2020年04月13日
地球環境
研究員
間藤 直哉
新型コロナウイルスが猛威を振るい、世界が戦後最悪ともいわれる危機に直面する。今回のような感染症だけでなく、日本列島はさまざまな自然災害に見舞われてきた。とりわけ地震のリスクは常に意識せざるを得ず、近年は地球温暖化で風水害の被害も甚大だ。2019年10月の台風19号では、都内の多摩川近くにある自宅にも避難勧告が出た。その1カ月前には台風15号が千葉県を中心に大きな被害をもたらしており、この国はどうなってしまうのかという不安を強く抱いた。
こうした災害時に困るのが停電である。台風15号では残暑厳しい中で電力網がダウン。テレビのニュース番組では、被災者の方が「エアコンも扇風機も使えず、非常にきつい。冷蔵庫が動かず食べるものもない」と途方に暮れていた。
こうした中、災害発生時でも電気が使える「オフグリッドハウス」が注目を集め始めた。太陽光などで発電したエネルギーと蓄電池を使い、電気を自給自足する「家」のことだ。オフグリッドとは「電力網に接続しない独立した電源」という意味である。このため、災害時でも電気製品を使える。再生可能エネルギー(再エネ)を用いれば、地球温暖化の抑制にも貢献できる。
一体、オフグリッドハウスとはどんなものなのか。その疑問を解くため、再エネの普及のためにオフグリッドに取り組む湯浅剛さんを取材した(取材は2020年1月24日)。一級建築士である湯浅さんは東京都調布市で夫人の景子さんと設計事務所を営む。その傍らで、「一般社団法人えねこや」を2016年6月、市内で同じような志を持つ仲間とともに設立。オフグリッド生活を自ら実践しながら、独自にノウハウを蓄積している。なお、「えねこや」は同僚の理事が考えた造語。自然の力で作るエネルギーだけを使い、心地よく過ごせる小さな建築(=小屋)を意味するという。
「一般社団法人えねこや」代表理事の湯浅剛さん
湯浅さんがオフグリッドハウスに関心を抱いたきっかけは、2011年3月の東日本大震災だ。停電や断水に加えて原発事故まで発生。放射能におびえる日々を送った経験から、一時は脱原発運動にも参加した。だが、世の中が変わらないことに失望...。そんな時に出会ったのが、オフグリッドハウスだった。
「これなら防災や環境保全に役立つし、自分の専門である建築の知識も活かせる」―。適地を探していると、偶然にも隣が空き家になり、譲り受けることできた。自然エネルギーだけで仕事ができる事務所に、リノベーションしようと決断したのだ。夫人とともに設計を進め、2016年6月に自身初の「えねこや六曜舎」が完成した。
空き家(左)を「減築」して完成した「えねこや六曜舎」
(提供)大槻 茂氏
「えねこや六曜舎」は太陽光発電パネル(3.3キロワット)や鉛蓄電池(48ボルト、18キロワット時)を装備。電気に加え、太陽熱温水器で作るお湯も使える。冬場の暖房には木質バイオマス燃料のペレットストーブを利用する。消費するエネルギーはこれだけ。再生可能なものしか使っていない。
一方、水の確保については雨水タンクを設置。それに加え、「人力井戸掘りワークショップ」に集まってくれた人たちと井戸も掘った。上下水道につなげているものの、庭の水やりや車の洗浄などには雨水と地下水を使う。万一、災害時に断水が起こった場合、トイレの水洗に使うことも可能だ。
ペレットストーブ(無電力式)
(提供)大槻 茂氏
この「えねこや六曜舎」には、建築士の湯浅さんならではの「こだわり」がふんだんに見られる。オフグリッドハウスの場合、家を小さくすることでエネルギー使用量を抑える。湯浅さんは「だから増築ではなく『減築』するのです」と指摘する。また、冷暖房の効率を上げるため、基礎や屋根、壁などに断熱材、窓には「アルミ樹脂複合のトリプルサッシ」や「木製の片引き窓」をそれぞれ導入し、断熱・気密性能を向上させた。空気の循環が起こりやすいよう、間取りにも工夫を凝らす。輸入材ではなく国産材を活用。それを運ぶ距離にも気を配り、できるだけ近い産地のものを利用するという徹底ぶりだ。環境に良いことは何でもやり、もちろん家電も省エネ製品をそろえた。
湯浅さんが熱い想いを込めて造った「えねこや六曜舎」。3年半使ってみて初めて分かったことが多いという。例えば、3日も雨が降り続くと太陽光が不足してしまい、電力が十分ではなくなる。だがこうしたケースは年に1回程度だから、工夫次第で何とかしのげると確信できた。逆に、夏場は電気が余るため、エアコンの使用をためらう必要もない。
予想以上に効果を発揮したのが、太陽熱温水器だそうだ。都内の日照時間でも、1年の4分の3は40度以上の温水が手に入る。ガスを使うことなくお風呂に浸かり、シャワーを浴びることが、春から秋はほぼ毎日、冬でも晴れていれば可能だ。機器は40万~50万円程度から導入でき、しかも維持費用がほとんどかからないという。
その一方で、オフグリッドの普及に向けては、幾つかの課題も見えてきた。1つはコストで、家庭用に使われる市販のリチウムイオン蓄電池はまだまだ高い。さらにオフグリッド仕様にもなっていない。「えねこや六曜舎」では、取り扱いに少し手間の掛かる鉛蓄電池をオフグリッド仕様にして使い、コストを極力抑えた。それでも工費を含めるとそれなりの金額になる。湯浅さんは「扱いやすいリチウムイオン蓄電池がもっと安くなると、普及が進むはずです」と今後の技術革新に期待する。
もう1つの課題が、再エネの実力がまだあまり知られていないこと。実際に見てもらわないと、一般の人は「我慢して住む」という先入観を消してくれないからだ。湯浅さんは多くの人にオフグリッドや再エネの実力、そして気持ちの良い空間を体感してもらおうと、2019年4月に第2作となる「移動式えねこや」まで作ってしまう。木製トレーラーハウスで5畳ほどの小屋。クラウドファンディングで資金を集め、ワークショップで製作協力者を募った。最近は各種イベントに呼ばれ、出かけて行って見てもらう機会も増えているそうだ。
「移動式えねこや」
(提供)いとう 啓子氏
「移動式えねこや」の内部
「えねこや」を取材するうち、自宅をオフグリッドハウス化できないものかと考え始めた。「自宅をまるまるリフォームするのは、ちょっとハードルが高いのでは」と躊躇(ちゅうちょ)していると、湯浅さんが「少しずつエコ仕様に改造したらどうですか。例えば、太陽光発電パネル1枚と蓄電池システムだけでも、LED照明やスマホなどの充電には十分ですよ」と助言してくれた。
湯浅さんによると、最も手軽なのが雨水タンクの導入。ネット上では数万円から購入でき、日曜大工で簡単に設置可能という。筆者も災害に備えて早速導入したいと思う。その次は太陽熱温水器、それとも太陽光発電システムにしようか...。今や防災対策の検討が楽しみの1つになった。
(写真)提供以外は筆者 RICOH GRⅢ
間藤 直哉