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テスラとBYDに見る成長のヒント

 浸透している「スピード経営」

2024年08月21日

最先端技術

客員主任研究員
新西 誠人 

 電気自動車(EV)2大ブランドのテスラとBYDは、ともに2003年に自動車産業に参入して以来、急速な成長を遂げてきた。両社にはいくつも共通点がある。中でも最も顕著なのが「スピード経営」だ。技術革新から生産プロセス、意思決定などあらゆる側面に浸透している。テスラとBYDの共通点を探り、企業を成長に導くヒントを探った。

3位以下に大きな差

 イーロン・マスク氏が率いるテスラは、自動車産業に革命をもたらした先駆的なEVメーカーとして知られている。2003年に米シリコンバレーで設立され、長距離走行できる高性能な電気自動車の開発をリードした。自動運転技術や革新的なエネルギー製品を手掛けるなど、未来を先取りした経営が特徴だ。

tesla.jpeg充電中のテスラ車【4月15日、米ロサンゼルス】

 一方のBYD(Build Your Dreams)は、中国の深圳に本社を置く多角的な技術企業で、EVと蓄電池で目覚ましい発展を遂げた。王傳福(ワン・チュアンフー)氏が1995年に設立した当初は携帯電話用バッテリーを手掛けていたが、限界を感じて他分野への転換を模索した。2003年に自動車メーカーを買収して自動車産業に参入し、革新的なEVメーカーとしての地歩を固めた。

 EV専門メディアのクリーンテクニカによると、2023年のバッテリー電気自動車(BEV)の世界販売シェアは、テスラが19.1%で1位、BYDが16.5%で2位。3位以下に大きな差をつける。両社は四半期ごとに40万台を超える販売を行っている。

graph2.pngバッテリー電気自動車(BEV)販売台数の推移(出所)各社HPなどを基に作成

死活的に重要なバッテリー技術

 両社の成功の礎となったのはバッテリー技術だ。EV開発においてバッテリーは死活的に重要である。製造コストの多くを占めるだけでなく、航続距離や加速性など車の基本性能を左右する。両社はバッテリーの継続的な改良に多大な資源を投入し、イノベーション(革新)の実現が競争力の源泉となっている。

 テスラは、パナソニックとの戦略的提携を通じて、エネルギー密度の高いバッテリーを開発することに成功した。この革新的なバッテリーによって、テスラ車は業界トップクラスの航続距離を実現している。さらに、自社の大規模生産拠点でバッテリーを大量生産することで、コスト削減と安定供給を両立させている。 

 BYDも独自の「ブレードバッテリー」を開発した。「刀」のように薄い形状にすることで、以前よりも多くの電池セル(注)を効率的に車内に搭載できるようになった。バッテリーの安全性と容量が向上し、コストパフォーマンスに優れたEVを実現した。

注:電池セルはバッテリーを構成する個々の電池を指し、セルは蓄電池1個を数える単位

垂直統合型の生産モデル

 EV生産は、開発、部品製造、組み立て、販売などを複数の会社が分担する水平分業のメリットが大きいとされるが、テスラとBYDはすべて自前で行う「自社内垂直統合」の生産体制を採用している。いわゆるケイレツ企業が分担する伝統的な自動車産業の「グループ企業型垂直統合」とも一線を画す。テスラとBYDは、こうした全工程を自社内で完結させる生産方式によって、生産効率の向上とコスト削減を同時に実現した。

image.png主な自動車生産体制と完成車部品構成のイメージ

 さらにテスラは、設計部門を生産現場に直接配置する斬新な体制を取っている。設計者が自身で設計した部品や車両の製造を目の当たりにすることで、問題点を早期に発見して迅速な「改善」を図れる利点がある。

半導体も自前で

 BYDも、タイヤとガラスを除くほぼすべての部品を自社で製造している。EVを制御する半導体も自社製造だ。こうした高度な垂直統合によって、BYDは外部サプライヤーへの依存度を最小限に抑え、部品供給を自社でコントロールできるようなった。

 この戦略は、2020年のコロナ禍による世界的な半導体不足の際に威力を発揮した。BYDは他の自動車メーカーが生産調整を余儀なくされる中でも、自前の半導体を使って、比較的安定した生産を維持できたという。

