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「つながり」「成長」生む企業オーケストラ

 今日的な意義、期待される役割

2024年08月23日

働き方改革

研究員
小川 裕幾

 主に社員やその関係者などが参加する企業内オーケストラはかつてよりも大幅に減少したものの、現在も熱心に活動を続ける団体がある。50~100人で構成されるケースが多く、年に1~2回の定期演奏会のほか、社内イベントや近隣住民に向けて演奏会を開くなど、社内活性化、地域貢献にも一役買っている。

 社内外でのきずなを強め、社員の成長の場ともなっている企業内オーケストラ。職場における連携強化、能力開発など仕事や職場に好影響をもたらすと期待されている。その役割や今日的な意義について探った。

20240820_02.jpgリコーフィルハーモニーオーケストラ定期演奏会【5月26日、横浜みなとみらいホール】(同オーケストラ提供)

息長く活動

 1956から2006年まで企業内オーケストラなど職場の音楽団体が参加する「日本産業音楽祭」が開かれていた。職場における音楽活動に詳しい東京経済大学全学共通教育センターの久保田慶一客員教授(音楽学)は日本産業音楽祭について、「第9回(1964年)に195団体が参加しピークを迎えたが、第1次オイルショック(1973年)後、実質経済成長率の低下と連動して参加団体数も減少した」と振り返る。

 1980年代に日本経済がバブル期を迎えたものの、久保田氏は「人々は個人や家族でレジャーを楽しむようになり、参加団体数が回復することがなかった」という。2004年には参加団体数が25程度まで減少した。

 また、2001年以降は雇用形態が変化し、多くの企業で派遣社員やパートが増加。久保田氏は「音楽活動を支えていた正社員が減少。企業内の音楽活動や福利厚生活動も後退することになった」と話す。職場における音楽活動は減少していったが、継続している団体は職場や地域などにさまざまな影響をもたらしている。

 息長く活動している五つの団体に足を運んで、活動の意義などについて実情を聞いた。

仕事も生き生きと

 団員として演奏会などで活躍できる場があるということは、仕事以外の場でも自分を成長させられるチャンスを得ている。みずほフィルハーモニーの鈴木祐人団長は「仕事が忙しい時や、地方転勤で首都圏を離れていた時でも、当団やその転勤先でできる限り継続的に演奏活動に参加し続けました。プライベートが充実することで、仕事にも良い影響が出ていたと思います」と話す。

20240820_03.jpgみずほフィルハーモニーの定期演奏会で演奏する鈴木氏【2023年7月、ミューザ川崎シンフォニーホール】(同フィル提供)

 多くの企業内オーケストラは社員が主なメンバーだが、年齢や役職、性別、考え方などに関係なく、全員が一人の団員。フラットなコミュニケーションが自然に取れる。日立フィルハーモニー管弦楽団の運営委員長中村智氏は「普通に仕事をしていたら関わることのない多様なメンバーと、大好きな音楽で語らうと自然に元気になる」と声を弾ませる。

 オーケストラは現在50~60代のメンバーが多い。そうしたベテラン社員が団体運営において、どうしたら組織がまとまるか、どうしたら仲間を増やせるか、どうしたらみんなで上達できるかなど一生懸命に創意工夫し、プライドを捨てて頑張っているという。

 フラットな人間関係の中で皆が本気で音楽に取り組むことで、アドバイスを受けて奮起したり、悔しがったり、喜んだりする。また、お互いを理解しあったり、人の成長を喜ぶ自分に出会ったりする。仕事だけでは得られない個人の成長を感じている様子で、個人の成長は組織や企業の成長にもつながっていく。

20240820_01.jpg日立フィルハーモニー管弦楽団の練習風景【7月27日、川崎市内の練習場】(同管弦楽団提供)

「居場所」を作る

 また時には、職場に馴染(なじ)んでいない社員の「居場所」を作ってくれる。例えば、コロナ過で社内交流が少ない時期に入社した新卒社員の場合が、その好例。NECソリューションイノベータ管弦楽団事務局メンバーで入社3年目の菱沼まり氏は「新人の頃に楽団の存在を知った。演奏メンバーに入れてもらい一気に人間関係が広がって助かった」と語る。同広報担当の鈴木晴子氏も「楽団のおかげで、会社での居心地がより良くなった」と当時を思い出していた。

