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迫る「2024年問題」

 残業規制に課題山積

2024年03月22日

働き方改革

研究員
芳賀 裕理

 物流や建設、医療などの業種で2024年4月から残業時間の規制が強化される。これが経済などに悪影響を及ぼす「2024年問題」への懸念が強まっている。特に労働時間の短縮によって人手不足に拍車がかかり、物流など社会に欠かせないサービスの提供に支障が出かねないとの見方は多い。目前に迫った「2024年問題」の影響や課題を探った。

猶予期間が終了

 残業時間の規制は、大企業は2019年4月に、中小企業は20年4月にそれぞれ導入された。労使協定があれば事実上「青天井」だった残業時間に、原則として「月45時間」「年360時間」の上限を設けた。

 その際、物流・運送、建設、医療など人手不足が常態化していた業界は、残業に上限を設けると現場が回らなくなる恐れがあり、適用時期が先送りされた。この猶予期間が2024年3月末に終わる。猶予期間中にこれらの業界の人材不足が劇的に改善されたわけではなく、各方面から影響を心配する声が出ている。

業種によって異なる上限

 今回の残業規制は5年前と同様に、労働基準法に基づく残業時間の上限を原則として「月45時間」「年360時間」とし、「臨時的な特別な事情がある場合」には「年720時間」まで例外的に認める内容だ。ただ、労使の協定などによって上積みできる残業時間の上限は、業種や職種によって異なる。

 建設業は、災害復旧・復興の事業にあたる場合を除いて、労働基準法に沿った上限規制がすべて適用される。

 これに対し、物流・運送業であるトラックドライバーの残業は労使協定によって「年960時間」まで上限の引き上げができる。一方で、1日の拘束時間に上限を設けるなど「働きすぎ」の防止策が講じられる。

 医師は残業の上限が「年960時間」となる。ただし、救急医療や臨床・専門研修、地域の医療提供体制を確保する必要があるなど例外的なケースは、上限を「年1860時間」とする。「月80時間」の過労死ラインの2倍という上限設定には反対論もあったが、命を守る医師の職責の重さに配慮した形で決着した。

悪影響への懸念広がる

 今年4月の残業規制の適用によってどのようなことが起こるのか。企業の間では、業績などへの悪影響を懸念する声が広がっている。

 帝国データバンクの「2024年問題に対する企業の意識調査」(2024年1月26日)によると、残業の上限規制による物流の人手不足や輸送能力の低下などで「マイナスの影響がある」と答えた企業は68.8%にのぼった。

 具体的には、「物流コストの増加」(66.4%)、「人件費の増加」(41.0%)、「人手不足の悪化」(40.0%)が上位を占めた。物流コスト増加への懸念は、製造業(80.4%)、卸売業(79.2%)、農林水産業(75.2%)、小売業(69.4%)と、幅広い業種で高い比率となった。

1.png2024年問題への影響(出所)帝国データバンク

過酷な「4K職場」

 注目したいのは、今回の残業規制の対象となる業種の労働環境が極めて厳しいことだ。厚生労働省の「過労死等防止対策白書」(2022年度版)によると、脳・心臓疾患の労災請求件数の多い業種は1位が「運輸業、郵送業」で3位が「建設業」、4位が「医療、福祉業」となっている。

 過労死の背景にあるのが長時間労働だ。「労働力調査」を基に厚生労働省が集計したところ、月末1週間に60時間以上の就業をしている雇用者の割合(2022年)は、「運輸業、郵便業」、「教育、学習支援業」、「建設業」の順に高かった。

2.png心臓疾患の労災請求件数の多い業種=カッコ内は女性(内数)(出所)厚生労働省

 運輸業を担うトラック運転手の仕事は、「きつい、汚い、危険、帰れない」の4Kが大きな課題となっている。この集計結果からも、運転手の過酷な働きぶりが目に浮かぶ。

残業の主な原因は

 長時間労働の原因となっている過剰な業務や人手不足は、物流業界で慢性的に見られる。

3.png月末1週間の就業時間が60時間以上の雇用者の割合(業種別)
=雇用者のうち、休業者を除いた者の総数に占める割合
(出所)総務省「労働力調査」をもとに厚生労働省が集計

 総合物流企業SBSリコーロジスティクス(東京都新宿区)で国内営業を担当する松原正彦氏は「トラックドライバーを募集しても人が集まらないという声を営業所からよく聞く」と話す。海外営業担当の清水勉氏はトラックドライバー不足について「問題は日本だけでなく先進国共通の課題だ」と指摘する。

ドライバー流出の危機

 運輸業の業界団体「全日本トラック協会」の星野治彦企画部長は、人手不足解消に向けて「トラックドライバーの賃金を引き上げる必要があるが、そのためには適切な運賃を収受しなければならない」と強調した。

 だが現実は厳しいようだ。星野氏は「国土交通省は2020年4月に『標準的な運賃』を告示したが、荷主から十分な理解が得られていない。現行はトラックドライバーの給料は残業で支えられているのが実情だ。トラックドライバーから『稼げないなら辞める』といった声も出ている」と窮状を訴える。

政府の物流改革

 これまで運転手の長時間労働を前提としてきた物流・運輸業に残業規制を円滑に導入できるのか。政府や企業がどのような対策を講じてきたのか見てみよう。

 政府は昨年10月、「2024年問題」に関する関係閣僚会議を開き、「物流改革緊急パッケージ」を決定した。その3本柱が「物流の効率化」「荷主・消費者の行動変容」「商慣行の見直し」だ。

