2024年02月01日
最先端技術
研究員
仲村 直人
2024年1月現在、空を見上げてもクルマは走っていない。これは、世界中どんな大都市であってもそうだろう。自動車が空を走る未来像は数々のSF(サイエンス・フィクション)映画で描かれている。その姿は人間が夢に見た単なるフィクションでしかないのだろうか。しかし、多くの企業が今、空を走るクルマの開発・実用化を目指している。SF映画が未来の指針となったとも言えるだろう。現在の延長としての予測が難しい中で、SF的な突拍子もない未来を起点に今を考えるバックキャスティング的な思考が注目され始めている。
SF映画の起源と言われているのは「月世界旅行」(ジョルジュ・メリエス監督)。1902年にフランスで公開された。大砲で撃ち上げられた宇宙船で天文学者たちが月に向かう物語である。それまでの文字による描写に変わり、映像として生々しく描かれた幻想的な世界に人々は衝撃を受けた。
大半の人はこの映画を娯楽として見たに違いない。未来に起きる現実として捉えた者はほとんどいなかっただろう。しかし、このフィクションを現実と捉え、実現を目指した者たちがいた。そして、1969年アポロ11号は月に着陸し、人類が月面に立つことになる。
映画「月世界旅行」のワンシーン、月に刺さる宇宙船
映画に登場する技術やアイデアはさまざまな形で実現してきた。
現代におけるマイクロ医療技術を想起させるのは1966年公開の「ミクロの決死圏」(リチャード・フライシャー監督)だ。人間の血管を通れるほどのサイズにミクロ化された潜水艇に医療チームが乗り込み、人体内部からの治療により人命を救おうと試みる姿が描かれる。
現在も人間のミクロ化は実現していないが、超小型のカプセル型デバイスを飲み込み、そのデバイスが体内の情報を記録して病気の治療などに役立てる技術が開発されている。
内視鏡や腹腔(ふくくう)鏡を使った手術も、そうしたアイデアにつながる医療と言えるだろう。
腹腔鏡を使った手術
人工知能(AI)と人間の未来もSF映画の題材となってきた。「ターミネーター」(ジェームズ・キャメロン監督、1984年)に登場するAIロボットは、人類を敵とみなし排除しようと暴走する。「マトリックス」(ウォシャウスキー兄弟監督、1990年)のシリーズは、AIが人間をエネルギー供給源としていわば"飼育"する。大半の人々は脳を完全に支配・コントロールされ、眠りながら仮想現実の世界を生きる。その支配を逃れた人間がAIと果てしない戦いを繰り広げるという筋立てで、いずれもAIが人類の脅威になる可能性について考えさせられる。
またマトリックスでは、現実と見分けがつかないほどリアルな仮想現実世界が登場する。この世界では、AIの支配を逃れた人間がヘリコプター操縦などの高度な訓練が必要なスキルを脳に直接ダウンロードして一瞬でプロフェッショナルな技術を獲得できる。
このような、時間をかけてコツやノウハウをつかんでいくスキルを即座に伝達する手段は、現実世界でも構想され始めている。例えば、ピアノを弾いたことがない人でも、筋肉を刺激する電気信号を発するデバイスを腕につけるだけで、指を動かす筋肉の動作がサポートされてピアノを自在に弾くことができるようになる、といった具合だ。
想像を絶する天災が人類を襲うSFパニック映画も定番の一つ。そんな一見大げさな天災や環境変化を単なるフィクションと切り捨てるのは、もはや間違いだろう。
「デイ・アフター・トゥモロー」(ローランド・エメリッヒ監督、2004年)や「2012」(ローランド・エメリッヒ監督、2009年)は地球規模の環境変化により地震や津波、大寒波などが発生し、日常が一瞬にして崩れ去る様子をリアルに描いた。現実の地球環境は劇的に変化し始めている。昨今の異常気象とそれに伴う災害は、まさに悲劇的な変化の予兆だろう。そういった世界を自分事として捉えるのに、没入感のある映画は最適だと考える。
異常気象に伴う災害(イメージ)
SF映画を基にイノベーションを起こす、映画で描かれた出来事が現実となるといったケースは少なくない。これを体系立ててビジネス創出に応用したのがSF思考。具体的には、SF的な未来像を想像し、そこから逆算して有用なアイデアを創出する手法であるバックキャスティングとして注目され始めている。
現代はVUCAの時代と言われる。VUCA はVolatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)という四つの単語の頭文字をとった造語。未来を予測するのは難しいことを表している。そうであれば、思い切ってSF作品に出てくるような突拍子もない未来を想像してみようという考え方は、世界的な企業や経営者が採用して研究開発を進めている。
例えばインテルは、コンピュータシステムに関する技術が多数登場するSF映画「ウォーゲーム」(ジョン・バダム監督、1983年)などをベースとして、未来を予測する専門の研究員ポストを設けた。
EV(電気⾃動⾞)⼤⼿テスラのイーロン・マスクCEO(最⾼経営責任者)は読書家として知られ、幼い頃からSFに親しんできたと公⾔している。銀河系を股(また)にかけて繁栄した帝国が滅びゆくさまと新たに興る勢⼒の成⻑を描いた「ファウンデーションシリーズ」(アイザック・アシモフ、1951〜1993年)や、ひょんなことから破壊されてしまった地球で数少ない⽣き残りとなった⼈の宇宙放浪記「銀河ヒッチハイク・ガイド」(ダグラス・アダムス、1979年)を愛読していた。
これらの作品で描かれる「故郷(地球)の滅亡」や「文明の崩壊」を題材とした壮大な物語に感銘を受け、「人類を救いたい」「人類は複数の惑星の住人になる」という崇高な志を持つに至ったと言われている。こういったSF作品からの着想が米宇宙企業スペースX創業、世界初の民間有人宇宙飛行の成功につながったと言われている。
今の時代、この先何が起こるかわからないとしきりに言われている。何が起こるかわからないのであれば、流れに身を任せてみるのも悪くはない。ただ、よりどころがないのであれば、SF映画から発想を広げてみるのはどうだろうか。
SF映画で描かれた出来事が現実に起きたとき、世界はどう変化しているのか、自分は何をしているかを考える。それが、これからをどう生きていくかのヒントになるかもしれない。そこまで考えられれば、あなたにとってSF映画はもはや単なるフィクションではないはずだ。
空を走るクルマ(イメージ)
仲村 直人