 演奏会になると経営層をはじめ、さまざまな社員が聴きに来る。経営層の一部は演奏後のレセプションにも参加し、団員に直接声がけすることもあるという。若手社員が時には、普段話ができない幹部社員に励まされる。こうした経験について東芝フィルハーモニー管弦楽団佐藤耕輔事務局長は「彼らは特別な出来事だと喜んでいる」という。

 若手社員にとって楽団は、入社後の定着や帰属意識を高める役割も果たしているようだ。

企業アピール、地域とタイアップ

 つながりを強めるのは、身近な人間関係だけではない。普段仕事で関わることが難しい部署、グループ会社、顧客との交流も生み出す。リコーフィルハーモニーオーケストラは、グループ会社の表彰式で演奏をしたり、営業マンが活動を顧客に紹介したりしている。福井利之運営委員長は、「私たちの演奏会を企業のアピールツールとしてお客さまにご紹介いただいている」と自信をのぞかせる。

20240820_04.jpg「リコージャパン リコーマスターズコンベンション」でのリコーフィルハーモニーオーケストラの演奏
【7月5日、横浜ロイヤルパークホテル】(同オーケストラ提供)

 オーケストラ活動は地域とのつながりも強めている。NECソリューションイノベータ管弦楽団は、オフィスを構える新木場駅の駅長の計らいにより駅コンコースで演奏会を開いた。そのほかにも、お祭りや公園などでも演奏し、江東区の区報で取り上げられた。佐伯康夫団長やインスペクターの城守恵子氏は「地域の皆さんとのつながりを日々強く感じますし、今後も積極的に働きかけたい」と意気込む。

20240820_05.jpgNECソリューションイノベータ管弦楽団の新木場駅クリスマスコンサート【2019年12月、新木場駅コンコース】(同管弦楽団提供)

創造性の素地にも

 団員が生き生きと活躍するにはマンネリ打破も必要で、日立フィルハーモニー管弦楽団は定期的な刺激を団員に与えている。同運営委員の庄子聡氏は「最近、ベテラン指揮者を思い切って、とても若い指揮者に変更した。これはすごい効果があった。それまでと選曲ジャンルが全く変わり、みんなとても新鮮な気持ちで練習に挑めている」と強調する。

 さらに「われわれの音楽活動が充実することは、団員の職場での仕事を充実させるために必要な条件だと思います」と話す。

 指揮者の感性や感覚、音楽経験によって、演奏テイストや音色は当然、違ってくる。そうした違いをメンバーが肌で感じることは、創造性が求められるこれからの仕事の素地(そじ)となっていくに違いない。

新たな可能性を引き出す

 企業内オーケストラでの活動は、音楽のつながりを通して社内外の組織や人の垣根を越えて新たなきずなを創り出すとともに、成長の場でもある。これは職場で仕事をすることだけでは得られない価値で、企業にさまざまなメリットをもたらすはず。「新たな可能性」を引き出す活動と言えるのではないだろうか。

〔略歴〕
久保田 慶一氏(くぼた・けいいち)
東京経済大学客員教授。東京学藝大学教授、国立音楽大学教授・副学長を経て、現職に至る。専門は西洋音楽史と音楽家のキャリア研究。PhD.(音楽学)。

20240820_06.jpg

〔取材した企業オーケストラ〕※順不同
みずほフィルハーモニー
2000年設立。主な活動は年2回の定期演奏会。
インタビュイー:鈴木 祐人(団長)
https://mizuhophilharmony.web.fc2.com/index.html

NECソリューションイノベータ管弦楽団
2003年設立。主な活動は年に1度の定期演奏会や新木場駅コンサート等の開催。
インタビュイー:佐伯 康夫(団長)、 菱沼 まり(事務局)、城守 恵子(インスペクター)、鈴木 晴子(広報)
X、Facebookアカウント有

日立フィルハーモニー管弦楽団
1995年設立。京浜地区の日立製作所および関連会社の社員が中心。主な活動は年に2回の定期演奏会。
インタビュイー:中村 智(運営委員長)、庄子 聡(運営委員)
https://www.hitachi-hpo.com/

東芝フィルハーモニー管弦楽団
1989年設立。主な活動として年1~2回の定期演奏会のほか、合唱団との共演、
室内楽演奏会等を開催。
インタビュイー:佐藤 耕輔(事務局長)
http://orchestra.ec-net.jp/intro1.html

リコーフィルハーモニーオーケストラ 
1986年発足。主な活動は年に2度の定期演奏回や本社近隣住民をお招きしてのファミリーコンサート。
インタビュイー:福井利之(運営委員長)
https://blog.ricoh.co.jp/RPhil/

小川 裕幾

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