米中貿易戦争の行方(上)
米トランプ政権と中国の「貿易戦争」が、緊張と緩和を繰り返しながら継続している。これは、一方的な要求を突き付け強引に押し切るトランプ流ディール(取引)が、中国には通用しなくなったことを示している。米中のパワーバランスはどのように変わり、貿易戦争はどこへ向かうのだろうか。上下2回に分けてリポートする。
自画自賛したが......
「10点満点で12点だ!」
トランプ米大統領は、10月30日に韓国・釜山で行われた習近平主席との首脳会談を終え、中国とのディールの成果を自画自賛した。
焦点の貿易交渉では、中国がレアアース(希土類)などの輸出規制を1年間停止するほか、米半導体企業の「独占」に関する調査を中止することなどで合意した。これに対し米国は、第2次トランプ政権が中国に発動した追加関税34%分のうち、合成麻薬のフェンタニル流入を理由とした20%分を10%に引き下げることなどに応じた。さらに、安全保障上の理由から事実上の禁輸とする対象品目を定めた「エンティティーリスト」を子会社に適用する拡大措置を見送ることでも合意した。
実情は「痛み分け」
これらの合意が、トランプ氏の言う「10点満点で12点」という高評価に値するのか疑わしい。冷めた見方をすれば、今年3月以降、米中相互がエスカレートさせた関税率の引き上げや貿易制限の強化を基本的に元に戻したにすぎない。米国の一方的な勝利ではなく、「両者痛み分け」といったところだ。
もう少し掘り下げると、さまざまな「米国の誤算」が浮かび上がってくる。一つは、トランプ流の"脅し"が中国に通用しなくなったことだ。トランプ氏は、10月上旬に中国が公表したレアアースの追加規制に反発して「100%の追加関税を課す」と息巻いたが、中国側は意に介さず聞き流した感がある。
トランプ流交渉術の限界
さらに中国側は今回、トランプ大統領が得意とする「トップレベルでの直接交渉」の土俵にも乗らなかった。合意の呼称は「釜山合意」ではなく、事務方が折衝した地名を冠した「クアラルンプール合意」となった。事務方主導の調整で合意内容が詰められ、釜山の首脳会談でサプライズは起きなかった。
実はこの合意で、米国が中国から得たものは少ない。トランプ政権は、「中国が大豆を大量に買うことを約束した」とアピールするが、米国側が一方的に公表した「向こう3年間にわたって毎年2400万トン」という購入量は、2020~24年の平均(2900万トン)を下回る。第1次トランプ政権で、関税引き上げを武器に中国から譲歩を引き出し、米国産品の大量購入を約束させた「フェーズ1合意」を今回も再現できるのでは、との思惑は見事に外れた。
また、中国が「フェンタニル対策を強化することを約束した」として関税を引き下げたが、そもそも密輸という不法行為に中国政府の対策がどれほど効果を上げるのか不透明だ。あやふやな「証文」の見返りに、関税引き下げという「実利」を中国に与えざるを得なかったことが、この交渉での米国の不利な立場を物語っている。
| 1月20日 | 米 第2次トランプ政権誕生 |
| 2月4日 | 米 中国にフェンタニル関税10%の課税発表 中 品目別関税など対米報復措置 |
| 3月4日 | 米 フェンタニル関税10%追加(計20%に) 中 対米報復措置を追加 |
| 4月2日 8日 9日 |
米 中国への相互関税34% 中 34%の対抗関税。レアアース輸出規制の強化 米 相互関税を84%に引き上げ 中 対抗関税を84%に変更 米 相互関税125%に 中 対抗関税125%に |
| 5月12日 | <ジュネーブ合意> 米 相互関税を90日間10%に引き下げ 中 対抗関税を90日間10%に引き下げ。レアアース輸出を約束 |
| 5月28日 | 米 航空部品・半導体設計ソフトの対中輸出を停止 中 レアアース輸出を停止 |
| 6月10日 | <ロンドン合意> 米 ジュネーブ合意を再確認、航空部品・半導体設計ソフト等の輸出再開に同意 中 レアアースの輸出再開に同意 |
| 8月10日 | 米 相互関税を90日間10%で据え置き 中 対抗関税を90日間10%で据え置き |
| 9月29日 | 米 エンティティリスト(EL)を子会社へと拡大 中 対抗関税を90日間10%で据え置き |
| 10月9日 | 中 レアアース輸出規制の強化 |
| 11月1日 | <クアラルンプール合意> 米 フェンタニル関税を10%、相互関税を10%へと変更、EL拡大を1年停止 中 レアアース規制を1年間停止、対抗関税を10%に引き下げ、大豆の輸入再開に同意 |
