2023年09月12日
最先端技術
研究企画室長
今野 隆哉
個人情報やプライバシーの保護の流れを受けて、インターネット閲覧ソフト(ブラウザー)に閲覧履歴などを記録したクッキー(Cookie)の利用が大きく制限され始めている。これは私たちのインターネット利用にどのような変化をもたらすのか。そして、私たちはどのように対処すべきか。結論を急げば、信頼できる企業のウェブサイトでは、第3者による利用を避けた形でCookieを受け入れた方が快適な利用を継続できると言えそうだ。
あなたは毎日のようにWebサイトを閲覧しているでしょう。その際、訪れた日時や訪問回数など閲覧履歴の情報(データファイル)をWebサイトが作成するとともに、あなたのスマホやPCのブラウザーに保存する。これがCookie。そして、次にインターネットに接続した際、サイト側があなたのブラウザーに保存されたCookieを受け取って、さまざまな形で活用する。
具体的には、どのIPアドレス(コンピュータやスマホがネットワークに接続する際にそれぞれに付与される識別番号)からアクセスして、日々どのような検索をして、どのサイトを何度訪問したのか。どの商品をカゴに入れ、最後に何を購入したのか。どんな動画を見て、どんな音楽を聴いて、どれに「いいね」をしたのか...。Cookieに保存されている、これらの情報を分析することで年齢、性別、地域、購買力、趣味嗜好などの推測が可能となり、ユーザーごとに最適と思われるコンテンツや広告を表示させている。このようにCookieは、個人情報であり、プライバシーと言える。
この幅広い個人情報を含むCookieは訪問したサイトが発行するファーストパーティーCookie(1st Party Cookie)と、閲覧サイト上に表示される広告などを通じて発行されるサードパーティーCookie(3rd Party Cookie)に大別できる。では1st Party Cookieと 3rd Party Cookieはどのように違うのか。少し詳しく見てみよう。
1st Party Cookie は、訪問したサイトのログイン情報や閲覧履歴などで、サイト内でのユーザーの利便性向上やサイト運営のために活用する。さらにサイト機能維持のために必須か、必須でないかに分けられている。これに対し、3rd Party Cookieは利用者が興味を持ったサイトに表示された広告情報などを含めて広範に記録する。ユーザーが初めて訪れたサイトでも、この3rd Party Cookieを取得して利用者が興味を持つ分野や商品の広告を表示することが可能になる。
例えば、お気に入り野球チームのユニホームをショッピングサイトで探した後、チェックしたニュースサイトに野球関連グッズの広告がしばしば出てくるといった経験をして気味悪いと感じた人も多いはずだ。これは3rd Party Cookieに基づいて表示されている。
多くのIT企業はこの仕組みを基盤とした広告収入に支えられているが、趣味嗜好や年齢、性別、居住地まで広告企業に把握される可能性がある。利用者の興味に合った情報や商品などを効率的に提示できる半面、プライバシー保護の観点から批判が多いのも見逃せない。
このため各国でCookieへの規制が強化されてきた。その動きを年を追って並べてみた。2018年の欧州一般データ保護規則(GDPR)でCookieやIPアドレス等の電子情報が個人情報と位置付けられてから、各国の規制が年々強化されてきた。さまざまなサイトで、Cookie許諾確認を目にすることが増えたのもこれらの規制によるものだ。
日米英欧のCookie規制(出所)各国発表に基づき作成
このような流れを受けて、サイトからCookieを受け取るブラウザーを提供する企業側も自主規制を進めている。ただし、米アップルが規制をけん引しているのに対して、米グーグルは追従する姿勢を見せるものの遅れ気味。これは同社が進めている、個人のプライバシーを保護しながら3rd Party Cookieに代わる情報提供技術「Privacy Sandbox API」の開発の遅れが理由。 グーグルは2022年売上2828億ドルの約79%を占める広告事業維持、そして広告主、広告媒体、代理店等へのサービス継続責任から、代替技術を提供してから3rd Party Cookieを廃止する計画だ。
ブラウザー側のCookie自主規制(出所) 各社発表に基づき作成
