どうなる?米加メキシコの貿易協定

 北米の通商秩序が変わり始めている。自由貿易協定である米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)は202671日、発効から6年を迎えて初の「共同見直し」を実施した。しかし、米国が現行のままでの16年間の延長に同意しなかったため、USMCA36年の失効期限を残したまま「年次見直し」を毎年繰り返す不安定な状態に入った。さらに重要なのは、今回の交渉がUSMCAの条文を見直すだけの問題だけではなくなっていることだ。米国は関税や原産地規則をてこに、米国への生産回帰、北米サプライチェーンの対中依存低下を目指してメキシコとの通商交渉を進めている。一方、カナダとの交渉は821日までに決裂し、米国は822日から一部のカナダ産品に50%の追加関税を発動した。カナダも報復関税を決め、米加間の通商関係は緊張を高めている。

 こうした米国の方針に対してメキシコとカナダがどこまで譲歩するのかという3カ国間の通商交渉の帰結は北米のサプライチェーン、ひいては両国に進出する日本企業の戦略をも左右しかねない。

絡み合う、さまざまな論点 

 「共同見直し」の合意見送りを受けて、米国とメキシコは72123日に第3回交渉を行い、北米製造業の拡大域内サプライチェーンの強化非加盟国によるフリーライド問題への対応を共通目標として確認した。フリーライド問題とは、域外国で生産された部材を使用していても、原産地規則を満たせば自由貿易協定(FTA)の特恵を享受できる仕組みを問題視するものである。今般の議論では、米国原産比率の引き上げに加え、「懸念される外国事業体」が製造した部品の利用制限が議論の俎上(そじょう)に上っており、日本企業への影響にも注意が必要である。

 もっとも、自動車の原産地規則を巡っては、米国原産比率の下限設定を米国が求める一方、メキシコは国別比率の導入に反対していると報じられている。また、メキシコは米国が課す自動車25%、鉄鋼・アルミニウム50%の分野別関税の軽減を求めており、複数の論点が相互に絡み合っている。8月時点で未解決の論点は14項目に絞り込まれたとされ、メキシコのエブラルド経済相は鉄鋼・アルミニウム・自動車で進展があったとして「実質的な合意に近い」との見方を示した。もっとも、米国が問題視する中国製品のメキシコ経由の迂回(うかい)輸出について、メキシコは「対外貿易全体の1%を超えない」と反論している。

カナダは対米通商交渉も停止 

 一方、米国とカナダの交渉は決裂した。米国は720日、1930年関税法338条に基づき約200億ドル相当のカナダ産品に50%の追加関税を819日から課すと発表した。これを受けて両国は交渉を継続するため発効日は3日間延期されたが、交渉が決裂したため追加関税は822日に発効した。 この追加関税の対象となった品目については、USMCAの原産地規則を満たす産品にも適用される。

 これに対してカナダは、98日から米国側の追加関税に相当する規模の報復関税を導入する方針を示し、併せて対米通商交渉の停止を決めた。 決裂した交渉では、カナダ産の乗用車・小型トラックの関税を25%から15%へ、鉄鋼・アルミニウムを50%から25%へ引き下げる内容だったが、中・大型トラックへの適用などを巡って折り合わなかったと報道されている。

「米国は要求を次々に変えてくる」

 カーニー首相はステートメントで、米国の要求にはカナダが新たな貿易協定を結ぶ能力を制限する内容が含まれるなど、国益に沿わないため、交渉団を引き上げさせたことを説明し、「米国はカナダとの通商交渉で要求を次々に変えてくる」と米国への批判を展開。また、トランプ大統領は、カナダ製のすべての自動車・自動車部品・鉄鋼への関税を20271月から50%へ引き上げるとSNSで発信し、「米国で生産すれば関税はゼロだ」と言及している。

 今回の米国の対応は、USMCAに基づく北米域内の関税優遇が米国の一方的な通商措置によって変更され得ることを示している。

条文見直しにとどまらない

 7月以降の一連の動きは、今回の交渉が単なるUSMCAの条文見直しにとどまらないことを示している。米国の狙いは、関税をてこに生産と投資を自国へ回帰させることにあり、カナダ・メキシコは、これにどこまで抵抗し、あるいは譲歩を最小化できるかを問われている。

 例えば、米国の自動車組み立て工場はカナダ製部品に依存しているほか、メキシコは中国から北米への生産移転を受け止める製造拠点としての重要性を高めており、カナダ・メキシコともに重要な交渉材料を持っており、単純に米国の要求を受け入れることにはならないとみられている。ただし、原産地規則の厳格化、米国原産比率の下限設定、分野別関税の運用は、いずれもこの「生産回帰」という一点に集約される。協定の枠組みが維持されるかどうかと並んで、この綱引きの行方が、北米で事業を営む企業の立地戦略を左右する。

 なお、7月下旬に米国が導入した強制労働を理由とする通商法301条関税では、USMCA適合品が原則として免除されている。このため、カナダから輸入する上記の338条対象品目を除けば、USMCAは依然、カナダ・メキシコにとって最も有利な対米市場アクセスを提供する枠組みであり、企業が原産地規則を満たす誘因は一段と強まっている。

2国間交渉と並行? 