米中貿易戦争の推移(本年入り後の主な措置。公表日ベース)
(出所)ピーターソン国際経済研究所、各種報道
誤算の理由は
米国は表向き成功をうたっているが、以上のような状況から考えると、「こんなはずではなかった」とほぞをかんでいるのは間違いなかろう。トランプ政権の誤算の一つは、中国の経済低迷が交渉に及ぼす影響を読み違えたことだ。中国は不動産不況に苦しみ、若年層を中心に失業問題も深刻で、米側はすぐに音を上げると楽観視していたきらいがある。しかし、中国側はレアアースなどの輸出規制や農産物の不買など強気の行動を繰り出し、音を上げたのは米国の方だった。
世界が衝撃を受けたのは、これまで米国は安全保障を理由とした輸出規制について「交渉の余地は無い」と強気を貫いてきたのに、中国側の出した「エンティティーリスト拡大の取り下げ」という安全保障がらみの要求を受け入れたことである。その背景に、何があったのだろうか。
準備万端の中国
中国は、対米貿易戦争への備えを計画的かつ入念に進めてきた。第2次トランプ政権の誕生と大規模な関税の発動も想定の範囲内だったのだろう。中国の対応を「守備」と「攻撃」の両面から見ていこう。
「守備」ではまず、貿易面で米国に依存しない経済的な自立を進めたことが挙げられる。中国は、10年前に発表した「中国製造2025」の枠組みに基づき、次世代技術を中心に10の重点分野と23の品目を選定し、政府の集中的な支援によって産業基盤を改革・強化してきた。それらの目標はおおむね達成されたというのが、多くの専門家の評価だ。
実際に中国は、モノづくりの面で他国からの輸入に依存せずに済むようになった。特に、電気自動車(EV)、太陽光パネル、リチウムイオン電池は中国メーカーが世界市場を席巻し、「新三様」という三種の神器のような意味の呼称すらついている。中国の製造業の勢いを象徴している。
食料なども脱米加速
一方、食料やエネルギーなどの分野は依然として輸入に頼らざるを得ないが、米国以外からの輸入に切り替えを進めている。とりわけ大豆は、米国からの輸出の約半分を中国向けが占めているのに、今年の収穫期を迎えても中国からの買い付けがゼロで、トランプ氏の有力な支持層の大豆農家から悲鳴が上がっている。
同時に中国は、輸出面でも米国依存の低下を図っている。先進国に加えてグローバルサウス諸国にも現地拠点を設けて販売網を構築するなど、積極的に市場を開拓している。年初から10月までの中国の輸出額は、対米が前年比マイナス18%なのに、全体ではプラス5%程度である。輸出先を米国から他国にシフトさせ、対米輸出減少の悪影響を打ち消すことに成功しているようだ。

(出所)Adobe Stock=AIによる生成
「経済威圧」エスカレート
一方、攻撃の最たるものは、米国に痛みを与えて政策の変更を促す「経済威圧行為」だ。その切り札となったのがレアアース(希土類)の輸出規制である。中国は以前から、自国の意に沿わない国や企業の製品に対する不買運動や輸入規制を繰り返してきたが、表向きは政府の関与を認めなかった。
ここ2~3年は、法律に基づく公的な経済威圧行為に乗り出した。2020年10月に「輸出管理法」を制定。①輸出管理の対象をデュアルユース(軍民両用)品目に拡大②中国由来の技術で生産した品目を広く対象に含める③国外の組織・個人にも同法を域外適用する─ことを開始した。これらはいずれも、米国の手法をお手本にしている。
2023年頃からさまざまなレアメタルの輸出を規制し、25年4月から米国の対中関税への報復として、7種のレアアースと関連する磁石の輸出を許可制として、実質的に輸出にストップをかけた。10月9日には5種の物質(原材料)を追加するとした。中国産レアアースを含む磁石は、含有量が0.1%と微量でもすべて対象とし、関連技術や設備を無断で供与・輸出することも禁じた。
レアアースは中国の独占状態
レアアースは、ロボットなどのハイテク機器、環境技術、ミサイルや戦闘機といった兵器生産にも不可欠だ。少量のレアアースを使えば性能が大きく向上することから、「産業のビタミン」とも呼ばれる。
