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町に溶け込む「交通の未来」

 新技術普及の試金石に

2024年04月24日

最先端技術

客員主任研究員
新西 誠人

 かつてはSFの「夢物語」だったEV(電気自動車)の自動運転バスが実用化され、地域の欠かせない交通インフラとして活躍している。乗客の評判も良く上々の滑り出しだが、完全自動運転に向けた道筋は平たんではない。自治体としては日本で初めて公道で自動運転バスの定期運行を実現させた先進地域から、完全自動運転に向けた取り組みの現状と課題をリポートする。

1.png自動運転バス「ARMA」【2月22日、茨城県猿島郡境町】

日本初の自動運転定期バス

 利根川と江戸川の分岐点にほど近い、のどかな街中をカラフルなEVバスが静かに走る。茨城県境町が2020年11月に導入したフランス製の自動運転バス「ARMA(アルマ)」だ。町中心部の往復約5キロを時速20キロほどで走行する。

 現在は2路線で1日18便を運行している。基本的に運転は自動化されているが、運転手も同乗してバス停での発車や緊急時の対応にあたる。筆者もARMAに乗ってみた。電気自動車ならではのスムーズで静かな加速が心地いい。ブレーキの利きがよく、安全性が重視されていることがよくわかる。乗り合わせた乗客もすっかり安心した様子で、気さくなおしゃべりを楽しんだ。

運転中も会話が弾む

 境町は昨年12月、ARMAに加えてエストニア製の「MiCa(ミカ)」を導入した。ARMAとは別ルートで1日3往復を運行している。MiCaに搭乗する森岡康貴運転手はもともと通常のバスの運転手だった。MiCaの手動運転はゲーム機のコントローラーで操作する。ハンドルを握っていた以前とは様変わりだ。

2+3.png森岡運転手、手動操作はゲームのコントローラー。自動運転バス「MiCa」は囲んで座れるのが魅力

 以前のバス会社では運転手と乗客の会話は禁止されていたが、MiCaでは運転中でも会話できる。運転手を含めて乗客が車内の中心に向かって囲むように座るため、運転手とお客さんの会話が弾むという。

目標は「9割自動運転」

 自動運転の段階は人が運転する「レベル0」から完全自動運転の「レベル5」まで6段階ある。ARMAもMiCaも性能上は完全自動運転の一歩手前「レベル4」を前提に設計されている。しかし、今は3番目の「レベル2」で運行している。自動運転のレベルを上げるには、車両の性能を高めるだけでなく、さまざまな課題を検証、解決する必要があるからだ。

 境町の自動運転バスは現在、自動化の割合が7割ほどだ。交差点では運転手による目視を行う。駐車場では運転手が操作する。野尻智治副町長によると、デジタル田園都市国家構想交付金を利用して、バス路線にある13カ所の信号機の協調システムを整備するなど追加的な対策を講じ、自動運転の割合を9割に引き上げることを目指しているという。

5.png自動運転のレベル(出所)米SAE(自動車技術者協会)の資料を基に作成

町衰退への危機感が後押し

 境町が全国で先んじて自動運転バスを導入したのはなぜか。決断の背景には、橋本正裕町長の強い危機感があった。鉄道の駅がなく交通が不便な町のままではこの先、衰退の一途をたどりかねない。その解決策を探していた橋本町長の目に留まったのが、東北地方で行われた自動運転バスの実証実験を伝える記事だった。

 橋本町長は自動運転バスの運用会社、SBドライブ(東京都港区、現BOLDLY)の佐治友基社長と面談して話をまとめ、それから実質5日後には町議会の予算承認を取りつけた。驚くべき早業だ。

町民の協力も力に

 境町によると、自動運転バス導入に対して、町民に大きな反対はなかったという。むしろ町民の協力的な姿勢が目立った。運行開始の際、渋滞回避のためのバス待避所やバス停の用地は、沿線住民の協力で無償貸与してもらえたという。この取り組みが評価され、2022年2月に「第1回クルマ・社会・パートナーシップ大賞」で大賞を受賞した。

4.png自動運転バスの運行を監視する境町のコントロール・センター

恩恵と歓迎の声

 自動運転バスは導入から3年を過ぎ、住民の評判は上々だ。アンケートの答えも「高齢者が買い物できるようになった」「病院に送迎なしで行ける」「塾の送り迎えがいらなくなった」など、歓迎する声が多い。