 今後の交渉は3カ国一括で進むよりも、米国がメキシコ、カナダとの2国間交渉を並行させ、年内に個別の暫定合意をまとめた上で、最終的に3カ国の枠組みに統合していく展開が意識されてきた。しかし、今回のカナダとの交渉決裂は、3カ国の統合よりも、USMCAが米加と米メキシコそれぞれの2国間協定に分裂するシナリオの蓋然(がいぜん)性を高めている。 

 トランプ大統領は、USMCAは米国よりもカナダ、メキシコにとって重要であり、米国としては更新に強い関心はないとの趣旨の発言を繰り返している。一部では、米国が自国に有利な条件を引き出すため、合意せずに毎年交渉を続ける方針に傾きつつあるとの見方もある。同時に、カナダ、メキシコもトランプ政権の終了後まで交渉を継続する方が得策と考える可能性が指摘されている。  

米国を中心に結び付く貿易構造 

 北米3カ国は貿易交渉が難航しているものの、米国を中心に密接な貿易・投資関係を築いている。2025年時点で、メキシコとカナダは米国の輸出先の第1位、第2位を占め、米国の輸出全体に占めるシェアはいずれも約15%に達する。逆に、両国の輸出全体に占める米国向けの比率はさらに高く、カナダで約75%、メキシコで約80%に上る。 

 とりわけ自動車関連はメキシコの対米輸出の約4割を占め、部品が国境を何度も往復しながら完成車へと組み上げられる共同生産体制が確立している。また、2025年にはメキシコが中国を抜いて米国の先端技術製品の最大供給国となった。データサーバーの輸出が急増し、医療機器も増加するなど、米国の対中貿易減少の受け皿としての役割も拡大している。 

 ただし、米国のカナダ・メキシコに対する貿易赤字は、トランプ第1次政権期と比べても高水準にある。こうした状況は、トランプ政権がUSMCAの延長に反対する背景の一つとなっている。一方、カナダ・メキシコ間の貿易規模は小さく、カナダの輸出に占めるメキシコ向けは約1%、メキシコの輸出に占めるカナダ向けも35%にとどまる。北米貿易は、米国を中心にカナダとメキシコがそれぞれ強く結び付く構造となっている。 

米国のカナダ・メキシコに対する貿易収支(出所)U.S. International Trade Commissionを基に作成

北米貿易の基盤 

 USMCAは前身の北米自由貿易協定(NAFTA)の後継としてトランプ第1次政権下で再交渉され、20207月に発効した。トランプ大統領は、NAFTAを「史上最悪の貿易協定」「製造業の雇用がメキシコに流出した」と批判して再交渉を主導した。 

 NAFTAが主として「北米域内で関税をなくし、生産拠点を統合する」役割を果たしたのに対し、USMCAではその枠組みを残しながら、米国側の産業・労働政策上の要求を大幅に追加するとともに、デジタル貿易に関する規定を設けるなどの現代化が行われた。

 USMCAが近年、注目を集めた背景には、トランプ大統領による20254月の相互関税発表後、高関税の適用を避けるため、USMCA特恵を利用する動きが急増したことが挙げられる。足元の適用比率はメキシコで約87%、カナダで約80%まで上昇している(2024年末は35割)。現状、USMCAは事実上「高関税からの避難先」として機能している(末尾記事「高まったUSMCA特恵の適用比率」参照

米国のカナダ・メキシコ輸入に占めるUSMCA特恵適用比率(出所)U.S. International Trade Commissionを基に作成

6年ごとに運用状況を点検

 USMCANAFTAと異なり、発効から16年の期限(20367月を期限とするサンセット条項)が設定され、6年ごとに運用状況を点検する「共同見直し」の仕組みが組み込まれている。

 USMCAは初めての共同見直しで年次見直しへの移行が確定したため、今後の焦点は3カ国がいつ、どのような条件で16年間の延長に合意するかに移っている。具体的には、3カ国が延長に合意していれば、協定は16年間(20427月まで)延長され、次回の共同見直しは2032年となる予定だった。しかし、今回は延長に合意できなかったため、36年の期限まで毎年見直し(年次見直し)が行われることになった。この間も協定は直ちに失効しないが、年次見直しのたびに参加国が協定改正を提案できるため、制度の安定に不確実性が残る。

