企業統治指針 成長投資促す改訂
上場企業の行動原則を定めたコーポレートガバナンス・コード(CGコード=企業統治指針)が、2026年7月に改訂された。5年ぶりとなる今回の改訂は、株主還元など短期的な株価対策の偏重を改め、中長期的な企業価値向上を重視するよう求めた点が特徴だ。各企業が、資金、人材、知的財産などをどのように配分し、成長につなげるのかが問われる。日本企業のガバナンスが「形式」から「実質」へと転換する契機となるか。改訂の狙いと背景を考察し、あるべき企業経営の姿を探る。
「形」の改善は進んだが
CGコードは、上場企業に適切な企業統治を求め、持続的成長と中長期的な企業価値向上を図る狙いで、2015年から適用が開始された。株主の権利確保や他のステークホルダー(利害関係者)との協働、経営の透明性確保などの基本原則が定められた。
その後、外部の視点を経営に反映させる社外取締役の増加や、いわゆる持ち合い株(政策保有株式)の縮減など、適正な企業統治の「形式」は整ってきた。その一方で、経営リスクの回避や不祥事防止など「守りのガバナンス」が重視されるあまり、①多額の現預金を抱えたまま成長投資を怠る②組織防衛のため社外取締役への情報提供が不十分で監督機能が働かない―といった経営側の消極的な対応によって企業価値向上という「実質」が伴っていないとの指摘も出ていた。
今回の改訂は、企業自身が成長の道筋を描き、現預金を含む経営資源を有効活用して企業価値向上につなげるよう促す狙いがある。そもそも、CGコードは、企業行動をルールで一律に規制するのではなく、あるべき原則(プリンシプル)を示し、その実現に企業が率先して取り組むことを求めるものだ。このため、各社が原則を実施するか、もし実施しない場合はその理由を説明する「コンプライ・オア・エクスプレイン(原則を順守せよ。さもなければ理由を説明せよ)」を基本としている。この説明も「ひな型」的な表面的な説明ではなく、個別・具体的な説明が求められる。企業価値向上に向けた上場企業の自主的かつ実質的な取り組みを浸透させることが改訂の眼目と言える。

三つのポイント――成長投資・実効性・説明責任
改訂のポイントは大きく三つある。第一に、資金を含む経営資源を成長投資や事業ポートフォリオの見直しにどう振り向けるかを明確にすることだ。ハード面の設備投資だけでなく、人的資本や知的財産などソフト面の投資も含まれる。第二に、社外取締役の人数をそろえるだけでなく、彼らへの情報提供や支援体制を含め、取締役会の監督機能を実効性の高いものにすることだ。第三に、企業が原則の趣旨に照らして自ら判断し、その理由を株主や社会に対して説明責任を果たすプリンシプルベースの運用を徹底することである。
これらは、コードに定められた項目を形式的に満たすだけではなく、企業が自ら成長の道筋を考え、経営判断の理由を説明するよう求めている点が共通する。例えば、改訂コードの解釈指針で、有価証券報告書を株主総会の3週間前には開示するよう求めているのも、企業への一方的な規制強化ではなく、企業と株主・投資家との対話をより充実させるための環境整備が趣旨である。
守りの経営から成長投資の経営へ
1990年代前半のバブル経済崩壊以降、日本企業は将来の危機に備えて現金や預金を内部留保として積み上げる「守りの経営」に傾斜した。リスク回避の姿勢に加え、金融不況以降の経済停滞でビジネスチャンスが減り、有望な投資先が見いだせなかったという背景もある。実際に潤沢な内部留保によって、2008年のリーマン・ショックや20年の新型コロナ禍を乗り切れたという経験も、企業の「ため込み主義」を助長した。
むろん、企業が資金を蓄えること自体が否定されるべきではない。日常的な運転資金の確保や経済危機への備え、M&A(企業の合併・買収)などに備えた資金として有用だ。だが、事業規模に照らして説明がつかないほど過大になり、成長機会があるのに漫然と資金を眠らせているようではビジネスチャンスを逃し、企業の競争力は低下しよう。ひいては、株主やステークホルダーの利益を損なうことにもなりかねない。
成長段階に応じた資金の使途
これまでのガバナンス改革で、持ち合い株の縮減や株主還元の拡大が進み、資本効率の向上に対する企業の意識は高まった。ただ、資本効率改善の指標であるROE(自己資本利益率)などを高めることが目的化したきらいがある。利益率向上のため成長投資で利益を増やすよりも、配当増加や自社株買いの拡大などで分母の資本を減らす方策に重きを置く企業が増えた、との指摘もある。
配当や自社株買いは、短期的には資本効率や1株当たり利益を押し上げ、株価上昇の効果も期待できる。だが、成長余地のある企業が、設備投資、研究開発、人的資本投資に回すべき資金を株主還元に振り向けてしまうと、中長期的な競争力向上のチャンスをつぶす恐れもある。
むろん、今回のコード改訂は株主還元そのものを否定しているわけではない。企業が自らの成長段階や事業機会を踏まえ、今は投資よりも株主還元の方が合理的だと、エビデンス(証拠)を示して説明できるかどうかを問うているのだ。事業の成長期には設備投資や研究開発、人的資本投資を優先し、事業が成熟すれば株主還元を厚くするなど、企業の成長段階に応じて最適な資金使途は異なる。改訂されたコードは、経営判断の自主性を尊重しつつ、株主などへの説明責任を果たすよう促している。

