2017年09月27日
地球環境
主席研究員
則武 祐二
リコーは2050年までに自社の工場やオフィスで使う電力をすべて再生可能エネルギーで賄い、温室効果ガスの排出をゼロにする計画を策定。同様の目標達成を目指す、グローバル企業の集団「RE 100」に日本企業として初めて参加した。同社で長年にわたり環境事業に取り組んできたリコー経済社会研究所の則武祐二・主席研究員にその動機や背景などを聞いた(聞き手はRICOH Quarterly HeadLine編集長・中野哲也)。
―まず、「RE100」とはどのような企業集団なのですか。
事業運営に使用する電力の100%を再生可能エネルギー(以下「再エネ」と表記)で賄うことを宣言した、企業のイニシアチブです。国際環境NPOのThe Climate Group(※1)が、CDP(※2)の協力を受けて2014年に開始しました。参加条件としては、①事業運営に使う電力を100%再エネで行うことを宣言する②第三者監査を受けた進捗報告を毎年行う―などがあります。現在、世界各国の102社が加盟しています。
※1
The Climate Groupは2004年、当時のブレア英首相の支援を受けてロンドンで設立。現在は、英国のほか、米国やインド、中国、香港などに支部があり、世界中の有力企業や州・市政府が参画する。
※2
CDPは2000年、気候変動などの問題解決を促進することを目的に、欧米の機関投資家などによって設立されたNPOである。
―なぜリコーはRE100参加を決断し、再エネ100%を目標に掲げたのですか。大変高いハードルにも見えますが。
リコーは2017年4月に脱炭素社会の実現に向け、2050年にバリューチェーン全体での温室効果ガス排出ゼロを目指す、新たな環境目標を設定しました。同時に、次の4つの目的でRE100に参加したのです。
①再エネを積極的に活用する企業姿勢をグローバルに明示し、リコー社内の意識づけを図る。
②リコーが推進中の省エネや創エネなど、エネルギー関連ビジネス展開の後押しを図る。
③ESG(環境・社会問題・企業統治)投資や各種企業評価制度において、リコーの評価向上につなげる。
④電力の需要家の立場から、リコーが再エネの必要性を意思表示し、供給側に変革を促す。
―2050年までにどのようなステップを踏みながら、目標達成を目指すのですか。
再エネ導入の難易度は国・地域によって大きく異なります。通常購入する電気代と再エネ導入コストの差が、国によって相当違うからです。
例えば、再エネによる自家発電の設置価格が安い米国などでは、リコーグループは既に自家発電施設の設置を進めています。また、欧州の一部のように購入電力を自由に選べる地域では、再エネ由来の電力に変更しても、電気代がそれほど高くならず、かえって安くなるケースもあります。こうした地域では、再エネ電力に積極的に切り替えていきます。
(出所)リコー
実はRE100を推進する上で、最も困難なのが日本です。リコーグループは日本での電力使用量も大きいのですが、電力市場の自由化が始まったばかりで購入電力の選択肢が少ないのが実情です。また、再エネの発電コストが高いという問題もあります。
しかし、ようやく日本でも電力市場の自由化が加速してきました。来年には電力の「非化石価値取引市場」が創設される見込みです。そうなると、固定価格買取制度によって作られた再エネ電力も、RE100宣言に利用できるようになります。
また、再エネの発電コストも低下傾向にあり、自家発電利用も含め、選択肢は広がっていくと期待されます。今後、こうした動向を予測しながら、いつまでにRE100を達成できるかを見極めていくことが重要になります。
―リコーの販売する複合機(MFP)などの商品が割高になりませんか。
MFPなどのオフィス機器は、製造原価に占める電気代の割合が大きくないのです。また前述したように、電力の調達価格が大幅に上昇するようなこともないため、お客様に販売する商品の価格が割高になることは決してありません。
―リコーが温室効果ガスの排出ゼロを目指しても、部品や材料の調達先が化石燃料由来の電力を使い続ければ、地球温暖化にブレーキを掛けられないのでは。
その通りだと思います。しかしながらパリ協定の下、国際的には規制を含めた様々な制度によって、化石燃料由来の電力の比率は低下していくでしょう。
また、ESG投資も含め、企業の脱炭素社会に向けた活動はさらに加速すると思われます。そのためにも、RE100宣言企業の重要性が地球社会で認められ、「仲間」を増やしていくことが重要だと考えています。
―欧州に比べると、なぜ日本では再エネの普及が遅れているのですか。
大きな違いがあるのは、欧州では政府・政治家が気候変動対策の必要性と不退転の決意を明確にしているからです。このため、企業は気候変動に対応するビジネス転換が経営上不可欠なことだと認識しながら活動しています。また、企業経営者は政府・政治家に対し、より厳しい施策と国際的な推進を求めてきました。ですから、再エネ市場においても、早い段階で市場拡大とともにコストダウン競争などが起こりました。現在では欧州だけでなく、中国やインドでもコストダウン競争を伴って市場拡大が進んでいます。
これに対して日本では、政府と産業界の間で気候変動政策の是非をめぐる、そもそもの議論が長く続いていました。企業からすると、政策の将来性が見えない中で、環境投資を進める決断は難しいものだったと思われます。
―今年6月、米国のトランプ政権は「パリ協定」からの離脱を表明しました。各国の政府・企業の地球温暖化対策に影響を及ぼしますか。
結論から言うと、影響は小さいと思われます。米国においてもトランプ大統領が離脱方針を表明した2017年6月1日、実はその日のうちにパリ協定の遵守をコミットした12州による「米国気候同盟」が立ち上がったのです。そのほかにも、パリ協定を支持する州が現れています。米政府がパリ協定を後退させるような影響を与える可能性は小さいと思われます。
―パリ協定は「世界の気温上昇を産業革命前から2度未満、できれば1.5度未満に抑える」としており、相当困難な目標とも指摘されます。世界の有力企業がRE100に続々と参加すれば、目標は達成できるようになりますか。
RE100企業が増え続け、各国の政府や世論に与える影響力が強くなれば、気温上昇を抑制する効果も大きくなると考えられます。しかしながら、1.5度未満に抑えるには、企業の自主的な取り組みだけでは困難です。家庭部門も含め、すべての分野でエネルギー消費行動の変革を促進するためには、市場メカニズムを通じて炭素排出の削減を促す「炭素価格」の設定などの政策・規制の導入が不可欠になります。
則武 祐二