超富裕層の資産保有に上限設定?

 スイスで超富裕層に対する連邦相続税の強化を問う国民投票が昨年11月末に行われた。気候変動に大きな責任がある人たちの負担を増やすのが狙いで、一定額を超える資産の半分を相続時に国庫に納める税法改正の賛否が問われた。富裕層の国外流出につながる懸念などから8割近くが反対して否決されたが、この国民投票は極端な資産格差をめぐる議論に一石を投じた

贅沢な旅行を楽しむ富裕層

資産1000万ドルを上限に

 スイスの相続税改正案は5千万スイスフラン(約97億円)を超える資産に50%課税するとしていたが、オランダ・ユトレヒト大学倫理研究所のイングリッド・ロベインス教授(経済学・哲学)は近著「リミタリアニズム 財産上限主義の可能性」(草思社)で、スイスの案よりもはるかに厳しい資産制限の導入を訴えている。

 「誰も1000万ドル(約15億円)以上を保有するべきではない」―。ロベインス教授は倫理的・政治哲学的な視点から富や所得に上限を設けるべきだとする「リミタリアニズム」の必要性を説く。しかし、超富裕層が現在保有している資産額を考えれば、1000万ドル以上を"没収"するのは現実離れしていると言えるだろう。

時給620万円は許容されるか

 2022年「フォーブス」の長者番付には2668人のビリオネア(10億ドル長者)がおり、資産合計は12兆7000億ドル(1900兆円)。1人平均47億5000万ドル(7125億円)に達する。

 こうした資産額についてロベインス教授は、生涯賃金に換算した時給が約4万600ドル(620万円)と指摘。「こんな桁外れな資産保有が倫理的、経済・政治的に許容されるのか」と問うている。また、近年の超富裕層は起業家や金融大手トップらが名を連ね、起業家らは自身のアイデアや努力で財を成したと考えがちだ。しかし、成功の大部分は、歴史的に作られてきた経済の仕組みや技術の蓄積、社会の規範・規制などによるところが大きい。

成功の要因は社会が準備

 その考えに基づいて経済的な成功について考えてみたい。例えば、インターネットは米国民の税金を使って米政府が開発した技術だった。民間に開放され、IT企業が大きな成功を収めたが、要因の大部分は政府など広い意味での社会からもたらされた。このため成功の成果である莫(ばく)大な利益の大部分は企業経営者や株主ではなく、税制を通じて社会全体に還元するべきという。

 その利益の分配には1980年代以降、所得再分配や社会インフラ整備を担う政府の役割縮小を主張する新自由主義が影響していた。新自由主義は規制緩和や民間投資を促進した一方で、恩恵が広く行き渡らず富裕層への富の集中を加速。多くの国で格差拡大などの弊害が生じている。

超富裕層の社会還元

 こうした弊害を是正するため、リミタリアニズムに呼応する形で蓄積した資産を社会に還元する超富裕層がいる。

 ネット通販「アマゾン」創業者ジェフ・ベゾス氏の妻だったマッケンジー・スコット氏は2019年、離婚に際して受け取ったアマゾン株(当時4兆円相当)の大半を教育支援や社会的不平等の是正に取り組む慈善団体などに寄付すると表明。その理由として「財産を築く手助けをしてくれたのは社会の方々」と振り返った。社会によって成功がもたらされたとの考えに基づいている。

質の高い教育をみんなに

 マイクロソフト共同創業者のビル・ゲイツ氏が設立した慈善団体「ゲイツ財団」は2025年、途上国支援に2000憶ドル(約30兆円)以上を寄付すると発表。ゲイツ氏の個人資産のほぼ全額を投じる。寄付は45年に終えるという。同氏は「会社を通じて得た資産の寄付を約束するのはふさわしいことだ」としている。

慈善活動が解決策になるか

 こうした超富裕層の慈善活動は、資産集中に伴う弊害の解決策になるのか。慈善活動への期待は大きいが、富裕層の個人的な判断が常に多くの人の理解や支持を得られるとは限らない。

 米電気自動車大手テスラの株主総会はイーロン・マスク最高経営責任者(CEO)に最大1兆ドル(約150兆円)の報酬を支払う議案を承認した。150兆円は日本の国内総生産(GDP)の約4分の1、政府予算を上回る。そんな巨額の使途を個人の判断に全面的に委ねて良いものなのか。またマスク氏がさまざまな弊害の是正に心を砕くかどうか。個人の判断に左右される慈善活動は資産集中で生じた弊害に対する万能の解決策ではないだろう。

豊かな生活

 抜本的な資産制限ではないにせよ、不平等を一定範囲内にとどめ、巨額資金の使用を個人に委ねるのではなく、一定部分は人々の合意に基づいて社会全体で管理、使用する仕組みが必要なのだろう。それが導入されれば、AI(人工知能)普及に併せて議論が始まった、すべての人に無条件で定期的に一定額を給付するユニバーサル・ベーシック・インカムの素地(そじ)になるかもしれない 。

 極端な富の集中の対極にあるリミタリアニズム。この訴えが実を結んでも、資金のアングラ化など新たな弊害を生む可能性もあり、解決策になるかどうか不透明な面も否定できない。その実現性や妥当性、適切な資産上限レベルについての意見や考え方が異なるにしても、極端な格差や不平等といった弊害の是正に向けた一定の改革は、世の支持を得られるのではないか。 大きく振れた振り子が元の軌道を戻り、やがて真ん中で止まるように。

 日本には「起きて半畳寝て一畳。天下取っても二合半」という諺がある。中国の思想家・老子に由来する教えとして「足るを知る」も知られている。経済的・物質的な成功の追求に加え、倫理的・精神的な豊かさに光りが当たり、古くから言われる中庸、調和のとれた社会を目指す中に解がある気がする。

《おさらい》

Q リミタリアニズムという考えを耳にする。どういう主張か。
A 極端な格差や不平等を是正するため、資産保有に上限を設定するべきとしている。
Q 資産は個人が才能や努力で築いたのでは?
A 経済的成功の大部分は歴史的な技術の蓄積、社会の規範・規制などからもたらされるとして、一定額以上の資産を社会還元するよう主張している。
Q 富裕層にこうした主張が受け入れられるだろうか。
A 倫理的・精神的な豊かさに光りが当たり、古くから言われる中庸、調和のとれた社会を目指すべきではないか。

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舟橋 良治