不確実性
私は本日、リコー経済社会研究所の所長に就任した。今は激動の時代。まさに「不確実性の嵐」の渦中に放り出された気分である。
いつの世も、先行きは分からないことだらけとはいえ、最近は少々異常ではないかと思う。第2次トランプ政権が発足すると大規模な関税を発動した。しかし、米国の法の番人である連邦最高裁は2月、トランプ関税の中核の「相互関税」を違法と断じた。これ対しトランプ氏は即座に別の法律を根拠に関税を掛け、この問題の着地点は全く見通せない。足元では、米・イスラエル両国が突然、イラン攻撃の挙に出た。イランによってホルムズ海峡は事実上封鎖され、世界に原油供給が滞った。この戦争がいつまで続くのか誰もわからない。

企業活動への悪影響
こうした中、経済や政治の不確実性を定量化する取り組みが進んでいる。例えば、ニコラス・ブルーム米スタンフォード大教授やスティーブン・デービス米シカゴ大教授らは、「経済」「政策」「不確実性」などの用語が含まれる記事が主要な新聞に登場する頻度を計測し、「経済政策不確実性指数(EPU)」として算出している。EPUの数値が高いほど、政府や中央銀行の政策の方向性に関する予見可能性が低いことを意味する。米国のEPUは、トランプ政権の大規模関税発動直後に前例が無いレベルに跳ね上がり、やや低下はしたが高止まりが続く。
不確実性の高まりは、企業活動にも悪影響をもたらす。企業の投資は一度実行すれば簡単には取り消せない。税制や規制など投資採算に影響する「ゲームのルール」の行方を見極められるまで「待つ」のが合理的な選択肢となり得る。これをリアルオプション理論と呼ぶ。多くの企業が投資をためらえば、マクロ的にも投資の減少、雇用の停滞、生産性の伸び率鈍化を招いてしまう。
地政学リスクも影響
米連邦準備制度理事会(FRB)のエコノミストであるマッテオ・イアコヴィエッロ氏らは、「戦争」「テロ」「軍事衝突」といったキーワードが主要な新聞の記事に登場する頻度をもとに、「地政学リスク指数(GPR)」を作成している。GPRは、戦争などで経済活動が阻害されるといった不確実性の度合いを示す。
米国・イスラエルのイラン攻撃のように重大事態が発生すると一気に上昇する。GPRが上昇するような状況で企業は、需要や政策の不確実性だけでなく、供給網の断絶や物理的損害の可能性も考慮する必要がある。投資は延期だけでなく、凍結や撤回に追い込まれるかもしれない。一方、戦争が早期終結すれば、比較的短期間で投資が回復する可能性も指摘されている。
不確実性の二つの認識
こうした不確実性の認識には二つのレベルがある。「未知の未知(Unknown Unknown)」と、「既知の未知(Known Unknown)」である。前者は、「自分が何を分からないのか」さえわからない状態。後者は「何を分からないのか」は知っている。起きるかどうかわからないが、どの程度の確率で起こるか予測し、過去のデータに基づく定量化によって、予測・管理・ヘッジといった手段を講じることができる。
問題は、不確実性に対して「未知の未知」に陥り、なすすべがない状況だろう。この点は20世紀初頭の米経済学者フランク・ナイトが、著書「リスク、不確実性、利潤」において指摘し、「ナイトの不確実性」と呼ばれる。
災害などが起きた時は「未知の未知」だったものが、振り返って考えると「既知の未知」だったと思えることは多い。新型コロナも、世界保健機関(WHO)などは以前から、新型ウイルスの世界的大流行(パンデミック)の可能性を指摘していた。スペイン風邪や重症急性呼吸器症候群(SARS)などの事例に照らせば、予見不可能だったとは言えないだろう。過去の教訓が十分に生かされず、「未知の未知」を生み出した面もあろう。
「未知の未知」を「既知の未知に」
近年の不確実性で特筆すべきは、AI(人工知能)の進歩が招く影響だろう。経済や社会を大きく変革することが期待される一方、具体的に何がどう変わるのかは霧の中である。AIが社会に与える負の側面の議論も緒についたばかりだ。まさに不確実性ばかりが目に付く。
一方で、米国の巨大IT企業は、「AIが莫大(ばくだい)な利益をもたらす未来」に乗り遅れまいと、巨額投資を続けている。AIの成功が「確実」だと確信しているのかどうかよくわからないが、少なくともAIへの投資を「待つ」ことは他社に先行され、競争上の優位を失うリスクが高いと考えているのだろう。ある意味、「チキンレース」なのかもしれない。
皆がリスクから目を背けてAI投資に突き進む状態そのものが、大きな「不確実」を生んでいるように思えてならない。日本も経験したバブルの膨張と崩壊もしかりである。現在のAI投資ブームが果たしてバブルなのか否か判断が難しいが、推移を慎重に点検するしかないだろう。
トランプ政権の政策やAIの目覚ましい進歩は、将来の不確実性を高めているのは間違いない。だが、それらは本当に「未知の未知」なのだろうか。「未知の未知」だと諦めると解明への意欲を失い、思考停止に陥りがちだ。「未知の未知」だと思い込んでいることを「既知の未知」に変える糸口はないか。リコー経済社会研究所は、そんな視点で経済・社会の事象を点検していきたい。
《おさらい》
Q 何が現在の不確実性を高めているのか。
A トランプ政権の関税政策の混乱、中東での軍事衝突による原油供給不安などが世界の先行きを不透明にしている。
Q 不確実性は測定できるのか。
A 政府や中央銀行の政策は経済政策不確実性指数(EPU)で、地政学面は地政学リスク指数(GPR)で定量化されている。
Q 企業にはどんな影響が出る?
A 先行き不透明な状況では企業は投資を延期するだけでなく、凍結・撤回に追い込まれかねない。成長や雇用にも悪影響が出る。
Q 不確実性とどう向き合うべきか。
A 思考停止せず、過去の教訓を生かして「未知の未知」を「既知の未知」に転換する努力が重要。AI投資も検証が不可欠だ。
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竹内 淳