技術系のカリスマ経営者

 テスラのマスク氏とBYDの王氏は、どちらも技術者としてのバックグラウンドを持つカリスマ経営者である。彼らの技術への造詣と情熱が、両社の技術革新を加速させる原動力となっている。

 マスク氏は幼少期からコンピューターに親しみ、独学でプログラミングを習得した。この経験は、テスラ車の特徴である無線によるソフトウエアのアップデート機能などに生かされた。大学で物理学を専攻し、「物理法則に反しない限り何でもできる」という信念を持ったことも、テスラの革新的な製品開発の根底にある。

 王氏は冶金(やきん)物理学の専門家で、特にバッテリー技術に通じている。BYDが米投資家のウォーレン・バフェット氏から出資を受けられたのは、ノキアなど携帯電話のバッテリーに採用されたことがきっかけだ。経営者の専門性が、BYDのバッテリー技術における優位性につながっている。

日本で発売.jpg日本で発売されたBYD車【7月7日、名古屋市】

 経営者が技術開発に直接関与し、技術的課題の解決に積極的に取り組んでいることも、テスラとBYDに共通した特徴なのだ。

スピード重視の経営哲学

 両氏は、「スピード経営」という点でも共通している。マスク氏は、研究開発や生産に関して常に「より速く」を要求する。技術者に対し、一見不可能とも思える短期間での課題解決を求めることで知られる。多くの場合、技術者たちはこの厳しい要求に応え、マスク氏の予測の正しさを証明してきた。これが、テスラの急速な技術進歩と市場投入スピードの源泉となっている。

 王氏も、スピード重視の経営者として知られる。BYDは、開発された革新的な技術を直ちに製品に導入し、市場の反応を迅速に確認する。社内の意思疎通も、メールよりも即時性の高いチャットツールを多用するなど、情報伝達の迅速化に注力している。王氏は「企業の意思決定が遅ければ成功は難しい」と語っている。

組織文化、成長戦略で違いも

 一方で、テスラとBYDには、組織文化や長期的な成長戦略の点で大きな違いも見られる。例えば、人材管理のアプローチは大きく異なる。

 マスク氏のリーダーシップは、結果主義に基づいている。テスラでは、従業員の成果が期待に満たない場合、迅速に人事異動や解雇が行われることがある。信賞必罰の人事管理によって高い生産性と革新性を維持することを狙っているが、従業員のストレスや離職率の高さという弊害を招いているとの指摘もある。

 対照的に、BYDの王氏は「物をつくる前にまず人をつくる」という松下幸之助流の経営哲学を取り入れ、長期的な人材育成を重視している。BYDは、従業員に対する教育投資や、失敗を許容する文化の醸成に力を入れている。こうした経営方針が、従業員の忠誠心や帰属意識を高め、長期的な視点での技術革新を支えているとの見方もある。

将来課題は山積

 気がかりなのは、テスラの業績が足元で減速していることだ。競争力維持のために実施した販売価格の引き下げや、納車の遅れなどが響いた。とはいえ、中長期的に見れば自動車がEVにシフトしていく流れは変わらないだろう。今後の焦点は、既存の大手自動車メーカーなどが本格参入していく中で、テスラやBYDがこれまでのように優位性を維持できるかどうかだ。両社が今後もEV市場をリードしていくための課題は少なくない。 

 まず、バッテリー技術のさらなる進化が求められている。航続距離の延長、充電時間の短縮、そしてコスト削減は、今後も継続的な課題となるだろう。バッテリー以外でも、自動運転技術の実用化や、より環境に配慮した製造工程の確立など、新たな挑戦が欠かせない。

 さらに、世界的な環境規制の強化や、大手自動車メーカーの本格的なEV参入により、競争環境は一段と厳しくなるだろう。逆風が強まる中で、テスラとBYDがさらなる成長を遂げられるかどうか注目される。

製造業全体への一つの指針

 テスラとBYDの躍進は、基幹技術への注力や従来型とは違う垂直統合型の生産体制構築、技術系経営者によるリーダーシップ、さらに「スピード経営」など、多くの共通点に支えられてきた。企業の成長には、イノベーションとスピード経営が極めて重要であることを示す好例と言えるだろう。

 EV市場を切り開いた2社の経営手法は、自動車産業のみならず製造業全体にとって厳しい経営環境を勝ち抜く一つの指針となるに違いない。

新西 誠人 

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