米中貿易戦争の行方(下)

 貿易戦争を中心とした米中の経済覇権争いは、互いに致命的な打撃を回避する「相互確証経済破壊(MAED)の様相を呈している。表向き激しい衝突は見られなくとも、大国間の「抑制下の貿易戦争」がもたらす影響は軽視できない。世界経済に何が起きようとしているのだろうか。

これまでは「デリスキング」

 かつて米中対立は、安全保障に影響を及ぼす重要な戦略物資が主戦場だった。中国が世界2位の経済大国となり、世界経済への影響力が高まったことに加え、コロナ禍ではマスクなどの医療用品やワクチンの囲い込みが発生したこともあって、両国の経済対立に巻き込まれる物資やそのサプライチェーンの範囲は拡大しつつある。

 米民主党のバイデン政権は、「すべての分野で中国とのデカップリング(切り離し)を行うのは非現実的」との立場を取った。その際の「小さな庭を高い塀で守る」戦略は、特定の重要な技術やサプライチェーンに限って鉄壁の守りを固め、「デリスキング(リスク軽減)」を図ることを狙った。第2次トランプ政権になって、「デリスキング」という言葉はほとんど聞かれなくなったが、米中経済のデカップリングを性急に進めるのは、困難かつ危険だという現実に変わりはない。

(出所)Adobe Stock=AIによる生成

「デカップリング」の方向へ

 だが、デリスキングからデカップリングへと向かわざるを得ない状況になりつつあるのも事実だ。世界にそれを再認識させたのが、今年持ち上がった半導体企業ネクスペリア(本社オランダ)を巡る騒ぎだ。ネクスペリアは多国籍企業フィリップスから独立した半導体企業NXPセミコンダクターズの子会社で、2018年に中国のスマホメーカー・ウィングテックに買収された。

 ウィングテックは中国企業への輸出規制の一環で、2024年12月に米国のエンティティーリストに指定された。今年9月に発表された「子会社への適用」が実施されればネクスペリアもリストの対象になると予想される中、オランダ政府は10月、安全保障上の懸念を理由にネクスペリアの経営を政府の管理下に置く強制措置に踏み切った。反発した中国が同社の半導体輸出を制限したことで、米国系を含む大手自動車メーカーの生産に悪影響が広がった。

 中国の禁輸措置は10月末の米中首脳合意で解除されたが、この騒動は西側諸国にとって二つの点で衝撃的だった。

 一つ目は、これまで中国の弱点とみなされてきた半導体のうち、汎用(はんよう)半導体は、もはや弱点ではなく武器になっているという事実が浮き彫りになったことである。もう一つは、汎用品でも代替がすぐに可能というわけではなく、中国側の供給制限は顧客企業やその国の政府に少なくとも短期的には十分な痛みを与え、経済威圧行為として有効だと証明されたことである。

 ネクスペリアの一件を踏まえ、西側諸国は中国による自国企業の買収や、自国企業の中国進出への規制や管理を強める可能性が高い。さらに中国も、同様の行動に出るだろう。汎用品でも、中国に供給を依存すればリスクになり得ることが分かった以上、規制対象は半導体以外にも広がらざるを得ない。企業レベルでも幅広い品目でサプライチェーンの点検や見直しが必要となろう。

迂回輸出と原産地規則

 西側諸国の政府や企業が、中国製品や部品について規制強化やサプライチェーン見直しを進める中、焦点となっているのが、「迂回(うかい)輸出」の扱いだ。中国で生産された製品や部品が、東南アジア諸国などを経由して「非中国製」として米国などに輸出されているとされる問題である。例えば、近年のベトナムの貿易動向を見ると、米国への輸出と中国からの輸入が、ほぼ連動する形で増加している。ベトナムから米国へ「ベトナム製」として出荷される品目が、その部品の殆ど(或いは製品自体)が中国からの輸入で賄われており、実質的には「中国製」である可能性を示唆している(図表参照)。

 今年7月31日の米大統領令は、関税回避を目的に第三国から貿易相手国に迂回輸送され、米国に輸出された品目に課す相互関税について、「貿易相手国向けの税率に代えて40%を適用する」と定めた。名指しこそ避けたが、この「第三国」は、中国を念頭に置いたものなのは明らかだ。

ベトナムの米国向け輸出と中国からの輸入
(出所)CEICのベトナム税関統計を基に作成

 「迂回輸出」の定義は必ずしも明確ではないが、それが「原産地偽装」を意味するのなら、そもそも違法行為である。問題は取り締まりが極めて難しい点にある。第三国から輸入した材料や部品で製品を作ることはよくあり、原産地規則に定められた基準や手続き順守すれば、「迂回輸出」とみなされない。もし従来の扱いを大きく変更し、中国製品や部品の完全な排除に踏み切れば、中国の猛反発は必至である。

