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全国の水道局長がビクビクする「虫」 万一、発生してしまうと...

2014年04月01日

地球環境

主任研究員
柳橋 泰生

18年前、埼玉の小中学校で起こった「ミステリー

 1996年6月、原因不明の下痢が埼玉県越生(おごせ)町の小中学校で多数発生しているとの情報が、県の保健所に寄せられた。集団食中毒の疑いもあり、学校給食や水道水、井戸水などの検査が即座に実施されたが、食中毒を引き起こす菌やウイルスは一切検出されなかった。

 ところが、一般家庭でも同様の症状を訴える者が続出した。まるでミステリー小説のような展開である。発症者全員が同じ水道水を利用していたため、改めて詳しい検査が行われた。

 その結果、「クリプトスポリジウム」という、一般には知られていない病原微生物が患者の便や水道水から検出された。被害者は8000人を超え、実に当時の町の人口の6割強。これが、水道水を介したクリプト集団感染事件の国内第1号となった。

 それから18年。今、「水道水の水質問題で何に一番気をつけていますか」と全国の水道局長に尋ねると、間違いなく「クリプト」という答えが返ってくる。

 日本の近代的な水道施設は、1887年に横浜で最初に建設された。開国後、欧米人を通じてコレラや赤痢といった伝染病の菌が持ち込まれ、その対策の一環として日本の水道の歴史が始まったのである。

 しかし、越生町のクリプト集団感染事件では、伝染病対策で導入されたはずの水道が、皮肉なことに伝染性の下痢を爆発的に発症させた。このため、全国の水道局に衝撃が走り、それ以来、クリプトには「水道にとって最も危険な微生物」というレッテルが貼られることになる。

ノロウイルスに匹敵!クリプトの強烈な感染力

 クリプトは元々、ウシやブタ、イヌ、ネコ、ネズミなどの腸に寄生している原虫(単細胞の微生物)である。ただし、人にも感染する可能性があり、その場合の潜伏期間は3~10日程度。発症すると、下痢が一日に何度も起きるが、数日~3週間程度で自然治癒する。大きさは5ミクロンメートル程度だから、人間の髪の毛の太さの10分の1にも満たない。

 クリプトの第一の特徴は、細胞を包んでいる分厚い殻。このため、浄水場で水道水に注入される塩素では死滅しない。ただし、熱には弱いから、水を煮沸すれば死滅させることができる。

 第二の特徴は、強烈な感染力である。世界保健機関(WHO)の報告によると、健康な人にクリプトが数個含まれた水を飲ませただけで、感染したという。例えば、強い感染力が恐れられるノロウイルスでさえ、10~100個単位でなければ人間には感染しない。クリプトの感染力はノロ並み、もしくはそれを上回るといってよいだろう。

 第三の特徴は、非常に高い増殖力である。クリプトが人間や動物の口から入ると、その腸の中で殻が破れて「子ども」のようなものが飛びだし、猛烈なスピードで増殖する。1人の発病患者から検出されるクリプトの数は、10億個にも達するといわれる。越生町の事件では、浄水場の上流側に下水処理施設が稼働していた。このため、感染者から排出されたクリプトが下水から上水に混入し、感染が爆発的に拡大したとみられている。

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 クリプトによる水道を通じた集団感染事件は、世界各地で発生している。1993年、米国ウィスコンシン州ミルウォーキーでは、市営水道がクリプトに汚染され、40万人以上が感染。水道水を取り入れている川の上流にある下水処理場や、牛の放牧場が汚染源として疑われている。また、1997年には、ロンドン郊外で345人が発症する事件が発生した。井戸がヒツジやウシの放牧場に囲まれており、そこからクリプトが混入したと考えられている。

クリプトには怖い仲間が...感染者は世界数億人

 クリプトにはよく似た仲間がいる。その名は「ジアルジア」。日本でこの微生物による水道を介した感染事例はないが、米国では多発している。ジアルジアもクリプトと同様、分厚い殻に包まれており、塩素が効きにくい。感染者数は世界中で数億人規模といわれ、中でも熱帯から亜熱帯に多く、感染率が20%を超える国もある。日本では、戦後の混乱期に3~6%に達していたという。

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 実は日本でも河川では、クリプトとジアルジアが頻繁に検出されている。関東平野を流れる利根川の水を測定すると、水10リットル中に1~10個程度、多い場合は100個近くも検出される。浄水場で除去されず水道水に混入すると、感染する可能性があるレベルだ。

 越生事件を受けて、全国の水道局は一斉にクリプト対策に乗りだした。水道水の濁り具合(濁度)が高いと、クリプトやジアルジアが含まれている可能性も強まる。このため、各水道局は濁度の基準値を20倍に引き上げ、厳しく管理するようになった。ろ過処理では従来の砂に加え、合成樹脂の膜(フィルター)が使われはじめた。越生町では事件発生から2年後に膜ろ過施設が完成し、安全対策を徹底している。

 18年前の越生事件以降、水道を介したクリプトやジアルジアによる感染事件は国内で発生していない。濁度管理の強化や膜ろ過施設の普及が奏効したと考えられよう。しかし今も、プールが感染源になったり、あるいは原因不明の集団感染が発生したりしており、全国の水道局長は目に見えない「虫」への警戒を片時も怠ることができない。

柳橋 泰生

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※この記事は、2014年4月1日に発行されたHeadlineに掲載されたものを、個別に記事として掲載しています。

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