このように各国規則やブラウザーのCookie規制が強まる中、インターネットの世界ではどのような変化が起きているのか。英紙ファイナンシャル・タイムズは2021年11月、「iPhoneのプライバシー変更でスナップ、フェイスブック、ツイッター、ユーチューブが100億ドル近く損失」(*注1)と報じた。コロナ禍の巣ごもり需要でインターネット広告自体は年々成長している中、より効率の良い広告媒体への移行が始まり、一部の媒体で広告収益が減少しているという内容だった。
*注1 Financial Times 記事 - Snap, Facebook, Twitter and YouTube lose nearly $10bn
Cookie規制が強まる中、日本のインターネット広告の現場で今、何が起きているのか。 社名は出さない約束の下、年商300億円超の化粧品メーカーのマーケッターSさん、そしてEコマースコンサルティング会社 経営者Tさんに現状を聞いた。
―マーケティングや広告の現場にどのような影響が出ている
Sさん 私達は20代から40代の女性をターゲットとした広告を実施していますが、既にAppleのCookie規制の影響を受けています。理由は3rd Party Cookieブロックにより、一度自社サイトを訪問されたお客様に向けて出稿する「リターゲティング広告 」(以下リタゲ)が難しくなっているためです。米グーグルのブラウザー「クローム」はまだ3rd Party Cookieをブロックしていませんが、iPhoneからのデータが無いため対象ユーザーのボリュームは減少しています。そして、日本では高収入の方が多いと言われるiPhoneユーザーを狙ったリタゲができなくなっており、アプローチの幅が狭まっています。
Tさん 再訪問を促すリタゲは、比較的単価が低く、コストパフォーマンスが良いものでした。しかし、iPhone分の減少に伴って一件当たりの単価が上がっているにも関わらず、お客様属性を推測する精度が落ちてコンバージョンレート(成功率)も下がり、割安感が無くなっています。
―リタゲに代えて、どのような広告を
Sさん ひとつの例ですが、ターゲットのミレニアル女性にリーチしやすいインスタグラムへの広告は増えています。米メタ(旧フェイスブック)が開発した、Cookieに依存せずにマーケティングデータを計測できる技術「コンバージョン API」を使って分析の精度を高めたり、AI(人工知能)機械学習によって関心が高いお客様に広告を表示させたりと工夫しています。
Tさん どのサイトを経由して来たのか把握できなくなり、各社の広告効果測定ツールの信頼性が落ちています。「グーグルのCookie代替技術、Sand Box APIが何とかしてくれる」という楽観的な見方もありますが、より厳格なアップル規制の影響は避けられず、広告現場は今後ますます混乱するでしょう。そして、単価も高騰してきたインターネット広告から、チラシ同梱や対面販売等の回帰が起きるかもしれません。
―何かほかに変化は
Sさん 広告であることを隠して宣伝を行うステルスマーケティング(通称ステマ)の規制法が今年10月に施行されるため、インフルエンサーが商品を紹介するアフィリエイト広告では、広告であることを明示するなど対応が必要とされています。そして、Cookieの保持期間が短くなって効果測定も難しくなってきており、アフィリエイト広告の運用方針も変わってくるかもしれませんね。
―今後の方針や動向は
Sさん 再訪問を狙った施策がしづらくなってくるため、初回訪問時のコンバージョン向上が重要になっています。具体的には、チャットボット(自動応答システム)等を活用したサイトのUX(ユーザーエクスペリエンス)向上、初回限定いくらといったWeb限定の特別価格で新規顧客の購入ハードルを下げるなどです。また、サブスクリプション的な定期コースなどの継続購入にも誘導しています。一方、購入してくださったお客様に長くブランドを愛してもらうために、会員向けの特別な商品や限定キャンペーンを用意するなどファンづくりにも取り組んでいます。
Tさん インターネット広告の単価が高騰を続ける中、各企業とも全体の広告費を急に増やすことはできません。このため経費を増やすことなく出稿・リターンを維持するため、広告内製化の流れが起きています。
具体的には、生成AIと対話をして広告コピーを作成したり、無料グラフィックツールの「Canva(キャンバ)」や「Inkscape(インクスペース)」などを活用したりして、広告主が自前で制作をされるケースが増えています。このためフリーランスのデザイナーやコピーライターは、仕事の確保が厳しくなっていくかもしれません。(以上インタビュー①)