 境町は5年後を目標に「誰もが生活の足に困らない町」の実現を目指している。現在は、決まったルートを定時運行しているため、買い物や病院の時間に合わないケースもある。野尻副町長は、自動運転バスが走らない地域で、「今後、アプリでデマンドバスを呼べる仕組みを構築する」としている。

導入の副産物も

 自動運転バスの導入は思わぬ副産物をもたらした。例えば、路上駐車が減っただけではなく、自動車の速度抑制にも寄与している。ARMAは時速約20キロで走行するため、後続する車に対する「ペースメーカー」の役割も果たしているという。

 想定外の経済効果も出ている。「日本初」ということもあり、境町へは、自動運転バスを視察する自治体関係者や試乗する観光客などが多く訪れ、宿泊や飲食に支出している。BOLDLYによると、自動運転バスはこれまで約30億円の経済効果をもたらしたという。

収益構造と採算は?

 自動運転バスの収益構造はどうか。デジタル庁の資料によると、自動運転バスは車両費用だけで1台あたり約5500万~8000万円。走行ルート作成などの初期費用として約1000万~2000万円がかかるという。さらに遠隔監視や充電設備設置費用などが必要で、負担は重い。

 コストの問題を境町はさまざまな工夫でクリアしてきた。ふるさと納税、デジタル田園都市国家構想交付金、ビッグデータ活用による旅客流動分析実証実験事業など税収や補助金を活用して、自動運転バス開始からの3年間は町の持ち出しなしで運行できているという。運賃は無料で、野尻副町長によると今後も料金を徴収する予定はないという。

 境町は2022年度のふるさと納税受け入れ額が約60億円と、関東地方で6年連続1位という追い風もある。潤沢なふるさと納税の収入や補助金等の獲得など、境町のような好条件が他の自治体でもそろうとは限らない。住民の足として求められる自動運転バスの整備を、多くの自治体が事業採算の取れる形で整備していけるのかどうか注目される。

8.png河岸の駅さかいに停車するARMA

事故の責任は誰に

 境町の取り組みは、運転手不足をはじめとした地域交通の課題を解決しながら住民の足を確保するモデルケースになると期待される。ただ、境町の方式が交通量の多い都市部でできるのか、一般道で「レベル4」のような高いレベルの自動運転が円滑に実用化できるのかなど、未解決の課題も多い。境町の自動運転バスも、運行ルートに地元住民に便利な路線を選ぶ一方で、幹線道路である県道17号線などは避けている。

 政府は2025年には自動運転レベル4の実証実験を全国40カ所に広げることを計画している。ただし、自動運転が社会に受け入れられるためには、技術のさらなる向上はもちろん、自動運転の導入に対応した制度の整備が欠かせない。特に関心が高いのは「事故が起きた場合に誰が責任を負うのか」という問題である。

「レベル3」以上になると...

 自動運転のうち、レベル2までは運転の主体は「人」だ。従って、ここまでは事故の責任は一義的に運転者が負う。問題は運転の主体が人間ではなく「システム」に移行するレベル3以上である。

 レベル3は人が運転の安全を監視する必要がなく、運転席でスマホを見ていても問題はない。ただし、緊急時などシステム側から運転者に運転を要求した際には人が適切に対応する必要がある。この際の対応次第では、運転者が責任を問われることもあり得る。

6.png車道と歩道が分かれていない道路も走る

普及の成否を左右

 これがレベル4になると、システム側は運転者の対応を期待しない。つまり、車内には運転者がおらず乗客だけになるケースがあるのだ。実際にレベル4の自動運転で事故が起きた際、誰が責任を取ることになるのだろうか。

 仮にシステムの開発者や運行事業者などが責任を取る必要があるのなら、開発や運行を尻込みする企業が出てくる可能性がある。導入を決めた自治体が責任を問われるのなら、自動運転の運用許可を渋るかもしれない。場合によって乗客にも責任が及ぶとなれば、自動運転バスなどへの乗車を敬遠する人もいるだろう。事故の責任の所在をどう判断するのかは、自動運転普及の成否を左右する大きな課題と言える。

ケースバイケースで判断

 現時点での見解を、専門家に聞いてみよう。自動運転倫理ガイドライン研究会代表も務める多摩大学の樋笠尭士准教授(文末に略歴)によると、自動運転のシステム自体に明白な問題があるのならメーカーや開発者の責任になるが、「多くの場合は運行事業者らの責任になるだろう」としている。

