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デジタル時代の「つながらない権利」

 “電源オフ”で働き方を見直そう

2024年11月19日

働き方改革

研究員
河内 康高

 「つながらない権利」への注目度が高まっている。休日や勤務時間外に、仕事に関係した電話やメールへの対応を拒否できる「権利」のことだ。日本では法的な権利として認められていないが、海外では欧州を中心に法制化が進んでいる。日本には「困った時はお互いさま」という相互扶助の考え方や、顧客の要望にいつでも応えるべきだとする「お客さまは神様」の企業文化も根強い。「つながらない権利」は日本社会に定着していくのだろうか。

デジタル化で増す「つながる負担」

 スマートフォンやインターネットが普及したデジタル社会。私たちは24時間365日いつでもどこでも「つながっている」ことが当たり前になった。友人とのコミュニケーションやSNSでの交流、ビジネスの情報収集などさまざまな場面で利便性を享受している。

 一方、職場や上司、取引先とも「常につながっている」状態となり、労働者が「心からの解放感」に浸るのは難しくなった。新型コロナ禍以降、多くの企業でテレワークや在宅勤務が導入されて働き方の自由度は高まったが、プライベートと勤務中の区別がつきにくくなった面もある。このため、職場や取引先からの連絡には「常に応じなければならない」というプレッシャーがかえって強まったと感じる人も少なくないようだ。

勤務時間外の連絡7割強

 実際に、勤務時間外に仕事の電話やメールに対応した経験のある人は少なくない。日本労働組合総連合会(連合)が2023年9月に実施した「"つながらない権利"に関する調査」によると、全体の72%が勤務時間外に「業務上の連絡がくることがある」と答えた。しかも10人に1人は「ほぼ毎日」だという。

勤務時間外に業務上の連絡がくる頻度
(出所)日本労働組合総連合会「"つながらない権利"に関する調査2023」を基に作成

 勤務時間外に部下・同僚・上司から連絡がくると「ストレスを感じる」との回答は62%にのぼり、連絡の中身を確認しないと「内容が気になってストレスを感じる」も61%だった。取引先からの連絡についても、ほぼ同様の結果となった。オフ時間に仕事の連絡がくるだけで、多くの労働者がストレスを感じていることがわかる。

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勤務時間外に業務上の連絡がくることへのストレス
(出所)日本労働組合総連合会「"つながらない権利"に関する調査2023」を基に作成

欧州で広がる法制化

 仕事の連絡が、労働者の心身に負担を与えていることを問題視し、海外では業務時間外の「つながらない権利」を法律として定める動きが広がっている。フランスでは2017年、改正労働法によって、従業員数50人以上の企業を対象に「つながらない権利」の実現に向けた行動計画について労使が協議し、協約を結ぶことを義務付けた。

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つながらない権利を巡る各国動向(出所)各国法令および各種報道を基に作成

 こうした法制化はイタリア(2017年施行)やスペイン(18年施行)などでも行われた。2021年には、欧州議会が「つながらない権利に関する欧州委員会への勧告に係る決議」を採択しており、欧州連合(EU)加盟国では今後、つながらない権利を法制化する動きが加速するとみられている。

 今年8月には豪州でも、勤務時間外の連絡に「応答しない権利」が、法律で認められた。雇用者側に「応答を求める合理性」がある場合は例外として連絡への応答が必要だが、「応答を求める合理性」があるかどうか労使の見解が割れた際には、公正労働委員会が介入して判断する仕組みだ。

連合が法制化を要望

 日本でもコロナ禍によるテレワークの普及などを背景に、つながらない権利への関心が高まった。2021年に厚生労働省のテレワークに関するガイドラインが改定され、勤務時間外の業務指示や報告のあり方などについて、ルールを設けるべきだとする規定が盛り込まれた。時間外のメールなどに対応しなかったことを理由に不利益な人事評価をするのは不適切だとする考えも示された。企業に対し、労働者のつながらない権利を尊重するよう求めた形だが、ガイドラインに強制力はない。