前述のファイナンシャル・タイムズ記事は、2021年のメタ社広告収入が減少と報じた。しかし、現場の声を聴くと、メタ社のインスタグラム広告は増えているようだ。そこで改めてメタ社の広告収入を確認してみると、21年は約1179億ドル、22年は約1166億ドルと前年0.86%の減少。しかし今年は1327億ドル見込みと回復傾向で、この要因にはインスタグラム広告の好調もあるようだ。
BtoC(企業対個人取引)Eコマース業界はCookie規制の影響を避けられない。それでは、BtoB(企業間取引)でも影響はあるのか。リコー顧客向けの通販事業「NetRICOH」を担当している、リコージャパン デジタルマーケティング事業部技術戦略室の豊田潤一室長と同室プラットフォーム企画グループの小野純一さんに対応策など聞いた。
―Cookie規制の影響は
豊田室長 会員企業向け通販のNetRICOHでは、インターネット広告による集客はあまり実施していません。それでも3rd Party Cookieの規制は大きな影響があります。
小野さん リコーグループの商品紹介は「ricoh.co.jp」、リコージャパンが提供する各サービスのポータルサイトは「myricoh.jp」、オフィス用品等の通販は「netricoh.com」と用途別にサイトを分けているため、3rd Party Cookieでのデータ受け渡しができなくなりました。このため、お客様に何度もログインさせるといったご不便をおかけしないため、システム側改修でサイト間のデータ連携に対応しました。
豊田室長 リコー顧客向けのメールマガジンキャンペーンでも影響がありました。このメルマガから誘導するランディングページは「ricoh.co.jp」なのですが、そこを経由してNetRICOHを訪問されたお客様の確認がCookie規制で難しくなったのです。このため、現在はマーケティングオートメーションツール側で対応して、キャンペーンの効果確認をしています。
―規制以外で何か変化は?
豊田室長 今年もNetRICOHのサイトは、改正電気通信事業法、インボイス制度改定に対応しました。これら法令対応は不可欠ですが、加えてクローム等の変更にも対応しなければならず、周期的にシステム改修を実施しているのが実情です。
―今後の動向は?
豊田室長 Cookie規制は強化される一方であり、自社サイトからの1st Party Cookieですら保持期間が短くなって活用が難しくなります。このため各社とも、マルチブランドのドメイン統合や自社サイトでのCookie以外のデータ収集などで、顧客情報を一元管理してお客様の利便性を維持するための取り組みを進めるのではないでしょうか。(以上インタビュー②)
Cookie規制の強化を受けて、消費者に向けた広告配信といったマーケティング、さらには企業間の取引でもメーカーらが対応を急いでいる。それでは、利用者はどのようにCookieと向き合えばよいのか。
ここまで見てきたように、Cookieには功罪両面あった。まずデメリットは、3rd Party Cookieにより意図しない第三者にも個人情報が渡ってしまい、同じ広告が何度も表示されることだ。しかし、今後は3rd Party Cookieがブロックされ、一度閲覧したサイトから追いかけられるリターゲティング広告はなくなっていくだろう。
次にメリット。それはお気に入りサイトの快適な利用といえる。1st Party Cookieにより、IDやパスワードの入力なしでログインでき、自分に合った商品・サービスがレコメンドされる。しかし、ブラウザーの保持期間短縮などで1st Party Cookie も今までどおりの利用は難しくなっている。このため各社とも、Cookie以外のユーザーデータを収集するなどし、自社サイトの快適なユーザー体験維持に努めている。
迷惑な3rd party Cookieの規制は良いとして、味方ともいえる1st Party Cookieも次第に使われなくなる。このような変化の中、信頼できる企業・サービスのウェブサイトでは当面、全て拒絶などせずに1st Party Cookieを受け入れる。さらにお気に入りサイトではCookie以外の情報も提供する。これが快適なインターネット利用を続けるための、私たちの現在の対処方法ではないだろうか。
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今野 隆哉