 例えば、システムが異常を検知したのに遠隔監視にあたる人が適切に停止措置を講じなかったのであれば、遠隔監視の担当者が責任を問われるという。監視者への教育が不十分だったことが事故の一因だったとすれば、運行事業者が責任の主体になる。救助が遅れた場合には、その担当者も責任を追及されるなど、樋笠氏はケースバイケースで対応せざるを得ないと見ている。実際の事故ごとに判断して、事例を積み上げることが必要となろう。

7.png悪天候でも住民の足として走行

「ソフトロー」を活用

 道路交通法は一般的な道路交通法規として過不足はないが、レベル4以上の自動運転を導入した際の具体的なケースに適応しているとは言えない。車両の安全に関する手引きなどは経済産業省が追加資料を出し、倫理問題など法的責任に関してはデジタル庁などが検討委員会を設けるなど対応を進めている。

 先端技術を活用した新領域では、何が起こり、どのような影響が広がるのか、事前に見極めるのは難しい。制定や改正に手間と時間のかかる法律ですべて対応するのは無理があるだろう。自動運転の実用化に伴う諸問題には、ガイドラインや指針といった「ソフトロー」を活用して機動的に対応するのが現実的と言える。

増える高齢者事故

 そもそも自動運転はどれほど必要なのか。自動車工業会によると、自動車の世帯普及率は約8割にのぼる。近年、高齢者を中心にアクセル踏み間違えや逆走などの運転ミスによる事故が多発している。

 警視庁によると、2022年に都内で起きた交通事故は3万170件で、そのうち高齢者が主たる原因の事故は4579件にのぼる。事故全体に占める比率は15%以上で高止まりしている。高齢運転者の事故で人的要因のトップは「発見の遅れ」(80.6%)だった。自動車メーカーは踏み間違え防止や衝突回避の機能を備えた車を発売しているが、普及はまだまだだ。

広がる免許返納の動き

 高齢者によるアクセルの踏み間違いや発見の遅れは、加齢による認知能力の低下の影響が大きい。そこで、政府は運転免許の更新に際して70歳以上に高齢者講習の受講を義務づけた。75歳以上には実地試験だけでなく、認知テストが2017年から義務化された。

 多発する高齢者事故のニュースを見聞きしたり、自ら身体能力の低下を感じたりして、運転免許を自主的に返納する高齢者が増えてきた。

9.png運転免許の自主返納の推移(出所)令和4年版運転免許統計を基に作成

 警察庁によると、2022年の1年間に約45万人が運転免許を返納したが、ここ数年は伸び悩んでいる。免許証の返納を支援するために、返納した人に無料のバスチケットなどを配布する自治体もある。

地域交通の救世主になるか

 気がかりなのは、免許を返納した高齢者が日常の「生活の足」に困る事態の増加である。交通網の発達した大都市はともかく、人口減少の激しい地方では乗客減少などでバスなどの公共交通機関の経営環境が悪化し、路線の縮小や廃止の動きが相次いでいる。運転手不足も深刻だ。この問題の救世主として自動運転に熱い視線が注がれている。

 境町で自動運転バスを運用しているBOLDLY市場創生部の加藤貴章氏に、公共交通の自動運転化の今後について聞いた。境町では当初、保安要員をバス車内に配置していたが、無事故を続けた結果、「保安要員の撤廃など規制緩和によって人員削減が可能になった」という。安全運行の実績を積み重ねることで人手のさらなる削減が可能と見ている。

自動運転の未来は?

 ただし、境町で運転を基本的にシステム任せにする「レベル4」が実現したとしても、加藤氏は「バスには運転手の配置を続ける必要がある」としている。バスの乗降時に手助けが必要な人もいるからだ。これは、高齢化が進む他の自治体も事情は同じはずだ。

 人口減少による人手不足やさらなる過疎化を考えると、自動運転バスの全国的な普及促進が望まれる。とはいえ、一般道において完全自動運転を実現させるには、依然として困難な課題が山積している。高いハードルをどう越えていくか。自動運転バスの普及・発展の行方は、さまざまな新技術の社会実装の成否を占う試金石となりそうだ。

〔略歴〕樋笠尭士氏(ひかさ・たかし) 
 多摩大学経営情報学部准教授
 上智大学法学部法律学科卒業。中央大学大学院法学研究科博士後期課程終了、博士(法学)。ヴュルツブルク大学法学部ロボット法研究所外国研究員、名古屋大学未来社会創造機構モビリティ社会研究所特任助教などを経て2021年より多摩大学経営情報学部専任講師、24年4月より現職。自動運転倫理ガイドライン研究会代表も務める。

新西 誠人

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※この記事は、2024年3⽉26⽇発⾏のHeadLineに掲載されました。

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