2024年06月11日
最先端技術
研究企画室長
今野 隆哉
テレビを見ていたら、CMで流れている知らない曲のタイトルがスマホ画面に表示されることがある。スマホのマイクが音を拾って曲を調べ、自動で表示しているのだ。生成AI(人工知能)活用などでネット上のサービスが目まぐるしく進化しているが、手放しで喜べない面もあり、各国で個人情報保護や不当競争防止等の規制も進められている。「自分の情報が盗み見られているのでは」と感じることがあるものの、インターネット無しでは生活できない現代。最新動向を正しく理解して、うまく付き合う方法を考えてみたい。
最新動向を検証する前に、まずはPCやスマホのインターネット閲覧ソフト(ブラウザー)に検索などの履歴を保存するクッキー(Cookie)に関する規制をおさらいしておこう。特に注意したいのが「サードパーティークッキー」(3rd Party Cookie=訪問しているサイト以外から発行されるクッキー)。企業などの依頼を受けた第三者が広告表示などに利用してきた。
閲覧している情報に関連した商品などの宣伝表示はこの仕組みを使っており、グーグルの2023年売り上げの77%を占める広告収入も、このCookieに支えられている。
種類 | 性質 | 内容 | 用途 |
1st party |
訪問したWebサイトから発行されるCookie | ログイン情報や閲覧履歴などのユーザーに関する情報 | サイト内でのユーザーの利便性向上やサイト運営のため |
3rd party |
訪問しているWebサイト以外から発行されるCookie | ユーザーの趣味や嗜好などの行動データ | 広告配信や行動分析などのため |
Cookieの種類・性質・内容・用途
閲覧情報を使った広告表示などの氾濫を踏まえて、2018年の欧州一般データ保護規則(GDPR)や、21年の日本の個人情報保護法などにより、ユーザーの許可なくウェブサイトが情報を収集することへの規制が強化されてきた。
ブラウザーの提供者側もCookieの自主規制を進めている。アップルのサファリは2020年3月に3rd Party Cookieを完全にブロック。グーグルのクロームは今年中に廃止予定だったが、4月23日に3度目の延期を発表した。これは、プライバシーを保護しながら3rd Party Cookieを代替する技術の開発が遅れているためだ。
加えて英国競争・市場庁(CMA)は、グーグルが開発中の代替技術に関して「デジタル広告の競争を弱め、グーグルの市場支配力を強化する」として対処を求めた。この要請もあって開発にさらに時間がかかり、3rd Party Cookie廃止が延期されている。
今、最も注目すべきは、先進AIを活用した各社のサービスであることは異論がないだろう。グーグルは5月14日、新検索サービス「AIオーバービュー」を発表した。AIが最適な回答を生成するとともに、回答の上下に検索ワードに関連したショッピングサイト広告を表示する。5月22日から米国の一部ユーザーを対象にテストが始まった。SNSやブログの書き込みを見ると賛否両論のようで、今後の動向が注視される。
アップルはiPhone用の次期基本ソフトウエア「iOS 18」のSafariで、AIを使った効率化機能「Web消しゴム」を提供すると報道されている。ユーザーがWebページごとにバナー広告や画像などの消去を設定できる。しかも、再訪問時も設定は有効で、お好みのサイトから広告を消し去ることもできそうだ。
広告の排除に対しては、英国の新聞業界団体であるニュースメディア協会(NMA)が「デジタル市場のコンテンツ収益化」を阻害し、ジャーナリズムの財政的持続可能性を危険にさらすとして、見直しを求める書簡をアップルに送った。ユーザーの選択の自由は尊重しなければならないが、電子版への移行が進む新聞業界にとって広告収益は無視できないのだろう。
最適な広告表示を模索するグーグル、ユーザー設定で広告を消去できるアップル。両社のビジネスモデルの違いによるものか、同じAIを活用しながら、対応の方向が180度異なる点は興味深い。
個人情報保護の他にも、各国でITプラットフォーマーに対する規制が進んでいる。欧州連合(EU)は市場の独占を防ぐため「デジタル市場法(DMA)」を今年3月に施行し、自社サービスの優遇、他社サービス利用の妨害を禁止した。また、ユーザーの安全性を確保するため「デジタルサービス法(DSA)」を2月に施行し、事業者に対して➀違法コンテンツの迅速な削除②透明性の高い広告配信―などを義務付けた。
日本も遅ればせながら検討が始まり、スマホソフトウエア競争促進法案(スマホ新法)を5月に衆議院で可決し、2025年中の施行を目指している。具体的にはアップル、グーグルなどにアプリストアや決済システムで競合他社のサービス利用を妨げることや、検索で自社サービスを優先するなどの差別的な取り扱いを禁止する。違反した場合には国内売上高の最大20%の課徴金を科すことも検討されている。
一部のITプラットフォーマーが独占的な地位を持つ中、新規参入者に対してより公平、公正な機会提供を求める機運はますます高まっていくだろう。
次に今後の動向を見てみよう。
グーグルは独自チップによりスマホ上でAI処理を実現する。最新型に搭載した「消しゴムマジック」は写真や動画の不要な映り込みや雑音を消去したり、音声をリアルタイムで翻訳したりできる。さらに次機種では生成AIをより高速化してスマホ機能に融合させる。例えば、詐欺電話の疑いありと判断したらユーザーに警告したり、盗まれたと判断したスマホをロックしたりできる。
アップルは、5月に発売した第7世代の新型iPadに自社半導体「M4」チップを搭載してAI処理を高速化。今年の秋ごろ発売の「iPhone 」シリーズでは生成AI対応を加速するようだ。
対話型の生成AI「チャットGPT」を開発した米新興企業オープンAIの戦略的パートナーで出資者でもあるマイクロソフトも見ておこう。同社は今年5月、「Copilot+PC(コパイロットプラスピーシー)」というAI機能を搭載した第7世代のPC「Surface Pro」「Surface Laptop」を発売した。
コパイロットプラスは、過去の作業内容を自動的に記録して必要な情報をすぐに検索可能。また、40以上の言語の音声をリアルタイムで字幕に変換、スケッチを洗練されたアートに変換など、独自の先進AI機能が搭載された。これらは、ネットワークに接続せずにスマホやPC上でAIを実現する、オンデバイスAIの競争が激化していくようだ。
最後に、冒頭のスマホへの曲名表示の話題に戻ろう。グーグルPixelは「この曲なに?」、アップルiPhoneは「Shazam」というアプリを通じて、街角やラジオ、TVなどで流れている音楽を音声認識し、曲名・アーティストなど表示している。
どちらも主にスマホの内蔵エンジン・アプリがオフラインで認識している。スマホ側で判断できない時や、より正確に特定する必要がある場合、ネットワークに数秒程度の音声データを送信して情報を得て表示する。その送信データは保存されずに削除され、スマホからの音声送信自体を認めない設定も可能となっている。
それでも、街に流れている知らない曲のアーティストや歌詞をたずねもしないのに教えてくれる機能は、どこか気持ちが悪いと感じるのは、私だけだろうか。
スマホやインターネットのサービスは今後も進化を続けて私たちの生活を変え、便利にしていく。最新サービスを活用しながらうまく付き合うためには、信頼できるサービス・機器を選択して、自分の基準に合わせてプライバシー保護の設定をして機能を利用することが重要となっていくだろう。
今野 隆哉