 連合は今年5月10日、厚労省の有識者会議「労働基準関係法制研究会」のヒアリングで、「いわゆる『つながらない権利』の立法化を検討すべきである」と要望した。政府はこうした意見も参考に議論を始めた段階で、法制化の是非や時期に関する方針は不透明だ。

職場に最適な方法を模索

 つながらない権利は労働者の保護につながるメリットがある反面、業種や職種に関係なく一律に認めるのは現実的ではないとの指摘もある。働き方はそれぞれの業界、会社、職場、ポストなどによって大きく違うからだ。

 例えば、入院中の患者の容体が急変して、勤務時間外の主治医しか適切な治療をできないようなケースで、医師のつながらない権利を尊重して連絡せず、患者を命の危険にさらすことはできないだろう。大規模なシステム障害の復旧に欠かせないエンジニア、大規模災害時の救命・救助にあたる消防士や警察官...。こうした、つながらない権利の実現が難しい局面が予想される労働者は、枚挙にいとまがない。

「つながらない権利」難しい職種も...

 法制化の先駆けであるフランスでも、一律に勤務時間外の業務連絡や報告を禁じているわけではない。つながらない権利を守るための具体的な方策は、労使の検討に委ね、それぞれの実態に即した形でつながらない権利の実現を図っている。

工夫の余地はある

 とはいえ、つながらない権利を認めていくことは、労働者保護や働き方改革の観点からも重要だ。職場などの事情に即して可能な限り権利を尊重し、働き方を改善することが労働者福祉の向上につながる。①業務プロセスを透明化し、属人的な要素を極力減らす②緊急時に備えた待機勤務者をローテーションで配置し、担当者以外は安心して休める体制を構築する―など、工夫の余地はいろいろあるだろう。

 労使が対立するのではなく、協調して「緊急対応が必要な業務の範囲」や「負担を極力軽減する方策」などを話し合い、それぞれの職場に最適な方法を模索するのが得策だ。高度にデジタル化された社会における「望ましい働き方」について考える良い機会ではないか。

第一歩は意識改革から

 つながらない権利を守るルールや制度を作ることは大切だが、より重要なのは経営者から管理職、一般の従業員に至るまで、つながらない権利を尊重することの有用性をきちんと理解することだ。

 そもそも、つながらない権利が意識されるようになったのは、社会のデジタル化で「つながるのが当たり前」になったことが大きい。まずはこうした風潮を見直し、かつて勤務時間外にはつながらないことが「当たり前」だった事実を思い返したい。いつの間にか染み付いた意識の改革が、つながらない権利を尊重する第一歩となる。経営トップが先頭に立ち、啓発・教育を進めてもらいたい。

「つながらない時間」を作ろう

 労働者自身が、意識的に「つながらない時間」を作るよう努めることも重要だ。日本人は遺伝的に「心配性な人」が多いとする研究もある(注)。仕事への責任感や、対応しなかった際のペナルティーに対する不安から、勤務時間外でも業務に関連する連絡に過敏に反応してしまう人は多いのではないか。こうした傾向を理解し、労働者自身がオンとオフを切り替えて、つながらない時間を確保することが望まれる。

 具体的には、仕事のメールやスマホの通知を切る時間を「マイルール」として決めたり、上司や同僚に「この時間は対応できない」と周知したりして、積極的にリラックスできる環境を作ってはどうだろう。せっかくの休日を「つながっている」意識のまま過ごすのはもったいない。時には仕事用のスマホやパソコンの電源をオフにして、心から「完オフ」を楽しんではいかがだろうか?

(注)参考論文「Anxiety traits associated with a polymorphism in the serotonin transporter gene regulatory region in the Japanese」(Fumiyo Murakami、Tokio Shimomura、Kazuhiko Kotani、Shiro Ikawa、Eiji Nanba、Kaori Adachi、1999年)

河内 康高

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