「レア(まれ)」という名称だが、実は地殻内に広く存在し、さほどレアなわけではない。だが、採算に見合う濃度で採取できる場所は少ない。特に中国が規制対象とした中重希土類は、資源が中国に偏在している。採掘したレアアースを精錬して磁石などに加工する技術も、中国の独占状態だ。生産過程で環境汚染のリスクが高く、米国などで採掘された鉱石も中国に送り、精錬・加工しているのが実情だ。その結果、レアアースを使った高性能永久磁石製造で、中国は9割以上のシェア(占有率)を握っているとされる。
米国の主要産業を直撃
中国の規制強化でレアアースの輸出が一時激減し、悲鳴を上げたのが米国の産業界だ。規制発動直後の5月、米自動車大手・フォードのシカゴ工場が稼働停止に追い込まれた。機密に関わるためあまり報道されていないが、兵器生産も同様の状況と推測される。
米国政府は国内に唯一残る鉱山会社に資本参加し、国を挙げてレアアース開発に取り組み始めたが、一朝一夕にはいかない。以前も西側諸国がレアアース開発への投資を増やそうとすると、中国は採算を度外視して価格を大幅に引き下げ、それらのプロジェクトを破綻させてきた。国際エネルギー機関(IEA)は、「先行き5~15年は中国優位の構造は揺らがない」と予測している。

中国から米国へのレアアース輸出
(出所)CEICの中国税関総署データを基に作成
「相互確証経済破壊」という抑止
こうして、中国は米国の脅しに屈せず対抗する手段を手にした。ゲームのルールが、これまでとは変わったのだ。それを世界に広く知らしめたのが、今回の「クアラルンプール合意」だと言えよう。とはいえ中国が一気に米国を凌駕(りょうが)したと考えるのは早計だ。例えば、米国が実際にエンティティーリストを拡大すれば、中国側は苦境に立たされる。
米中双方が強力な交渉カードを持ち、どちらかが引き金を引けば即座に相手から致命的な報復をされ、結局は共倒れする。米中貿易戦争は、双方がそうした緊張状態にあるとの共通認識のもと、破局的な激突を避けつつ小競り合いとにらみ合いを続けていくという展開がメインシナリオだと考える。
かつての冷戦期、米ソのどちらかが核兵器の使用に踏み切れば双方が確実に破滅するとの認識のもと、抑止が働いた状態を「相互確証破壊(Mutually Assured Destruction=MAD)」と呼んだ。現在は米中間で「相互確証経済破壊(MAED)」が成立していると言えるだろう。
それでも経済覇権争いは続く
米中間で「相互確証経済破壊」が有効な限りは、貿易戦争のエスカレートはおおむね回避されよう。それでも両国はいずれも、均衡を崩して自らが優位に立ち、経済覇権を確立することを目指して、全力を尽くすに違いない。
中国を例に取ると、既に先端半導体の完全な内製化を目指して巨額の国家資金を投入し、税制優遇・補助金の供与などあらゆる施策を総動員している。他方、レアアースという「切り札」を失わないための対策も進めている。具体的には、①管理強化のため生産会社を絞り込み②パスポートの取り上げなど技術者の流出防止③世界の鉱山権益の囲い込み④備蓄を進める顧客への供給制限⑤密輸の徹底した取り締まり─など多岐にわたる。採算度外視の廉売で競合先を撤退に追い込む手法については、前述の通りである。
自らの弱点克服を目指しつつ、自らの強みを守り、相手側の弱点克服を阻止する戦略だ。米国もレアアースという泣き所をなくすよう調達先の多様化や代替物質の開発を進めている。米中は相手を利することのないよう、互いに輸出管理を厳格化し、投資や人的交流は一段と制限されることになろう。
米中という2大経済大国が、「抑止下の貿易戦争」を継続することは世界経済にどのようなインパクトを与えるのか。本稿に続く「米中貿易戦争の行方(下)」でリポートする。
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《おさらい》
Q 米中貿易戦争は米国が優位なのか。
A それは違う。中国は米国との経済対立を予想し、貿易面での米国依存を減らすなど入念に準備を進めた。第1次トランプ政権の時とは異なり、トランプ流の脅しは通用しなくなっている。
Q 中国の切り札は。
A 中国が世界シェアを握るレアアースだ。ハイテク分野や兵器生産に不可欠なレアアースの輸出停止で米国の主要産業から悲鳴が上がり、トランプ政権は高率の相互関税の撤回を余儀なくされた。
Q 米中対立の今後は。
A 双方が経済に大打撃を受ける事態を招く「相互確証経済破壊」の抑止が働き、対立の激化は避けられそうだ。それでも、米中の覇権争いは継続するだろう。
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