USMCA見直しプロセス(出所)米国政府資料を基に作成

 なお、年次見直しに移行した後でも、3カ国が16年間の延長に合意すれば、年次見直しは終了する。また、いずれの国も6カ月前の通告により協定から離脱できる。 米国も離脱可能だが、輸出企業への影響も小さくないため可能性は低いとの見方が多い。  

「無批判の承認は国益にかなわず」

 昨年からの動きを振り返ってみると、今年7月のUSMCAの共同見直しに向けて米国通商代表部(USTR)は2025912月、パブリックコメント(1500件超)を募集するとともに公聴会を実施した。公聴会では、業界団体・労組・研究機関の多くが協定延長と「見直しの最小化」を求めた。

 具体的には、「USMCAは一定程度成功している」との見解を示しながらも、「米国の製造業の能力強化と良質な雇用創出に関する目標の全てを達成できていない」「USMCAは、非市場経済国からの投資や過剰生産品の輸入に対処するよう設計されていない」と指摘していた。

 これらを踏まえ、グリアUSTR代表は同年12月、議会に米政府の方針を報告した。 この中で米政府は「USMCAが米国や北米全体にとってどれほどの価値があろうとも、その欠陥はあまりにも甚だしく、無批判に承認することは国益にかなわない」「欠陥が解決可能な場合にのみ延長を勧告する」としていた。 

米政府が要求を列挙

 202512月の米政府方針は、課題としてメキシコ関連=第3国産品の利用抑制、労働・環境法の執行、エネルギー政策等カナダ関連=乳製品の市場アクセス、デジタル・調達措置等③3カ国共通=非自動車工業品の原産地規則強化、経済安全保障での連携、強制労働品の輸入禁止等を列挙している。 

 こうした論点の背景には、米国政府のメキシコ・カナダに対する貿易赤字の 縮小自動車分野の原産地規則の厳格化などを通じた両国から米国への生産移転と米国製造業の復活両国を経由した中国製品の米国への迂回(うかい)輸出の阻止という狙いがあるとみられる。 

メキシコに関する
課題
●第三国産部品の使用を促進し、米国のサプライチェーンを損なうメキシコの政策
●労働法執行の改善
●環境法執行の改善
カナダに関する
課題
●米国産乳製品の市場アクセス
●カナダの法律が米国のデジタルサービスプロバイダーに与える影響
●各州政府による米国産アルコール飲料流通の禁止
3カ国で
解決すべき課題
●非自動車工業製品の原産地規則の強化
●関税、輸出管理、投資審査に関する経済安全保障上の連携強化
●規制裁定行動などの結果として米国製造業がメキシコ、カナダへオフショアリングすることを罰する枠組みの開発

共同見直しで米国政府が解決を求める主な課題(出所)米国政府資料を基に作成

 USMCAが年次見直しに移行した後、グリアUSTR代表は722日の上院財政委員会公聴会で、年末までにカナダ、メキシコとそれぞれ暫定合意を得たいとする一方、自動車の原産地規則、労働、環境などの難題は2027年までかかり得るとの見通しを示した。 

日系5400社が進出 

 わが国企業は、巨大な北米市場を重要市場と位置付けて多数進出しており、3カ国に計約5400社の現地法人があり、約74万人の従業員を抱えている。このうち規模が大きい自動車産業では、日本から米国へ乗用車を輸出する場合、日米合意により15%の関税がかかる。一方、メキシコ・カナダからの輸出は、USMCAの原産地規則を満たす乗用車であれば、米国産部品の分には関税がかからず、それ以外の分に25%の関税がかかる。 

 例えば、車1台に占める米国産部品の金額比率が4割とすると、残る6割に25%の関税がかかるため、車両価額全体に対する関税負担は15%となり、日本から輸出する場合と同じ水準になる。このため、単純な関税負担を比較すれば、米国産部品が4割を超えるかどうかが分岐点となり、これを超えればメキシコ・カナダで現地生産し、米国へ輸出する方が、日本から直接輸出するより負担が軽くなる。 

 こうした中、経団連は2026年2月17日、USMCAの見直しに関する意見を公表し、「見直しに当たり、現行の3カ国による枠組みを維持するとともに、42年までの協定延長に合意することが極めて重要」「協定に盛り込まれたルールについては、現行の内容を基本的に維持すべきであり、仮に改訂する場合でも、現行をベースとして、現実的に適用可能で明確かつ中長期にわたって安定的なものとすべき」と主張した。

  海外現地法人数(社) 従業員数(千人)
全産業 製造業 全産業 製造業
米国 4,382 1,458 567 356
カナダ 367 116 36 28
メキシコ 636 344 139 131
3カ国計(a) 5,385 1,918 742 515
全世界(b) 33,634 12,894 4,010 2,774
a/b 16.0% 14.9% 18.5% 18.6%

