2021年03月08日
地球環境
企画室
岩下 祐子
ようやく春が間近に感じられ、寒さが和らいできた。今年も厳しい冬の寒さを乗り越えられたのは、「使い捨てカイロ」の存在が大きい。二男が所属する高校サッカー部の試合応援では、絶対に欠かせないアイテム。さらに今年は、暖房がない部屋での在宅勤務でも活用中。職場の同僚に尋ねると、「通勤・外出時には必ず身に付ける」という声が少なくない。
調査会社によると、使い捨てカイロの年間販売量は数億単位に上るそうだ。冬だけでなく夏場も使う、冷え性の女性やお年寄りなどが増えているらしい。その一方で、使用済みカイロを「燃えるゴミ」として捨てる際、筆者は「1回しか使えないのはもったいない」と毎回思う。
ある日、インスタグラムを眺めていると、「あれっ?」と思う投稿を見つけた。フリー女性アナウンサーが、使用済みカイロの回収協力を求める会社のツイートを拡散していたのだ。検索してみると、GoGreenGroup(本社大阪市)が使用済みカイロを全国から集め、それを使って池や川などの水質を改善する試みを進めているらしい。同社に取材を申し込み、代表取締役の山下崇(46)さんにインタビューを行った。
GoGreenGroupの山下崇代表取締役
(写真)筆者
青年時代の山下さんはボクシングに打ち込み、プロのキックボクサーに転じた。本場バンコクでもリングに立ち、36歳で引退。その後、両親が滋賀県彦根市で営むコンビニを任された。店で大量に発生する食品廃棄物(フードロス)を毎日見ながら、「食べ物を無駄にすることへの罪悪感」を募らせ環境問題への関心を強めたという。
また、アルバイトで雇っていた中国人が帰省する際、使い捨てカイロを大量に購入することにも興味を抱いた。尋ねると、「中国は寒いので、お母さんに買って帰るととても喜ぶんです」という。そんな2016年のある日、山下さんの目にある記事が留まった。使用期限切れの使い捨てカイロを再利用し、有機汚泥(ヘドロ)を分解して悪臭を減らす―。という研究を伝える新聞記事(2016年10月6日、日刊工業新聞)である。
ボクシングでフットワークを鍛えた山下さんは早速、記事に出ていた東京海洋大学の佐々木剛准教授(現教授)に連絡を取り、企画書を作って事業化に向けた協力を申し出たという。そして2018年、GoGreenGroupを設立したのだ。
ところで、なぜ使用済みカイロを使って水をきれいにできるのか。佐々木教授の研究や山下さんの話によると、そのプロセスは①使い捨てカイロに含まれる鉄が、水中で二価鉄イオンになる②ヘドロに含まれ悪臭の元となる硫化水素と、二価鉄イオンが結合して硫化鉄に変わるため、悪臭が除去される③また、二価鉄イオンはヘドロを酸化分解し、酸素供給効果をもたらす④それによって水中の微生物の種類が変わり、水質が浄化される―となる。山下さんは「カイロの中身は実は、土壌改良剤と同じなのです」と話す。
GoGreenGroupはこのプロセスの効率を高めるため、使用済みカイロの中身から鉄を取り出し、酸を添加してキューブ型ペレットに加工。「ウサギのエサ」に似た形状のペレットを作る際、油圧プレス機で10トンぐらいの高圧をかけて固める。環境に有害な接着剤を使わなくても、圧縮によって固形にできるのだ。また、固形だから広範囲に撒くことも可能になる。
キューブ型ペレット(左)、圧縮袋に入れ保管中のペレット(右)
(提供)GoGreenGroup
ペレットの開発に成功を収めた山下さんは2019年5月、北六甲カントリークラブの池(広さ約1600平方メートル)でヘドロ除去の実証実験に着手。その結果、水質が確実に改善する結果を得た。ただし、それには年間200万円程度のコストが掛かることも分かった。このため、使用済みカイロを大量に集め、コストを引き下げることが課題になった。
現在、全国の賛同者から郵便や宅配便で使用済みカイロを集めているが、昨年手に入れられたのは約1トン。それを大幅に増やすため、山下さんは東奔西走。学校や市町村に協力を求めるほか、コンビニやドラッグストア、ホームセンター、ゴルフ場、Jリーグのスタジアムなどに回収ボックスを置いてもらおうと、必死に交渉を続けている。また、カイロメーカー1社からも引き取ることになった。
さらに、山下さんはこの取り組みの中で、障がい者の雇用も創出する。使用済みカイロを送ってくれた賛同者宛てに、心を込めて礼状を書いてもらうのだ。はがきは使用済みの牛乳パックで作るなど、エコを徹底している。
はがきの写真
(提供)GoGreenGroup
山下さんの夢は膨らむ一方だ。2025年大阪・関西万博の会場となる夢洲(ゆめしま)周辺の海水をきれいにしたいと思い立ち、友人が設立した「一般社団法人・国際オーシャンリハビリテーション協会」に参画する。同協会のプロジェクトは大阪・関西万博」までに、大阪湾を江戸時代当時のように魚が集まり、きれいで豊かな海域に戻すことを目指すという。
さらに、山下さんは海外展開を視野に入れ、「仲間がいるドイツでは検討が始まり、インドや中国からも声が掛かっています」と笑みを浮かべる。GoGreenGroupの社員は現在、山下さんただ1人。でも、山下さんの情熱に感銘を受けた63人の仲間が、この取り組みを支えてくれる。本業の傍ら、損得抜きで汗を流す同志である。使い捨てカイロが地球を救う―。この熱いメッセージが大阪から世界中に発信される。
<使用済み使い捨てカイロの送付先>
〒679-0313
兵庫県西脇市黒田庄町岡684-1
GoGreenGroup物流センター 行
<GoGreenGroupからのお願い>
岩下 祐子