 ただ、前回のリポートで詳述した通り、「相互確証経済破壊」の抑止効果が働き、中国製部品の締め出しを狙った米国の対応は、腰砕けになる公算が大きいと予想する。米国が一度は原産地規則の厳格化を打ち出したとしても、それに中国が強硬に反発すれば、2026来年4月に予定される次回の米中首脳会談で取り下げる可能性もあろう。

カギは他国との連携

 米中いずれも、単独で相手を圧倒して経済覇権を確立するのは難しい状況と言える。あらゆる重要物質の国内調達や国内生産の実現は、米中ともに現実的ではないからだ。優位な状況を作るポイントは、できる限り多くの国を自国の陣営に引き込むことである。

 中国は11月初旬、ロシアのミシュスチン首相が訪中した際の共同声明で、「世界経済の特定分野で独占や支配的地位を持つ国が、それを乱用することを防ぐ必要がある」「一方的な強制的措置に反対するために、相互支援と協力を行う」とした。名指しは避けたが、米国の圧力に対して共同で対抗することを宣言したものだろう。さらに「一帯一路構想」に沿った投資などで経済的な関係を深めた国々の取り込みを図るに違いない。

 一方の米国も、弱みであるレアアースについて開発、リサイクル、省資源化といった分野で、同盟国や友好国との協力強化を模索している。10月末には日本と、「採掘及び加工を通じた重要鉱物及びレアアースの供給確保のための日米枠組み」に署名した。こうした「西側の結束」をテコに、中国に対抗していくのが、米国側の基本戦略となるだろう。

経済安全保障と自由貿易の両立

 経済覇権を巡る米中の対立が続いて経済安全保障の視点が重視されるようになると、経済活動に対して国家がどこまで関与するのかが重要な論点となる。一方の陣営の企業が戦略的に重要な物資を多額の補助金などで格安で販売するようになると、他方の陣営の民間企業は市場で対抗できなくなる可能性がある。

 自由貿易を推進する世界貿易機関(WTO)のルールには、「反ダンピング措置」「相殺関税」「セーフガード」といった対抗措置が定められているが、実際の紛争で問題解決につながっていない現実がある。政府が関与し、戦略的に重要な産業を保護した方が手っ取り早く、実効性が高いかもしれない。

 他方で、安全保障を口実に各国が自国産業の保護に走れば、自由貿易は形骸化してしまう。相手国に対抗して、政府が補助金を供与するのは一見合理的だが、往々にして必要性や効果の検証がおざなりとなり、結果的に無駄な支出に終わることも多い。

 経済的な効用を最大化する「自由貿易」を守ることと、経済安全保障のための規制や補助のバランスをどう取るのか。世界共通の課題である。

日本の戦略は?

 日本では、経済安全保障の確保を目的とした法律が整備されている。2022年に成立した経済安全保障推進法は、重要物資のサプライチェーン強化に向けた財政措置や政府投資も定めている。法律の運用を踏まえたうえで、これらの規定が有効で妥当なものか、重要物資の認定が適切になされているのか、といった観点から不断の検証・見直しを行うことが必要だ。この枠組みが有効で世界に胸を張れるものであれば、日本がWTOルール改正の議論をリードしていくことも考えられよう。

 日本には、方針や施策がブレやすいトランプ政権に対し、同盟国との連携・協力の重要性を地道に訴える役割もあるだろう。こうした地道な働きかけが、米国との関税交渉を進展させるレバレッジ(てこ)にもなり得る。韓国をはじめアジア諸国やEU(欧州連合)など、日本と立場が近い国との協力関係を強め、他国からの経済威圧行為に共同で対処できる体制を構築することが望ましい。

《関連記事》

米中貿易戦争の行方(上)


《おさらい》

Q 米国は中国とのデカップリングを進めるか。
A 完全なデカップリングを性急に進めるのは難しいが、デカップリングに向かわざるを得ないだろう。
Q デカップリングの対象は。
A 戦略的に重要な物資にとどまらず、汎用半導体なども中国に供給を依存するのはリスクが高い。幅広い品目でサプライチェーンの見直しが進むだろう。
Q 米中貿易戦争が自由貿易体制に及ぼす影響は。
A さまざまあるが、経済安全保障を口実に自国産業の保護に走る国が相次げば、自由貿易が形骸化してしまう。自由貿易と経済安全保障のバランスをどう取るかが課題だ。

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竹内 淳