化したGPT-4をベースとしたAI「Prometheus(プロメテウス)」を使った検索エンジンを最新のパソコン基本ソフト(OS)に搭載。メール閲覧ソフトにも活用し、さらに画像を生成するAIサービスも発表した。望むイメージを文字で入力すれば、AIが画像を生成してくれる。

 対抗する形で米グーグルはテキストや画像、音声、動画などを生成するAIサービスをグーグル・クラウドに追加するとともに、電子メールサービス「Gメール」などからも利用可能にすると発表した。例えば、要点だけをGメールに入力すれば、文章を生成してメール送信してくれる。

何が優れているのか

 それでは、チャットGPTはこれまでのAIと比較して何が優れているのだろうか。チャットGPT自身に聞いてみた。その結果は次のとおり

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 チャットGPTは「大規模なトレーニングデータセットを使ってトレーニングされている」と回答している。多数のパラメータを学習することで自然で流ちょうな文書や回答の作成、幅広いタスクへの対応を実現しているが、多数のパラメータ数は、どの程度なのだろうか。

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(出所)2023年3月時点の各社情報をベースに筆者

 GPT-4のパラメータ数は約100兆との報道もあったが、これはオープンAI のサム・アルトマンCEO(最高経営責任者)が否定している。とはいえ、生成AIは膨大なパラメータを持ち、重要なプラットフォームになると言われる。

スキル、ノウハウは不要

 また画像のイメージを入力すれば、多数の画像が瞬時に生成される。そして、より具体的な要求を追加入力していけば、特別なスキルやノウハウが無くても自分のイメージに合った画像を得られるだろう。

 生成AIの今後の進化を考えれば、私たちの仕事のやり方が大きく変わっていくのは確実だ。まず情報収集の方法が変わる。これまではネット上で何かを調べる場合、関連する単語などから検索し、表示された結果をいくつも確認しながら、自分の考えをまとめていった。今後は知りたい内容を生成AIに直接質問すれば、回答が得られる。文章や画像などの作成で大きな役割を担っていくだろう。

あくまでドラフト

 ただし、大量のアウトプットはあくまでドラフト。どれが最適か、人間が共感・感動できるかをAIは判断できない。最適なものを選択して推敲(すいこう)したり、校正したりするのは、やはり人間の役割だ。また、全く新しい創造はできないため、創造性の発揮こそが人間の役割となっていくだろう。

 「AIが浸透していくと、定型的な仕事は機械化(AI化)され、人の仕事には創造性が求められる」という意見がある。その一方で「創造性もAIが次第に発揮できるようになっていき、いずれは人間が創造性を発揮する余地も狭まっていく」との意見もある。複数の有識者、研究者に見解を聞いた。

●部分修正をAIが分担=名古屋大学 大学院情報学研究科 附属価値創造研究センター センター長 武田浩一教授
 何もないところから創造性を人が発揮する現在のプロセスをAIで代替することは当面、技術的に実現できないと考えられる

●AIが楽しむことはない=慶應義塾大学 理工学部 教授/慶應義塾大学共生知能創発社会研究センター センター長 栗原聡氏
 現時点でのAIは創造することはできない。人のみが創造できる。AIは創造のサポート役で、そもそも楽しいという感情も持ち得ないので,人が楽しめるかどうかを目的関数としたとき、人が楽しむには普通過ぎる提案では駄目だし、奇抜過ぎても駄目といった具合にサポートの匙加減が難しい。

●AI医師に診てもらう?=福知山公立大学 理事・副学長/情報学部教授 西田豊明氏 
 何かサービスを受ける際、相手がAIはあり得るか? 当面はあり得ない。理由は、AIは責任を取れないから。AIが裏でサポートはあり得るが、サービスの矢面に立つことは少ないはず。AIがコックのレストランなら行くかもしれないが、AIの医者にはいかないでしょう。

イタリアで禁止

 人の創造的な活動を全てAIが代替するのは当面できないと考えてよいだろう。生成AIは「過去のデータ」に基づいているため、本当に新しいものを生み出すのは苦手だからだ。さらに「共感」や「感動」といった創造性に欠かせない要素を持たない。誤ったデータを学習していた場合には間違った回答が示される可能性もあるため「責任」も担えない。

 こうした現状を正しく理解して、ツールとしてAIを使いこなすことが求められていくだろう。その一方で米JPモルガン・チェースや米ベライゾン・コミュニケーションズなど一部大手企業が、黎明(れいめい)期のインターネットと同様にチャットGPTの使用を禁止している。

 さらに、膨大な個人データが収集され、個人情報保護法に違反する疑いがあるとして、イタリア政府は一時的にチャットGTPの使用を禁止する措置を取った。また主要7カ国(G7)は生成AIの潜在的なリスクの研究・分析、安全に使うためのガイドラインなど国際ルールの整備を進めている。