成長投資は設備だけではない
成長投資と聞けば、工場や機械への設備投資、M&Aなどを思い浮かべる人が多いだろう。しかし、企業の競争力を支える人材や知的財産への投資も、重要な成長投資の一つである。
2023年から、有価証券報告書における人的資本情報の開示が義務付けられた。ただし、女性管理職比率や男性育児休業取得率などの数値を整えるだけでは不十分だ。重要なのは、各社がどのような事業を伸ばそうとしているのか、そのためにどのような人材が必要で、育成や採用にどう投資し、その成果をどう検証するのかを明示することだ。
例えば、新しい事業分野への進出を掲げながら、必要な専門人材の採用や育成に十分な経営資源を使っていないようなら、経営戦略と人材戦略のちぐはぐさは否めない。CGコード改訂でも、人的資本投資については、収益力などの目標を掲げた上で、その実現に向けて具体的に何を実行するのか説明を求めるなど、単なる情報開示にとどまらない踏み込んだ対応を求めている。
社外取締役は「量」から「質」へ
社外取締役の増員は、従来のガバナンス改革を象徴する取り組みだ。しかし、社外取締役の比率が高い有名企業でも不祥事や経営判断の誤りが繰り返された。人数などの「形」を整えるだけでは、監督機能の実効性は担保できないということだ。こうした反省を踏まえ、今回の改訂では、独立社外取締役の人数や比率にとどまらず、果たすべき役割、独立性、会社からの情報提供や支援体制の整備といった「質」の重視を打ち出した。
社外取締役の実効性を阻む代表的な課題が、社内取締役との情報格差である。社外取締役が経営会議や日常的な社内情報に接する機会は限られる。優秀な人材を招いても、重要な情報が十分に提供されなければ、その知見を経営判断に生かせない。このため改訂では、取締役会議長や独立社外取締役を含む取締役を支援する事務局(コーポレートセクレタリー)の機能強化を盛り込んだ。社外取締役に資料を渡すだけでなく、必要な情報の収集や論点整理、社内関係者との接続までを支援する体制が求められる。
重要なのは、社外の知見に基づいて経営陣に実質的な問いが投げ掛けられ、警鐘が意思決定に反映されることだ。取締役会の実効性も、開催回数や出席率といった形式で評価するのではなく、具体的な議論の内容や経営判断をどう変えたのかという中身で判断するべきだろう。
自ら考える経営へ
先述の通り、CGコードはそもそも、企業の行動を細部にわたって一律に規制するものではない。大きな原則を示し、各社が自社の経営環境に照らし合わせて順守するかどうか決めるプリンシプルベースの仕組みである。しかし、実際にはコードの各項目の実施状況を形式的に確認し、CG報告書の欄を埋めることが目的化する面もあった。企業自身が原則の本旨を理解し、自社に適した対応を選ぶことが重要だ。
その上で、「なぜこの投資をしたのか」「なぜこの規模の現預金を保有しているのか」「なぜこの人を社外取締役にしたのか」などについて、誠実かつ丁寧に説明する必要がある。さらに、企業からの一方向の説明にとどまらず、株主をはじめとしたステークホルダーとの対話を通じて、経営に磨きをかけることが重要だ。一方、株主や投資家側にも、各社の説明を理解し、妥当性を判断するリテラシーが求められる。

ガバナンスに「経営の意思」を入れよ
コード改訂が求めているのは、企業の内部留保削減でも社外取締役の増員でもない。企業自ら成長の具体策を考え、実現に向けて資金、人材、知的財産をどう配分するのかを決めることだ。取締役会が機能を強化し、事業戦略、財務戦略、人材戦略を一つの成長ストーリーとして統合し、適切な経営資源の配分の実施と継続的な検証を行う必要がある。
CGコード改訂に形式的に対応するのでは意味がない。自社のベストプラクティス(最適行動)を立案・実践し、その理由を誠実に説明する企業こそが、投資家や社会からの評価が高い「選ばれる企業」となる。すなわち、成長の成否は企業自身の選択と実行に委ねられているのである。
《おさらい》
Q コーポレートガバナンス・コード(CGコード)とは。
A 上場企業が持続的に成長し、中長期的な企業価値を高めるための行動原則だ。企業行動をルールで一律に規制するのではなく、原則の趣旨を踏まえて企業自身が考え、最適な行動を取ることを促すものだ。
Q 2026年7月の改訂の主な狙いは。
A 日本のガバナンス(企業統治)を「形式的な対応」から「実質的な価値向上」に切り替えることだ。背景には、CGコードの求める資本効率向上のため成長投資によって収益力を高めるのではなく、自社株買いによって資本を圧縮するなど、指標の改善が目的化している実情がある。
Q 具体的には。
A 企業が成長の道筋をきちんと描き、資金、人材、知的財産などの経営資源をどう配分するのかを明確に情報開示するよう求めた。社外取締役も、人数をそろえるだけなく、実質的なチェック機能を高める必要性を強調している。
Q 企業に求められることは。
A CGコード改訂に形式的に対応するのではなく、自社のベストプラクティス(最適行動)を立案・実践することだ。その上で、判断理由を株主などに丁寧に説明し、対話を通じて経営に磨きをかける必要がある。
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斎藤 俊