 民間シンクタンク・NX総合研究所は、今年4月の労働規制の強化によって運転手の労働時間が短くなれば、ドライバーは全国で年間14万人不足すると試算している。

 政府はドライバー不足などによる輸送力の低下を補うため、①自動フォークリフトなどの導入による「荷待ち・荷物の積み下ろし時間の削減」②共同輸送の促進による「荷物の積載率向上」③鉄道と船舶の輸送量を倍増する「モーダルシフト」④置き配やコンビニ受け取りでポイント還元する「再配達削減」の強化-を進めるとしている。

運転手のすそ野拡大

 民間企業もさまざまな対応を行ってきた。例えば、大手トラックメーカーは昨年9月、普通免許で運転できる小型ディーゼルトラックを今夏までに発売すると発表した。車両総重量は普通免許で運転できる3.5トン未満とする。大型免許を取得しなくても運転できるようにして運転手のすそ野を広げ、人手不足の緩和につなげる狙いだ。

 また別のトラックメーカーは2022年6月から物流現場での使い勝手のよさを売り物にした前輪駆動小型電動トラックを販売している。小型・低床で荷物の積み下ろしが容易で、女性でも扱いやすいことなどから、「ドライバー人材の確保に貢献」できるとうたっている。

AdobeStock_640091409.jpeg近未来のEVトラック(イメージ)

効率化へライバルと協力

 物流効率化のため、ライバル企業が手を組むケースが相次いでいる。昨年10月には、味の素やハウス食品グループ本社などが、北海道にある二つの物流拠点を1カ所に集約すると発表した。食品メーカーが共同出資する物流会社F-LINE(エフライン、東京・中央区)を活用し、トラック1台あたりの積載量を増やし、物流の効率を高める狙いがある。日本郵政とヤマト運輸は薄型荷物の配達で連携し、人手不足の解消を目指している。

 SBSリコーロジスティクスの松原氏によると、ビジネス機器・情報システム産業協会(JBMIA)は昨年4月から、参加企業17社で共同配送する取り組みを始めている。その範囲は北海道、北陸へと順次拡大しているという。

供給網見直しの動き

 日本経済新聞社が昨年12月に実施した社長アンケート調査で、回答企業129社の8.7%が「すでに供給網を変更した」、11.0%が「変更する」、31.5%が「検討中」と回答した。つまり半数の企業が供給網の変更を実施したか視野に入れていることになる。

 こうした供給網改革のニーズを受けて、企業の物流を支援するビジネスも盛んになっている。インターネットを介した荷主と配送会社のマッチングや、最も効率的な配送体制のシミュレーションなどさまざまなサービスがある。配送経路の効率化や積載率の向上を図り、ドライバー不足や運送コスト上昇など悪影響の緩和を目指している。

先端技術を活用

 NECやNTTデータ、富士通などは人工知能(AI)や量子コンピューターを活用して共同配送や中継輸送などの効率を高める取り組みを行っている。三菱重工業が2023年9月の「国際物流総合展」に出展した次世代コンセプト無人フォークリフトは、荷物を自動的に最適な場所や順番で積み下ろしする機能を搭載している。実用化されれば、作業の効率化が図られるだろう。

効率化には限界も

 これまで見てきたように、政府や企業は物流業界の人手不足への対応を進めている。ただし、対策の中心である効率化や機械化では「2024年問題」解決が難しい業種や職種もある。

 残業の上限が最大で「1860時間」となる医師はその典型と言える。高度医療や救急医療への対応は、どうしても医師の人手が必要となる。医療や物流をはじめ社会にとって不可欠なエッセンシャルワーカーの処遇や労働環境を改善して慢性的な人手不足そのものの解消を目指す必要があるだろう。

2024年は通過点

 全日本トラック協会の星野氏は、「働きやすい環境を整えることができなければ、トラックドライバーを志す者がいなくなる」「年960時間の残業規制は通過点にすぎない。他の業種のように年720時間の残業規制を見据えた対策が必要だ」と強調した。

 残業時間を削減してもドライバーが収入を確保できるようにするには、事業者がサービスの必要性や品質に見合う対価を得ることが欠かせない。下請けや取引先に低価格を強いる商慣行や、過度なサービスを求める消費者意識の改革などが求められている。

脱「人材の使い捨て」を

 バブル崩壊や2008年のリーマン・ショックを受けて、人件費の安い非正規労働者を多用して利益を確保するビジネスモデルが広がったことにも問題がある。

 総務省の「労働力調査」によると、非正規職員・従業員は労働者全体の4割近くを占める。コロナ禍を受けて経済活動が停滞した時期は「雇い止め」などで非正規雇用が減少し、経済が復調した22年には26万人の増加に転じた。

4.png非正規の職員・従業員数(出所)総務省「労働力調査」

 「2024年問題」への対応で改めて浮き彫りになったのは、人材を大切にすることの重要性だ。生産年齢人口の減少により幅広い業種で人手不足が深刻化している。忙しい時は非正規労働者を大量に雇い、業績が悪くなったら解雇する「人材の使い捨て」のようなやり方から、そろそろ脱するべきではないか。

官民あげて取り組もう

 「2024年問題」から見えてきた課題は、物流などの対象業種に限られたものではない。少子高齢化で現役世代が減っていく「明日の日本」の縮図とも言えるだろう。働き方や商慣行、消費者意識、外国人の活用など見直すべき問題は多岐にわたる。官民をあげて課題解決に取り組み、日本の成長・発展を阻害するリスクを軽減することが重要だ。

芳賀 裕理

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※この記事は、2024年3月26日発行のHeadLineに掲載予定です。

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