開発の一時停止を

 一方、起業家イーロン・マスク氏や多数のテクノロジー関係者らが3月、「GPT-4」を上回るAIの開発について「統制できない開発競争に陥っている」などとして、半年間の開発停止を求める公開書簡に署名した。これに対して、マイクロソフト創業者のビル・ゲイツ氏は、すべての国が開発を停止するのは難しいと反論。今後もAIの開発競争は加速するだろう。マスク氏も4月になって、新たな生成AIの開発を始めている。

 そうした中、生成AIはどのように使うべきか、また使いこなすために求められるスキル、ノウハウは? これらについても先の有識者、研究者に考えを聞いた。

●AIを創造的に使いこなす=武田浩一氏
 あっと驚くような提案、Quality of Lifeを優先した治療や指導、革新的なビジネスモデルといった観点で学習事例(データ)を蓄積し、特定の目的に合致した振舞いや意思決定を支援するシステムを構築する。そのシステムの出力(予測)をもとに自身で仮説を立てたり、意思決定を改善したりできれば、AIを創造的に使いこなすことができるかもしれません。

●読み解く力、組み立てる力=栗原聡氏
 チャットGPTに聞くためには(質問を)書けないといけない。その能力が落ちてくれば答の質も落ちる。結局、人の創造力を高めるには自分が論理的に考えなければいけない。いかにして長い文章を正しく読んで、論理的に理解するか。それに尽きると思う。小学校の情報教育に僕は反対。本来の論理的思考とかを育む方が良いと思う。デジタルを使いこなす能力が大事と言われるが、その根底にあるのは読み解く力、組み立てる力だ。

●特別なスキルは不要=西田豊明氏 
 AIは創造性発揮に役立つが、ユーザに特別なスキルがなくてもその能力をかなり引き出すことができる。人間の根源的な部分が重要である。個人の足らないところをAIが補うのであり、AI使いこなしもAIが助けてくれるようになる。

人の能力を見つめ直す

 論理的思考、人間の根源的な能力こそが求められている。そして、自分が使わないとしても、何ができるのか、どの分野にAI活用すべきかを理解することが重要な意思決定の成否を左右する。そんな世の中が、目の前に来ている。

 AIの開発が加速し、消滅する職業が今後出てくる一方で、新たな職種も生まれてくるだろう。そして、どのような形かはまだ判然としないが、人とAIが新たな深い関わりを持ちながら生きる時代が到来するのは間違いない。その時に求められる人の能力についてきちんと考え、見つめ直す時期なのかもしれない。

※本稿はリコー経済社会研究所の以下の研究員による研究成果を編集した。今野隆哉研究企画室長、田中美絵主任研究員、小川裕幾研究員

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チャットGPT(イメージ)
(出所)stock.adobe.com


<本件について取材した方>


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慶應義塾大学 理工学部 教授/慶應義塾大学共生知能創発社会研究センター センター長 栗原聡氏
慶應義塾大学大学院理工学研究科修了。博士(工学)。NTT基礎研究所、大阪大学、電気通信大学を経て、2018年より現職。科学技術振興機構(JST)さきがけ「社会変革基盤」領域統括。人工知能学会副会長・倫理委員会委員長。大阪大学産業科学研究所招聘教授、電気通信大学人工知能先端研究センター特任教授。総務省・情報通信法学研究会構成員など。マルチエージェント、複雑ネットワーク科学、計算社会科学などの研究に従事。著書「AI兵器と未来社会キラーロボットの正体」(朝日新書)、編集「人工知能学事典」(共立出版、2017)など多数。

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福知山公立大学 理事・副学長/情報学部教授、西田豊明氏
1977年京都大学工学部卒業。79年同大学院修士課程修了、93年奈良先端科学技術大学院大学教授、99年東京大学大学院工学系研究科教授、2001年東京大学大学院情報理工学系研究科教授を経て、04年4月京都大学大学院情報学研究科教授、19年東京大学名誉教授、20年京都大学名誉教授、福知山公立大学情報学部教授・学部長。22年副学長。人工知能とインタラクションの研究に従事。会話情報学を提唱。情報処理学会フェロー。電子情報通信学会フェロー。

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名古屋大学 大学院情報学研究科 附属価値創造研究センター センター長 武田浩一教授
1983~2017年まで日本アイ・ビー・エム株式会社東京基礎研究所にて自然言語処理研究に従事。 インターネット向け機械翻訳ツール(翻訳の王様)、電子カルテからの知識発見ツール、 テキスト分析技術の製品化に貢献。07~11年までクイズ番組で人間の解答者に 挑戦する質問応答システムWatson開発プロジェクトに参画。
17年4月より 名古屋大学 大学院情報学研究科 附属価値創造研究センター にセンター長・教授として着任。 自然言語処理や人工知能の手法を適用し、情報学の対象領域において新たな 問題解決と価値創造を実現する研究に取り組んでいる。博士(情報学) 京都大学。

舟橋 良治

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