3カ国への日本企業進出状況(出所)東洋経済新報社「海外進出企業総覧2026」を基に作成

世界の製造業に大きな影響 

 今回のUSMCA見直しは、北米が統合型の経済モデルを維持できるのか、それとも三つの個別協定による分断的な枠組みへ移行するのかを問う試金石である。また、北米3カ国で事業展開する企業にとっては、関税率の水準そのものよりも、ルールの構造、すなわち統一的な制度が今後も維持されるかが重要となる。例えば、原産地規則がさらに厳格化されれば、中国など北米3カ国以外で製造された部材への依存度が高い企業ほど調達網の再編を迫られる。 

 日本の自動車メーカーも難しい判断を迫られる場面がありそうだ。カナダのオンタリオ州に完成車工場を持つ企業は、232条の25%に加え、338条や20271月からの導入方針を表明した50%の関税の影響を受けかねず、カナダから米国への完成車輸出の経済合理性が揺らぐ。メキシコに生産を集中する企業も、原産地規則の厳格化や米国原産比率・懸念事業体部品の制限が強まれば、調達構造の見直しを迫られる。

 日本からの輸出車が日米合意で15%に抑えられる一方、北米域内で生産した車がより高い関税に直面し得るという逆転も生じており、「北米で作る」という従来の前提そのものが問い直されている。USMCA適合の維持は引き続き最優先だが、適合品にも及ぶ措置が現れた以上、それだけでは十分な防御とならない局面に入った。

 北米における通商交渉の動向は域内の工場立地や設備投資、部品調達体制だけでなく、世界の製造業の再編にも大きな影響を及ぼす可能性があり、引き続き注視していきたい。 

 高まったUSMCA特恵の適用比率 

 米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)は、製品が原産地規則を満たせば特恵(免税)の対象となる。しかし、自動的に適用される訳ではなく、企業がメリット・デメリットを勘案しながら適格性を証明、申告している。昨今、特恵の適用率が急上昇したのは、いわゆる「トランプ関税」が莫大(ばくだい)で、これを避けるメリットが大きくなったためだ。 

最恵国関税を支払う選択

 特恵を利用する利点は「最恵国関税」を節約できる点にある。しかし、米国の最恵国関税はこれまで平均約3%、乗用車は2.5%と低く、USMCAによる節約幅は小さかった。一方、原産地証明(域内付加価値の計算、原産地データの収集、書類作成・申告)には相応のコストがかかり、連邦準備制度理事会(FRB)スタッフの推計では関税率換算で1.42.5%に相当する。 

 従ってUSMCAの順守コストに見合わない低関税品では、特恵を利用せず最恵国関税を支払う方が合理的だった。また、USMCAは原産地規則をNAFTAより厳格化したため、2020年の発効以降、適用比率は低下していた。

「トランプ関税」で状況激変 

 状況が激変したのは2025年。第2次トランプ政権は国際緊急経済権限法(IEEPA)に基づく25%の関税、通商拡大法232条に基づく自動車への25%、鉄鋼・アルミニウムへの50%など高関税を打ち出す中で、USMCA適合品を適用対象から除外したことから、USMCAによる関税節約が順守コストを大きく上回る形となった。このため企業の適合申告が急増し、適用比率は89割まで急激に上昇した。 

 なお、連邦最高裁判所が20262月、IEEPAは関税賦課の法的根拠にならないと判断した。政権はその直後、1974年通商法122条に基づく全世界一律関税を課し、同関税が法定期限の到来により失効した後は同法301条に基づき60の国・地域に追加関税を発動した。いずれも、USMCA原産品は適用対象から除外されている。 

 USMCA特恵適用比率の上昇は「協定の外側の関税が高くなった」ことの裏返しと言え、USMCAは事実上、「高関税からの避難先」としての性格を強めている。 


 《おさらい》

Q 20267月の米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)「共同見直し」で何が決まったのか。 
A 米国が現行のままの16年延長に同意せず、USMCA2036年の失効期限まで毎年見直しを行う「年次見直し」に移行した。 

Q 現在、米国とメキシコ、米国とカナダ間の通商交渉で何が争点になっているのか。 
A USMCAの条文の手直しよりも、米国が関税や原産地規則をてこに生産の国内回帰と中国依存の縮小を迫り、メキシコ・カナダがどこまで応じるかにある。米国はメキシコとは交渉を継続している一方、カナダとは821日までに決裂した。

Q 日本企業は何に注意すべきか。 
A 焦点は関税率よりも統一的なルールが維持されるかどうかにある。「北米で作る」という従来の前提が問い直されており、原産地規則が厳格化されれば、域外部材への依存度が高い企業ほど調達網の再編を迫られる。

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上原 博人