2014年01月01日
地球環境
主任研究員
柳橋 泰生
地球上に水は14億km3、東京ドームの1兆杯分という、とてつもない量が存在する。しかしながら、そのほとんどが海水であり、真水は約2.5%でしかない。しかも、大部分が北極と南極の氷や地下水である。
実際に、私たちが直接利用できる河川や湖沼の淡水の量は、地球全体の水の量の0.01%にすぎない。「水の星」と呼ばれる地球であっても、生活や産業に利用できる割合は意外なほど小さい。日本は水に恵まれているが、世界規模では大変貴重な資源なのである。
「昔に比べると、東京の水道水がおいしくなった」―。こう感じる人が多いのではないか。少なくとも、「まずい」と感じる機会は減ってきたはずだ。実は昨年10月、東京都水道局は利根川水源の全ての浄水場で全量を高度浄水処理水とする事業を完了したのである。
映画「男はつらいよ」のお好きな方は御記憶かもしれないが、金町浄水場の「とんがり帽子の取水塔」が江戸川に映し出されるシーンがあり、脇役として"好演"している。この浄水場から、1989年に都の高度浄水施設の整備計画が始まった。筆者は厚生省(現厚生労働省)勤務時代、これに関与したため、「おいしい水」を目指した四半世紀にわたるプロジェクトの成功は感無量である。
下水道の急速な整備に伴い、水道水の源となる河川の水質が劇的に改善されたほか、浄水場への高度浄水施設の導入が「おいしい水」に大きく貢献している。
浄水場の工程は通常、①水源から引いてきた水に薬剤を投入し、よくかき混ぜる。②水中の汚れをくっ付き合わせ、汚れの粒を大きくする。③その粒を水の流れがゆったりした広いプールに導く。④大きな粒を沈めると同時に、その上澄み水を砂の層に通して、細かい粒も取り除く。⑤消毒剤(主に塩素)を注入する。―という手順になる。
一方、高度浄水施設はこうした通常工程に加えて、生物やオゾン、活性炭などを使う特別な処理方法を追加している。生物処理は、水中の汚れを微生物に食べさせて水を浄化。オゾン処理では、水中にオゾンを注入し、その強い力で汚れを分解する。活性炭処理は、粒状の活性炭の層に水を通し、汚れを吸着している。その層は2m程度もあり、浄水場で見学者がその厚さにびっくりするほどだ。活性炭の層に微生物を繁殖させ、汚れを微生物に食べさせるように設計する場合もある。
厚生労働省は、「臭い」が問題となった水道から給水を受けた人口を集計している。それによると、1990年度の約2200万人がピークであり、1999年度には100万人程度まで大幅に減少している。もちろん、その最大の要因は高度浄水施設の普及である。今では、全国350カ所以上の浄水場に高度浄水施設が導入され、都市部の水道水に限れば約3割に達している。
苦情が訴えられる水道水の臭いとしては、カビ臭が最も多い。アナベナやフォルミジウムといった植物プランクトンから、カビ臭のする物質が発生する。こうした生物にとって栄養素であるリンや窒素が貯水池に流入し、水温が上がってくると大量に繁殖するのだ。ごく少量が貯水池に流れ込んだだけで、植物プランクトンが異常なほど増えてしまい、その制御は大変難しい。
その厚い壁を突き破ったのが、独立行政法人・水資源機構のプロジェクトだ。そこで活躍したのは、熱帯魚を飼う水槽で見かける、空気の泡をブクブク出す「曝気装置」である。
植物プランクトンの生育が増える夏場、ダム貯水池の水温は水面に近いほど高く、深くなるほど低い。そこで、貯水池の中に曝気装置をたくさん設置し、水面から水深20mまでの水温がほぼ同じになるまで大量の空気を吹き込み、水をかき回すと植物プランクトンの異常増殖(アオコ)が収まったのである。
カビ臭のない「おいしい」水を供給するには、まずそれを定義しておく必要がある。実は今から30年も前に、厚生省は「おいしい水研究会」を設け、ミネラルや炭酸、有機物、臭気強度、残留塩素、水温などについて、それぞれ条件の検討を始めていた。
例えば、臭気強度は3以下でなければ、「おいしい水」とは言えない。3とは、臭いを測る対象の水100ccに対し、無臭水(ミネラルウォーターなど)200ccで薄めた時に臭いがあっても、それより若干多めの無臭水で薄めれば、臭いがなくなる状態を表す。
臭いはなくてよいが、ミネラルや炭酸は少し入っていたほうがおいしく感じる。カルシウムやマグネシウムなどのミネラルは水を蒸発させると、容器の底に残る。その量が30~200mg/ℓの範囲にあると、「おいしい水」の条件を満たす。これより多ければ渋みが増してしまい、逆に少ないとコクやまろやかさがなくなる。一方、炭酸の場合は3~30mg/ℓ含まれていると、飲む人に爽快感を与えるという。
細菌がもたらす人間への感染を防ぐため、法律で蛇口から出てくる水には塩素が0.1mg/ℓ以上存在することが求められる。その一方で、この残留塩素がカルキ臭の原因となるため、前述した厚生省の研究会では0.4mg/ℓ以下を求めている。
しかし、数kmもある長い水道管の中を通るうちに塩素は少しずつ減ってしまうから、水道水中の塩素を全ての蛇口で0.1~0.4mg/ℓにコントロールするのは至難の業。このため、浄水場では塩素を少なめにしておき、途中の拠点で不足分を補充して対応するという細かな配慮が見られる。
それでも、地球温暖化の影響からか、新たな深刻な問題も起こっている。例えば、寒冷な青森県では水温が低いため、カビ臭物質を発生させる植物プランクトンの異常繁殖が見られなかったが、一昨年の夏は水道水にカビ臭被害が発生した。
「おいしい水」を求める努力は、まだまだ続けなければならない。臭いのする水道がゼロになるまで...
柳橋 泰生